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第六十五話「いざ、ホコリ退治」

 政子のお望み通り、食堂で昼食を済ませた後、アレス達はそこに1時間ほど滞在してから、宿舎の前へと戻った。アレスが宿舎の正面扉を開けると、入って左手にある管理人室の横を通りかかる。そこには宿直の男が呑気に惰眠を貪っている姿があった。

 こんな天気の良い昼下がりに、あろうことか宿直の男はうつらうつらと目を細め、首も萎れたバナナのように、かくんと垂れ下がっていたのだ。


「これだから内地の人間は。危機感の欠片もねえな。ここが戦場だったら、寝首かっさわられるぞ」


 かつてSランク冒険者として、常に死と隣合わせの環境下に居たアレスからすれば、宿直の男のだらけっぷりには、憤りを覚えたことだろう。元Sランク冒険者としてそれなりにプロ意識のあった彼からすれば、思わず苦言を呈したくなるのも無理はない。


「ここのオーナーさんは、果たして内情を把握しているんだろうか。もし許されるなら、外部から匿名で、実態のほどを通報してやりたいもんだねー」


 アレスがここまで嫌味たらしく発言するのも、彼達に用意された部屋がホコリまみれだったのが、理由にあると思われる。おそらくオーナーの目が行き届いていない状況なのを良いことに、この宿直の男は今まで存分にあぐらをかき続けてきたのだろう。そうした日頃からのサボり癖が、衛生意識の低さを招いてきたと言っていい。

 現にホコリが蔓延している部屋を、宿直の男は長らく平気で放置してきた。仮にこの男が、毛織物工場で勤めていたとして、業務中に油がギットギトに付着している衣服を目にしたとしても、流れ作業でそのまま商品として出荷してしまうに違いない。こうした不真面目な人種は、本来なら上の人間が監視の目を光らせ、統制しなければなるまい。


「ねえねえアレス。今更言うのもあれだけどさ、わざわざあっし達が部屋の掃除をするなんておかしくない? よくよく考えたら、これ宿舎の管理の人達の仕事だよね? こっちは客だよー? あっし達が汗流す必要なんてなくない?」


「ノーノーノ」


 アレスはうざったらしく、口の先端を尖らしながら、人差し指を交互に振る。


「もし、そいつに部屋の清掃なんか頼んでみろ。遠慮なしに、対価を要求されるぞ。きっと目玉が飛び出るくらいの金額を吹っ掛けてくるに決まってる。労力のかかることはしたくないんだよ、こーいう連中は。

 ……宿舎のトイレの故障の件だってそうじゃねえか。トイレの修理を始めようとする気もない。こっちがチップを弾まない限りは、絶対動いちゃあくれないよ。いちいちそんなことで、金払ってるのアホらしいだろ」


「んー、でもトイレの故障って死活問題だよ? チップ弾む弾まない関係なしに、修理をする気がないなんて、普通ありえなくない?」


「そいつは考えが甘い! 練乳マシマシのいちごタルトばりに、考えが甘すぎるぞ、政子! こんな悪魔に感情を売り渡しちまったような無気力な面をした人間に、期待するだけ時間の無駄だ。ほらこいつの間抜け面をよく見ろよ。生気が吸われちまって、見るに堪えないくらい、くたびれちまってるじゃねえか。とてもじゃないが、仕事をやってくれそうな人相してねえだろ」


「疲れてるだけなんだよ、きっと。今日は、仕事がとっても立て込んでいたんだと思うよ」


「宿直業務のどこに、忙しくなる要素があるってんだ。……ともかく、いつまでもグズグズしてると日が暮れちまうぞ。日没のことを考えたら、俺達に猶予は残されちゃあいねえ。早急に掃除に取り掛かるぞ」


「ラ、ラッシャー。……やっぱりあっし、練乳マシマシなのかな?」


 首をかしげる政子。アレスの言うことに、あまり腑に落ちていない様子だ。

 そうして2人は掃除用品を脇に抱えつつ、視線を中央の階段に向けると、そのまま3階までのぼっていった。

 

◇◇◇


 301号室に入ってすぐ手前には、リビングとダイニングが広がっている。そのスペースに置かれているソファーやクローゼット、ダイニングテーブルのどれもが、まるでその一帯に漁業用の網が放り投げられているかのごとく、びっしりと蜘蛛の糸が張っていた。

 それに加え、元から日当たりが良くない部屋なのか、全体的にジメジメして薄暗く、まるで山奥にひっそりと佇む、謎多き森の洋館のような雰囲気も漂っている。


 アレス達はそれぞれ、口回りに三角巾マスクを巻き、両腕に雑巾やはたきを手にする。アレスが扉の下の隙間に、ストッパーを差し込み、がっちりと固定させると、2人は中へ乗り込んだ。


「政子。部屋の窓という窓を全て、全開にしろ。急げ」


「はいな!」


 手始めにアレスが、政子に指示を出す。彼女は部屋中に垂れ下がっている蜘蛛の糸を華麗にかいくぐりつつ、窓際へと向かった。蜘蛛の糸の垂れさ加減も相まって、彼女の長髪には、まるで大量の髪飾りをつけているかのように、おびただしい糸の切れ端が付着していた。


 彼女によって窓が開け放たれると、西日が射し込んでくる。宙に舞った室内のホコリは、金色の輝きに包まれ、その光景にはどこか神々しさがあった。


「作業はじめ」


「はいな!」


 日の入りの時間のことを考えると、2人はそう悠長にしていられなかった。アレスの号令を皮切りに、2人は手分けしてリビングとダイニングの大広間の掃除に取り掛かった。

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