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第五十九話「ボルケーノ政子は、パワー系」

 人々の活気の波にもみくちゃにされつつも、アレスと政子は各々の商品を抱えて進み続けた。特にミルク缶3つを抱えながら市場の中を練り歩く政子の姿は、行き来している人達の目を一際引いているようで、先ほどから彼女の方にばかり視線が集まっている。

 早朝のこの辺りの時間帯は、むさ苦しいオッサン達や漁師育ちの黒い日の焼け方をしたガチムチな兄ちゃん達しか生息していない。そんな女性っ気など、まるでない朝一の市場の通りにおいては、政子という年頃の女性の存在はまさに生けるヴィーナスのように映っていることだろう。

 また日々、湖に生きてきた屈強な漁師達にとっては尚更、彼女の怪力っぷりは無視できないポイントでもあった。普段、女性っ気がない場所に突如現れた獣耳娘といい、そんな獣耳娘が思いの他、人並み外れたパワーを見せつけていることといい、周囲の注目を集めないわけがなかった。


「そこの姉ちゃん、精が出るな!」


 日に焼けた黒光りの半裸な男達は、少しでも政子の関心を引きたいのか、続々と警笛のような大音量の口笛を吹き出した。野郎どもの口笛は、どこからともなく連鎖していくように、随所から鳴り響き、この市場一帯はたちまち英雄の凱旋のような騒ぎとなった。だがその一方、そんな彼女を先導しているアレスに対しては、全くと言っていいほど人々の関心の目は向けられなかった。まさに政子が光とすれば、アレスは影の中の影だ。言うなれば、目当ての商品を求めて来店したお客さんが、端から店員に冷やかしの客だと認識され、雑に扱われてしまうタイプの男のそれと近しいものがある。


「なんだ、この俺の圧倒的な人気の無さは。不公平極まりないぞ。悲しくなっちまうだろうが」


 トウモロコシ1箱を抱え持っているアレスは、惨めさを強く感じているのか、伏し目がちになりながら、ボソボソッと自身の心情を吐露していた。



 赤みのかかった薄明の空の下。その目下に広がる青空市場は、南北に渡って大きく2つのエリアに分かれていた。南側の駐車スペースが隣接している方のエリアでは、主に水産物が売られており、通りを挟んだ両脇の売り場には、湖で取れたであろう魚の切り身や貝類、ロブスターやカニをはじめとした甲殻類などがズラリと陳列されている。いくつかの店頭には生け槽が設置されており、その中をまるで生きた標本かのように甲殻類達や淡水魚らがユラユラと漂っていた。

 一方、北側は八百屋エリアとなっており、各売り場には赤や緑、白といった色とりどりの旬の野菜や果物などが売りに出されていた。これらの光景はまさに、四季折々の花が咲き誇るチューリップ畑のような華やかさがあった。

 Sランク冒険者から没落し、例のあの洞窟に至るまでの孤独で過酷な旅を経てきたアレスにとっては、これらの光景はある意味安らぎを覚えられた瞬間だったのかもしれない。それまで色の有る物を単純に色があると認識できないほど、心身の消耗があったと思われる彼。そんな彼の目に映っている市場の光景は、鬱屈としていた彼自身の心をさぞかし色づかせてくれたことだろう。


「政子、ようやく見えてきたぞ。あれがさっき言ってた、例のエスタディオ・ベジタロットだ」


 エスタディオ・ベジタロットを目指して、市場の通りを進んでいた最中、振り向きざまに、政子へそう声をかけるアレス。ちょうど3軒先の右手には、やや色褪せ気味ののぼり旗が立てかけられている露店があった。

 店頭にはバターやヨーグルトといった加工製品の他、ふかした芋に蒸したニンジンやカボチャなどがある。それらの具材を中心に使った、蒸した料理も乳製品の横に並べられている。普段から、農家の人達が持ち寄る農産物を買い取っては、加工して売っているのだろう。


「随分、時間かかったねー。っで、このドラム缶達はどうすればいいかな? そろそろ手も疲れてきたし、地面に降ろしちゃってもいい?」


 政子は、少々苛立ちを込めた言い草でそう言った。市場の通りには、業者の関係者が数多くごった返している。そんな中をミルク缶3つを抱えながら、群衆の合間を縫って歩くのは、相当な神経と体力を要したことだろう。彼女としては一刻も早く、ミルク缶を手放して一息つきたい気分だったと思われる。

 そんな彼女はアレスの返答を待たずして、言った傍から腰を低くし、ミルク缶を地べたに置こうとしていた。


「待て待て待て、政子よ。早まるんじゃない。せめて店番している人間に一言、挨拶してから手渡すなりしてくれ。言っとくけど、俺達は商品を運んでんだからな。例え、腕がもげそうになろうとも、決してそんな真似はしちゃいかん。わかったか? それが商売ってもんだ」


