第六話「巨大な水晶玉による啓示」
「お待たせしました。冒険者適性試験、本日最終です。手元の番号札で呼ばれた方から順次お呼びします。
ではまず1番2番の方から……」
周りから散々田舎者だとかDTだとか嫌味を言われ続けていたところ、ようやく適性試験の時間がやってきた。アレスの受付時のやり取りが少しDT臭かったというだけで、周りの冒険者志望の連中にはトコトン笑われ続けた。
どうして都会人はこうも人の過去の失敗を蒸し返したりするのだろうか。人なら誰しも恥ずかしい思いをしたことがあるはずなのに、なぜ都会人はこうも蒸し返したりするのか。そうやって人の揚げ足を取り、かつ恥ずかしいミスをした人に対してトコトン排他的になるのは、都会人の良くないところだ。アレスは心の中でそう思っていた。
「番号札152番、アレスゴッドバルト様。会場までお越しください」
そんな中、とうとう彼の名が呼ばれた。彼が席を立つと、また一段と笑いが起こる。侮蔑のこもった笑いだった。そんな彼彼女らの嫌味の数々は右から左に聞き流し、彼は先ほどの極上金髪のお姉さんに誘導されるまま、奥の試験会場の部屋へと連れられたのだった。
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早速中に通されると、そこには紫がかった巨大な水晶玉があった。部屋一面を覆いつくすほどの水晶玉が部屋の中央にドンと置かれ、その周りを囲むように冒険者志望の連中が立っている。
待ち時間の間に一読したそのガイドブックの解説によると、この後行われる冒険者適性1次試験は“水晶様によるお告げ”だそうだ。初めてこの項目を見た時、完全に訳がわからなかったが、まあ要するにこの巨大な水晶玉が本日の冒険者志望の人達の能力を“念”の魔法で推し量るということだ。所謂、この紫の水晶玉は冒険者の能力査定装置にあたる。
この能力査定装置がアレス達の冒険者の適性を判定し、合否を下すらしい。特にその過程で答案用紙を解くなり、実技を見せるなりをする必要はないとのことだ。しかし逆に何もする必要がない代わりに水晶玉によって、適正なしと判断された場合はもうその時点で試験終了ということである。……ある意味残酷な試験内容であった。
それから彼の後にもう2、3人ほど冒険者志望の人が職員の案内で入ってきたところで、担当の職員による一次試験の諸々の内容が説明され、早速試験開始となった。
「それでは番号札120番、モハン・トレバー。水晶様の前へ」
「おいっす!」
意気揚々と職員の呼びかけに応じると、褐色の髭面マッチョのお兄さんが水晶玉の前へ躍り出た。
「準備はいいですか? モハン・トレバー」
職員の問いかけにそのお兄さんは黙って首を縦に振ると、
「では番号札120番、モハン・トレバー。一次試験開始です。しばらくその場から一歩も動かないでくださいね。
今から水晶玉に魔力を注入しますので」
そう言うと職員は水晶玉の近くに寄り、ちょうど胸の前で祈りのポーズを取ると、小さな声で、
「水晶様よ水晶様よ、この者の冒険者適性の測定をお願いします」
と一種の合言葉(呪文)を呟いた。するとその合言葉に呼応するように例の水晶様はウィンウィンと唸り始め、その場で高速に回転し始めた。それはまさに竜巻が渦を巻くかのような圧倒的なスピードで。その影響からか、しばらくの間部屋の中に横風が吹き続ける始末となっていた。
……都会おそるべし。このような装置を作り上げてしまうなんて、文明の発達のスピードが尋常じゃなさすぎる。そうそれはまさにこの部屋に吹き付けている横風のように。
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大変強い横風に煽られること1分後。水晶玉の回転がやっと収まったことで、いよいよ結果発表のタイミングがやって来た。水晶玉にはモハン・トレバーという方の顔が大きく映し出されており、それを数名の担当の職員がしばらくじっと眺めていた。
そしてひとしきり水晶玉の様子を眺め終わったところで、それらの職員のうちの1人がそのモハン・トレバーに対して以下の結果を伝えた。
「申し訳ございませんモハン・トレバー。あなたはボーダーフリーです。Fランクにも満たしません。これにて試験終了でございます。どうかお引き取りを」
告げられたのは何とも無情な宣告だった。そのことに対し当の彼は、
「嘘だ! 嘘だそんなことー! 何かの間違いだろ! 今日この日のために必死に修行を積んできたのに! あんまりだあ!」
本日の冒険者志望の中でも一際マッチョな髭面のおっさんは、職員にボーダーフリーと告げられた瞬間、その場で泣き崩れてしまった。
