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第六十話「商売あがったりだよ」

 軽率な発言などよせばよかったと、店のおっさんは今頃になって後悔しているに違いない。ボルケーノ政子にあの時、好きなだけ食べていいよとさえ、言わなければと。つい気を良くして、口走ってしまったことが後々になって収拾がつかない事態になるのは、よくあることだ。特に中年のおっさんは、若い子を前にすると、身の丈の合わない立ち振る舞いをしがちな生き物なのは言うまでもない。


「スプーンがすすむよ、すすむよこれ! おいひ~」


 せっかく作り置きしておいた蒸し料理や乳製品の数々は、この少々小生意気な獣耳娘によって、すでに大半が平らげられてしまっている。息継ぎする暇もないほどに、政子は一心不乱に料理を口に運び続けていた。


「うん。そうか、そうか……」


 店のおっさんは、表面上にっこりと笑顔を浮かべてはいるが、その反面、発する声は頼りないほどにか細かった。いくら平静を取り繕っているつもりでも、どうしても隠し切れないほどの哀愁さが漂っている。

 商品のストックも、店頭に並んでいる物で最後だった。必然的に店頭の商品がなくなると、早々に店じまいを始めなければならない。おっさんからしたら、嬉しいどころか、断然に悲しい悲鳴である。市場に出店する際の諸々の手間賃を考慮すると、大幅な赤字待ったなしだ。今も店先に立つ、成人前後の見た目をした2人の店員にも、稼働時間分の給料を支払う必要があった。


「ぷはぁー、食った食った。ごちそうさまー」


 ようやく彼女の胃袋も限界を迎えたようで、スプーンを机の上に置いた。それから彼女はおっさんの気も知らないで、事もあろうことか椅子の上で、うんと背伸びをしだした。彼女自身は、やってしまったことの罪の意識など、これっぽっちも感じていやしないのだ。

 おそらく店側のおっさんの今の心境としては、自身がコツコツと貯めていたタンス預金を、実のドラ息子の手によって、泣く泣くギャンブルで全額溶かされた時と近しいと言えよう。


「こちらもごちそうさまでした。……そ、それでは失礼します」


 アレスは一言お礼を言った後、政子を連れて、足早にその場を立ち去ろうとする。


「えっ? もう出ちゃうの? なんで?」


 当の彼女は、食後も性懲りもなく、このまま居座るつもりだったらしい。その図々しさに内心腹が立ったのか、アレスはすぐさま握りこぶしを作ると、骨の出っ張り部分を彼女のこめかみにグリグリと擦り付けた。


「いぎぎぎぎ! 何すんのさ!」


 彼女は、デザートのアイスを勢いよく頬張りすぎてしまった時のように、目を瞑りだす。口で説明しても理解しそうにないのなら、実力行使に踏み切ることも時には大切と言えよう。アレス本人としては、ギリギリ暴行に至らないまでの程度に、苦しみを与えているつもりなのだろう。


「あっ。そういえば渡さないといけない物があったんだ。こんなことしてる場合じゃねえ」


 彼女に対して、お仕置きを執行していた最中に、アレスは突如思い立ったように拳を彼女のこめかみから離した。


「何でしょうか? 手短にお願いします」


 店のおっさんは不審に思ったのか、彼の言動を見て、冷たくそう言い放つ。この期に及んで、まだ何かあるのか、とでも言いたげな表情であった。

 アレスはそんなことはお構いなしに、懐に手を突っ込むと、トウモロコシ畑の老人から預かっていた封筒を取り出す。


「そ、それは……。あのじいさんからの。誰宛ですか? わたし?」


 店のおっさんは、震える手で自身を指差す。


「さあ、わからん。誰に渡して欲しいとか、詳しくは聞いてなかったな。ひとまず店の責任者のあなたに渡しておこう。……確かあのおじいさんの名前、セイント・サムスウッドさんだっけ? 親しい仲なんですよね?」


「や、やめてくれ。その人の名前を軽々しく口にするな。……わかったよ。見ればいいんだろ、ったく」


 店のおっさんは、彼の手から乱暴に封筒を取り上げると、雑に中の手紙を抜き取る。そして手紙の端から端まで目を通していたところ。途端におっさんの顔が青ざめていった。


「事情は全てわかった。一応君たち2人には、わたしがこの店とは別に経営している宿舎のその一室に住まわせてあげよう。……これがルームキーだ。角部屋の301号室だ。わ、わかったら早く行ってくれ!」


 姿の見えない敵におびえている人かのごとく、店のおっさんは急ぎ、アレスの手を取り、そっと一つのルームキーを握らせた。

 アレスがトウモロコシ畑の老人の名前を口にしてからと言うものの、先ほどから店のおっさんの様子が、明らかにおかしかった。傍から見ると、身体の側面に銃口を突き付けられているかのような落ち着きの無さだった。また極度の緊張からか、店のおっさんの顔全体がほとばしる滝汗でテッカテカにもなっていた。


 本来、生産者たる農家と業者の間には、明確なパワーバランスが存在する。その点で言えば、店のおっさんのような業者側の人間の方が、圧力をかけられる立場にある。そのため原則、農家が持ち寄る農作物は、大体が不当なまでに安く買い叩かれ、適正価格での取引など、もってのほかといったところなのだ。 

 だがしかしこの店のおっさんの場合に限って言うと、逆に何か弱みを握られているかのごとく、トウモロコシ畑の老人に対して、恐れをなしてしまっているように見えた。


「あ、ありがとう。で、でもたかだかルームキーを渡すことぐらいで、そんな悲壮な顔をなさらんでも……」


 決して見られてはいけない取引現場を第三者に見られてしまった時のような、物々しい態度となっていた店のおっさん。気を遣ってか、そんな店のおっさんに対して、アレスは優しくそう声をかけた。


「ひいい……。わかったらとっとと行ってくれ。寿命がいくつあっても、足りんわ。宿代はしばらくこっちでみてやるから、許してくれ」


 お店のおっさんは頭を抱え、ただただ怯えるだけで、アレスの声などまるで通っていない様子だった。


「は、はあ……。ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 アレスも、店のおっさんの様子を見て、それ以上の詮索をすることはなかった。



 結論、トウモロコシ畑の老人とこのお店のおっさんとの間には、深入りはよした方がいい、何か底知れない闇があるのかもしれない。

 それを興味本位で知ろうと足を踏み込んだ暁には、トウモロコシ畑の老人が瞬く間にこの場にワープしてきて、またアレスが被害に遭ったように、自身の腸を鎌で耕してくることが大いに考えられた。


 アレス達はお店のおっさんの元を去ると、そのまま市場前の大きな駐車スペースに預けてあったヤギ達の元へ向かったのだった。

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