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その裏側で  作者: やまとうみ
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1.日常

初作品です。

やや重めの話になりますが、お付き合いくださると嬉しいです。

一番古い記憶。


目の前で大人たちが数人こちらをチラチラ見ていた。

悲しそうとでもいうのだろうか、哀れみのような表情でこちらを見ている。

そんな私の隣にもう一人の私がいる。じっと大人たちを見つめ、そして、私の手をぎゅっと握り離そうとしなかった。




***





「あー、もう!!動かないでってば!!危ないでしょ!!」

「だって、こえーんだもん!!フィオナのは、いてーし!!」



町から少し外れた古びた小さな家で私は目の前の小さな患者に悪戦苦闘している。

私に腕を掴まれながらも抵抗する少年の名はヴィッツ、年齢は10歳になるかならないか。



「ベルク先生!!ベルク先生呼んでよ!!」

「お義父(とう)様は出張診療中よ!観念なさい!!」

「帰ってくるまで待つからさぁ!」

「大丈夫よ!!私だって排膿くらい何度もしてるわ!!」

「いてーんだって!!フィオナのは!!」

「痛くしないから!!」

「う そ だ!!」



何て往生際が悪いの!?じたばた暴れて逃げようとするヴィッツの力に私は負けそうになる。

子供とはいえ男の子。私の力では抑えられずヴィッツが腕を振れば私の手も一緒にブンブン振り回された。ああ、もう、どうしよう、この駄々っ子。



「・・・何、遊んでるの?」

「ハイン!!え!?そんな時間!?」

「ハインリッヒ様ぁ!!フィオナ止めてよぉ!!」

「ごめんなさい、ハイン!ヴィッツが言うこと聞かなくて」

「どうかしたの?」

「ほら、これ!!この間の傷、化膿してるのよ!」



私は捕まえているヴィッツの腕をハインリッヒの目の前に差し出した。

遊んでいたときに転んでケガを負ったヴィッツの肘には、赤黒く固まったかさぶたとは別に黄色い膿がパンパンに膨らんでいる。



「ああ、これは出さなきゃ」

「でしょ?」

「でもベルク先生がいいよぉ・・・」

「大丈夫だよヴィッツ。フィオナだっていつまでも下手なわけじゃない。

沢山勉強してるし練習もしてる。何よりベルク先生に許されてるんだから信じよう」

「う~・・・・」



ハインリッヒの説得に応じようとしているヴィッツを横目に私は着々と治療の準備を進める。

消毒用のアルコール、お義母(かあ)様が庭で育てたハーブで作ったチンキ剤、湿布用の布に傷口を開く剃刀。剃刀を見たヴィッツの顔が引き攣った。



「見ない見ない」



ハインリッヒはヴィッツを椅子に座らせると無理やり顔を横に向かせる。「怖いよう・・」怯えるヴィッツに「大丈夫、大丈夫」励ますハインリッヒ。ヴィッツはケガをしていない手でハインリッヒにしがみついていた。

ハインリッヒには素直で可愛いんだから・・・。ちょっぴり悔しい。でも仕方ないわよね。相手はハインリッヒ。ここ公爵領領主の令息であり甘いマスクと穏やかな性格から老若男女問わず人気者だ。



大人しくなったヴィッツの腕を机の上に置き、消毒用のアルコールを塗るとビクッと腕が動いた。「手、縛る?」ヴィッツに尋ねると「なめんなよ」と怯えてるくせに強がる。幼くてもこういうところが男の子だなぁと感心する。



私は剃刀をオイルランプで炙ると膿でパンパンに膨れた傷口に刃を入れる。皮膚を押し上げていた黄色い膿が異臭と一緒にドロッと溢れ出て、それを布で拭き取る。

無理に傷口を擦らないように自然に溢れ出た膿と血を拭うと「ヴィッツ!いくわよ!」と合図を送りヴィッツが腕に力を込めた。膿を出した傷口にチンキ剤を浸した布を被せると「ぐおおおおぉぉっ!!!」ヴィッツは唸り声を上げながら耐える。



「沁みるね~、効いてる証拠だよ~」

「・・・痛くしないって言ったのに」

「切るのは痛くなかったでしょ?消毒は私がやってもお義父様がやっても痛いわよ」

「え~?」

「疑うわねー。ほら、包帯巻いてあげるから、明日また取り替えに来るのよ」



綺麗な布に替えてヴィッツの腕を包帯で巻くとヴィッツは嬉しそうな顔をする。子供って何で包帯が好きなのかしら。特別感があるのかしら。

ハインリッヒも「よく頑張ったね」とヴィッツの頭を撫でるもんだから、さっきの駄々っ子ぶりはどこへいったのかヴィッツのにやけ顔が止まらない。



「フィオナ、あとは私がやるから着替えてきなさい。ハインリッヒ君をあまり待たせちゃダメよ」



奥の部屋から焼きたてのクッキーが入った籠を持ったお義母様が現れる。アルコールのにおいに塗れていた部屋があっという間に香ばしいにおいに変わった。



「頑張ったヴィッツにはご褒美ね」

「やった!」



ヴィッツはお義母様に飛びついた。キラキラ目を輝かせて。

その姿を眺めてほんの少し羨ましく思う。慰めるハインリッヒ、ご褒美をあげるお義母様。ヴィッツだけじゃなくみんなが大好きな人たち。

それに比べて私は痛くて怖い思いをさせる恐怖の対象だ。



お義父様はこうじゃないのにな・・・。



この国では珍しい医者をしているお義父様。

人体に傷をつけるなどの行為を暴力的行為としているこの国は医療行為を認めていない。病気やケガを治すのは、まじない師の役目。でも平民はまじない師に与ることもできない。

そんな中で騎士を辞め医学の道に進んだお義父様が皆に慕われるのは至極当然のことだった。

そんなお義父様を尊敬し、目指している私はまだまだ未熟で、一番大事な“信頼”という部分が足りないようである。



・・・足りないのは信頼だけ?

それとも私が“悪魔の化身”だから?



「フィオナ」

「あっ!ごめんなさい!・・・ハイン、すぐ戻るわね!!」



お義母様に呼ばれて我に返る。お忙しい公爵家のご令息をこれ以上待たせるわけにはいかないわ。

慌てて部屋を出ようとすると「フィオ」ハインリッヒが呼び止めた。



「ほら、ヴィッツ」



ハインリッヒに肩をポンと小さく叩かれたヴィッツはもじもじしながら私をチラチラ見ると「・・・・フィオナ、ありがとう」と小さくお礼を言い、照れ隠しをするようにクッキーを頬張った。



「早く治るといいわね」

「うん」

「明日も来るのよ?」

「うん」

「明日はきっとお義父様がいらっしゃるから」

「フィオナでいいよ」



ヴィッツは相変わらず目を合わせようとしないけれど「俺・・・フィオナでいい」口をもごもごさせて恥ずかしそうに言うから「そこはフィオナ“が”って言いなさいよ」からかうとヴィッツは顔を赤らめ「違うよ!!しょーがなくだな!!」と焦りだした。



「あー、ライバル登場」



これもまたからかうようにポツリと呟いたハインリッヒに、ヴィッツを除く皆で笑ってしまった。


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