これが冒険者ギルド側に適正なしと告げられたまさに悲劇的な瞬間なのだ。これにてこの方の試験は終了。以降アスピリッサ冒険者ギルド・専属冒険者への道は完全に閉ざされてしまったのである。
先程の宣告で無情にも適正なしと言い渡された例のモハン・トレバー。そんな彼が次、専属冒険者になるためにはここアスピリッサ冒険者ギルド以外の別の都市にあるギルドで登用試験を受け直す必要があった。何もここのギルドの試験に落ちたからと言って、別に専属冒険者になる道が完全に閉ざされたわけではない。
……が、しかしアスピリッサ冒険者ギルドの専属冒険者になるのとなれないとでは天と地ほどの差があり、この冒険者ギルドの専属ということは、それすなわち超高給取りのプロ冒険者を約束されたのも当然なのだ。アスピリッサ専属冒険者は、ギルド側から莫大な援助を受けられることで世間的には知られている。
「モハン・トレバー! どうかお引き取りを! 繰り返します、どうかお引き取りを!」
「断る! 俺は引き下がらないぞ! もう一度、判定のやり直しを要求する!」
例のモハンはギルド側の判定に不服があるようだ。本当に往生際の悪い奴である。現実を受け入れらないからと言って駄々をこねるなんて。案の定、次の順番を待っている冒険者志望の連中はそんな奴のことを見て、あざ笑っていた。
大志を抱き都会行きを果たしたのも束の間、待っていたのは適正なし。先ほどの彼の発言のように、今日この日の試験のために彼がどれだけの準備をしてきたのか、その気持ちもわからなくもないが……。
きっとこの人なりに涙ぐましい努力をしてきたに違いない。だが結果は結果。現実から目をそらしても虚しさが残るだけである。
「おい! いいから早くそこをどけよ! あとが控えてんだぞ!」
ありとあらゆる怒号が、そのモハンに向かってどんどん振り注がれる。もうここまで来るとその人のことが惨めに思えてくる。周りの人間から総スカンを喰らった時の心の傷は2,3日になっても中々癒えてくれない。アレスもかつて同様の経験したことがあった。きっとモハンの気持ちが痛いほどわかるに違いない。
「モハン! 早くその場から立ち去りなさい! 保安騎士団に身柄を引き渡しますよ!」
その場で泣き崩れているモハンを職員総出で引きはがそうとしているものの、当の本人は接着性のダンジョントラップのように中々離れてくれない。そして終いには職員が応援を頼んだ保安騎士団の方々がこの試験会場に現場入りし、電撃魔法で当のモハンを即刻気絶させるとそのまま彼の身柄を抱え、どこかへと消えてしまった。
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「ふう、やっと行ってくれましたか。長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。それでは次の方、121番ブレッジ・ストーンズ。水晶様の前へ」
一連の騒動がようやく収まったことで、試験が再開された。……しかし先程のモハンの流れをくんでいるかの如く、水晶玉から判定を受けた冒険者志望者は続々とボーダーフリー判定を喰らっていた。
それでも一部Fランク以上の判定をいただいた冒険者志望の人も居た。だがしかし、アスピリッサ冒険者ギルドが求めているのはBランクからSランクの判定を受けた志望者。それ以下の判定を下された連中は、容赦なく足切りを食らうのだ。Fランクではこの冒険者ギルドでは条件を満たさないのである。
「151番クエラン・ハバドゥ。Fランクです。これにて試験終了です。どうかお引き取りを。
……では次、152番アレス・ゴットバルト様」
実に大半の冒険者志望者がボーダーフリーもしくはFランクと告げられていく中、とうとう彼の番がやってきた。
涙なくして見れない厳しい現実に次々と直面していった中での彼の番。当の本人は不安でいっぱいだったに違いない。
彼ももう間もなく、水晶玉の前に立って冒険者の適性があるか判定されてしまう身。ここでの判定次第では、彼の冒険者人生が絶たれてしまう可能性があった。せっかく田舎から遠路はるばる大都会アスピリッサに来たのに、待っていたのはボーダーフリー。そんなことになっては目も当てられないだろう。
せっかくの思いで都会にやってきたものの、最後はこんな訳の分からない怪しげな水晶玉に“適正なし”と告げられる。そうして泣く泣く田舎に帰る羽目になる。そんな結末、アレスは望んでいないだろう。
“あんたなんぼしよっとね! 勝手に家から出たと思えば都会に行ってたとさね!? このバカチンが!”