「さっぱりわかんない。多少ミルク缶の底に土がつくだけじゃん。そんな理屈、納得できないよ」


 そう反論するなり、政子は改めてミルク缶を地べたに置こうとする。


「だから早まるんじゃないって、政子さんよ。あのな、物はいいようなんだけどさ。例えば、初めて会った取引先の人に名刺を渡さなきゃならん場面にだな、手が塞がっているからといって、名刺入れを地面に置いたりするか? ……普通、しないだろ? というかしちゃいけないんだよ。わかるよな? 皆まで言わなくても理解してくれるよな?」


「うーん、でもまあ場合によったら、そうするのも止む無しじゃない? だって手が塞がってんだよ? そしたら、消去法的に名刺入れを地面に置くしかないじゃん」


「アホか」


 彼女の顔は、成人男性の胴体ほどの大きさのあるミルク缶の陰に、すっぽりと隠れてしまっている。その裏でどういった表情を浮かべているのか窺い知ることはできなかったが、おそらく何ら罪の意識を感じていないシリアスキラーのようなあっけらかんとした顔を浮かべていたと思われる。

 この時ほどアレスは、無知ほど怖い物はないと思い知らされたに違いない。


「おお、あんたらひょっとしてセイント・サムスウッドじいさんの使いの者かな? そのロゴマークはあのじいさんの農園の物だよな」


 例のエスタディオ・ベジタロットの店の近くで、アレス達が他愛のないやり取りをしていると、中年らしき髭面の日に焼けた男が店先から顔をのぞかせるなり、そう話しかけてきた。

 店先の男が言った通り、政子の持つミルク缶の側面部分にはオペラ座の怪人のような白い仮面と、その頭上に2つの大鎌を互いにクロスさせたデザインのロゴが描かれていた。一見すると、海賊船のエンブレムに採用されていそうなおどろおどろしい絵面である。まさに、畑に侵入した不届き者を、例え人間であっても容赦なく血祭りにあげる残虐なあの老人のイメージにぴったりだった。改めてあそこまでの縄張り意識の強さは、最早執念そのものである。


 まあいかんせん、こちらから挨拶をする手間が省ける形となったアレス。彼は男の問いに頷き返すと、足早に店先へと向かった。終わりが見えてきたからか、彼の足取りは見るからに軽くなっているように見えた。


「遠い中、ご苦労さん。じいさん、今日は不在なんだな。それじゃあ、まず後ろの彼女さんが持っているミルク缶をこっちに渡してくれ」


 男は店先から、ミルク缶を持つ政子の元へ駆け寄ると、労うように優しくそう言った。


「おじさん、ありがとー」


 初対面にも関わらず、目上の男の人にむかって、遠慮なくおじさん呼ばわりする政子。それを聞いてアレスは、一瞬顔が引き攣ったが、対する店の男は特に気にした様子もなく、素直にミルク缶を受け取る。


「いやはやあ、珍しいね。これお嬢ちゃんが全部運んだんだろ? 感心したよ」


 むしろ店のおっさんは、一回りも二回りも歳が離れているであろう政子を前にして、すっかり気を良くしたようであった。実際に、傍から見れば確実に、不自然に思えるまでの心の広さを、彼女の前で見せていた。

 やがておっさんが、ミルク缶をまとめて抱えたまま、店の奥へと消える。そして少ししてから、おっさんが腰に手をあてながら、店の奥から出てくる。身体に無理がたたったのだろう。流石に昔の若かりし頃のように、身体に無茶が効くような歳ではなかったようで、苦悶の顔を浮かべていた。


「どうせだったら、少し店の奥で休憩していくかい? 食べ物もあるよ。売り物だけど、ちょっとなら食べてもいいからね」


 中年のおっさん魂を出し尽くした様子の男は、店の椅子に腰掛け、うなだれた格好でそう言った。


「ええ、いいの? ラッキー。それじゃあ、お邪魔しまーす」 


 タダ飯を頂けると聞いた政子は、即座にはちきれんばかりの笑顔を浮かべると、おっさんに促されるままに、店奥へと向かった。店の食べ物を振舞うと言われただけで、こうも簡単につられるとは、あまりにも警戒心がない。きっと心がピュアすぎるあまり、人を疑うということを知らぬまま、育ってきたのだろう。まるで地方から都会に移住してきてまだ間もない、世間知らずの少年少女のようである。


「コラッ、この単純なやつめ。食べ物をあげるってだけで、ホイホイついていくやつがあるか。まずは遠慮しろよ。お気遣いありがとうございますとか、言うもんなんだよ」


「うーん、でも貰える物なら、貰った方がいいんじゃない? だって貰っておいて、損はないじゃん」


「アホか」


 やはり食べ物のことになると、政子はとことんアホになってしまうようだった。結局、彼の忠告は、聞き入れられることなく、彼女はその足で店奥へと消えてしまった。この調子ではそう遠くないうちに、無自覚のまま、違法な薬物などの運び屋をやらされそうである。


「ついでに君もあがっていきなさい。休憩がてらに、ゆっくりどうぞ」


 その時、アレスのお腹から音が鳴る。


「うぬぬぬ……。じゃあそういうことなら、お言葉に甘えて」


 結局、アレスも政子の後に続いて、店のおっさんの世話になったのだった。


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