彼の母の怒号が目に浮かぶようであった。
「ではアレス・ゴットバルト、用意はいいですか?」
アレスは職員の言うことにゆっくり頷いた。今にも不安いっぱいで胸が張り裂けそうになるのを感じながら、彼は祈るような気持ちで臨んだ。それから間もなくして水晶玉の回転が始まり、突風が吹きつける。玉の回転が収まると先ほどまでと同様、職員が水晶玉に映し出されたアレスの顔面をまじまじと眺めたところで、次に以下の結果を伝えた。
「152番アレス・ゴットバルト! お見事です! あなたはSランクです! おめでとうございます! 本日4人目のSランク判定者です!
会場におられる皆様、盛大な拍手を!」
彼がSランクと告げられた途端、周りからは大きな歓声と割れんばかりの拍手が起こった。
「すげーよ! Sランクだって!? すげーぞあんた! 見直したよ!」
彼がついさっきまで、ギルドの受付のお姉さんに対し愛の告白をしたことなど、まるでなかったかのように周りからは次々と称賛の声が上がった。
”……お母ちゃん、やっぱり俺天才だったよ。都会行きは間違いじゃなかったぞ、ざまーみやがれ!”アレスは心の中でそう思っていた。
そのこと並びにアレスは、世間が初めて自身のことを認めてくれたその喜びをとくと噛みしめていた。自分はSランク判定。天才、金の卵、神童。今までの人生で全く言われもしなかったその言葉が彼の脳内を駆け巡っていたのである。
「見たか、お母ちゃん! やっぱり俺は天才なんだなー! ……ああ、もう嬉しすぎて叫びたくなる気分だ!」
彼は興奮を抑えられなかった。
「もう一層のこと、氷結魔法でも何でもぶっ放してやるか! 今日は祭りだ、祭りだ! とことんやってやるぜえ! えいや、そいや!」
Sランク認定された喜びを体現したいあまり、何とアレスは自身の氷結魔法を心向くままに室内でぶっ放し始めたのだ。
雄たけびを上げながら、彼は部屋中を走り回り感情を爆発させ続けた。ついさっきまでDTだとか田舎者だとか散々貶されたことの鬱憤も大いに溜まっていたのだろう。今日はいつにも増して、彼の氷結魔法の威力が凄まじかった。
「こら! そこのあなた! 器物破損! 室内で魔法をぶっ放すのはやめなさい! 危なすぎるでしょうが!
もっと周りの迷惑を考えなさい!」
使いどころを間違えると死者も出しかねないアレスの氷結魔法。要するに時と場合によれば十分凶器になり得る。この後、アレスはギルド責任者にこっぴどく叱られ、反省文並びに始末書等々を書かされる羽目となった。あとついでに賠償金として100万ゼニーのおまけ付きで。
まあ何はともあれ、アレスはついに念願のプロ冒険者となることができた。一攫千金を手にし、都会の一等地に畑と山を買う彼の夢が現実味を帯びてきたのである。
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始末書や賠償金の誓約書の手続きを済ませたところで、アレスは正式にアスピリッサギルド専業冒険者として迎い入れられることになった。職員から「これにて試験終了です」とのことを告げられところで次に、
「Sランクのアレス・ゴットバルト様。あなたに合わせたい人達がいます。どうぞこちらへ」
職員に誘導されるまま、彼は次の部屋とへ案内されたのだった。