第五話「冒険者ギルドの受付前にて」
「ううう……。やっと冒険者ギルドに着いた! ああもう! 都会ってマジ迷宮すぎるだろ! 進めば進むほど色んな道が現れては消えての繰り返し……。
もっと田舎から出てきた俺にもわかりやすく道を作ってくれよ、都会人!」
冒険者ギルド到達の最大の難関は、まさしく都会の交通網だった。スパイダーの糸のように大小様々な通りや道が入り組んでおり、田舎育ちのアレスを大いに困らせた。
彼にとって都会の道はまさしく、何度も交わっては分裂を繰り返すダンジョンの迷宮そのもののように映っていた。都会の交通網がそんな複雑な造りになっているせいで、彼は一切の方向感覚が分からなくなり、同じような道を行ったり来たりしていたのだ。
「すみません、ここから冒険者ギルドまでどうやって行けばいいですかね?」
たまらずアレスは、道行く人に冒険者ギルドまでの道を尋ねていた。しかし、都会の人達は常にせかせかしているというか不親切な人ばかりであり、
「知るかボケ、他の人に聞きな」
「助けてー! 身なりが変な人に話しかけられた!」
彼を異常者であるかのように扱い、ほとんど誰も道を教えてくれなかった。”たかが道を聞いただけなのに、なぜこうも冷たくあしらわれるのだろうか?”アレスは、心の中でそう思っていた。都会の人達といい、ダンジョンの迷宮のような都会の交通網といい、アレスにとってこれらは理解に苦しむ代物だったのだ。
もっと単純でわかりやすい道を作ればいいものの、都会の交通網という入り組んだ道を、わざわざ好き好んでつくった理由も理解できないし、ただ道を聞いただけなのに、身なりが悪いという理由だけで不審者扱いもされる。彼にとって、都会人は親切心にひどく欠けた人種のようにしか思えなかったのである。
「うっ……。これが都会の洗礼ていうやつか」
田舎者のアレスにとって、こう思ってしまうのも無理はなかった。
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そんなこんなでアレスは、冒険者ギルドに到達するのに、実に5時間少々もかかってしまった。都会人が“都会の交通網”という悪趣味な迷宮を作り出してくれたおかげで、思わぬ時間を食ってしまったのである。
当初の予定では、遅くとも昼の11時過ぎには着いているはずだったが、都会の道があまりにも入り組んでしまっているせいで、完全に計算が狂ってしまったのだ。本来なら、正午前までには受付の方も済ませ、その後、ゆっくりとランチでも取ろうとアレスは考えていた。来たる冒険者適性試験に備えて、優雅に紅茶でも飲みながら、しっかりと心構えしているつもりだったのだが、もはやそんな猶予は全く残されていなかった。
「やべー! 急がねえと! エントリー終わっちまう!」
慌ててギルドの建物の中に入り、時計の方を見てみる。夕方の17時を回っていた。
「はあっ!? ギリギリじゃねえかよ! ……えっとまだ適性試験の受付ってやってるよな!? もうエントリー終了ってことはないよな!?」
着いたのが、ギルドの閉館時間寸前ということもあって、アレスは一時、ものすごく不安に駆られた。だが幸い、館内の受付の方には、冒険者志望らしき人達の長蛇の列ができていた。その受付前に並んでいる人達は皆が皆、自身の番が来るまで“冒険者適性試験”について記されたガイドブックをひたすら眺めていたり、はたまたキョロキョロと周りを見渡し、ひたすら落ち着きがなかった。試験が直前に差し迫った時、特有のソワソワした感じが、館内には漂っていた。
「ひとまず、エントリーには間に合いそう……。早く並ばねえと……」
ギルド内に集結している彼彼女らの様子を一通り見たところで、早速アレスは受付の列へと並んだのだった。
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それはそうと、この冒険者ギルドは所謂、冒険者を専門にした職業斡旋所みたいな物なのである。一般的な言い方にあてはめると、お役所だ。彼の田舎にも数ある役所の中で、比較的、小さい町役場というものがあるのだが、それに対してここアスピリッサ冒険者ギルドは物が違った。さすが都会クオリティーと言うべきか、建物の大きさもさることながら、外装から内装に至るまで、鼠色のでもなければ壁にヒビが入っていることもない。彼の田舎にある町役場と違って、内装は偉く漆喰か何かで綺麗にコーティングされているようであり、古臭さもまるで感じなかった。
またそれらの要素に加えて、ここ冒険者ギルド内部のどこを見渡しても、チリが一つもなければ、ホコリ臭いこともなく、本当に隅から隅まで掃除が行き届いていることが、ニオイだけで実感できる。
よく人の中に外面だけはいいが、内面を見てみると、それは腐ったブルーチーズみたいな奴だったことはいくらでもあるが、ここアスピリッサの街においては全くそんなことがない。外面内面共に取るに足りないところが一つもなく、もう何もかもが都会クオリティーであり完璧すぎるのである。
「まだかな、まだかな。早くあの金髪ボブのお姉さんに、受付してもらいて~よ~」
アレスは列に並ぶ際、下心満載で金髪のボブのお姉さんが、受付をしているところを選んだ。隣の列の方も、黒髪ロングヘアーの極上のお姉さんが、受付をやっていたのだが、アレスはどちらかと言えば、そのボブのお姉さんの方がタイプだったようだ。ほぼ即決で、金髪ボブのお姉さんの方に並んでいた。
「うおおー! 大変お美しい! 遠目から見ても、笑顔がまぶしすぎるって! こんなの反則過ぎるだろ! 田舎じゃこんな美貌、間違いなくお目にかかれない!」
カウンター越しに突っ立っているお姉さんは、彼にとって紛れもなく極上だった。目鼻立ちからほくろの位置に至るまで、その全てが所謂、黄金比のバランスで構成されており、もはや芸術と呼ぶのにふさわしいものがあったのだ。そのお姉さんのあまりの芸術ぶりにアレスは、顔を直視することすらできず、伏し目がちになっていた。
「では次の方、こちらにお願いします! 新規冒険者志望の方ですよね? まずは身分証明書をご提示ください」
そうこうしているうちに、いよいよ彼の番となった。エントリー締め切り直前ということもあって、受付前には続々と人がごった返しており、列がなかなか前に進まなかったが、彼にとって待ちに待った瞬間だった。
「は、はいぃ~」
お客様対応とはいえ、アレスはその極上の受付嬢に話しかけられたこともあり、顔が熱したバターロールのようになった。応対時に見せるスマイルが、あまりにも極上で眩しすぎたのだ。故に彼はそんな彼女のことを直視できず、魔除けにあったドラキュラのように顔を覆い隠していた。今までごくごく普通の女の子にすら、話しかけられたことのなかったアレスからすれば、至極当然の反応なのかもしれない。
「あの~お客様。どこか具合でも?」
心配してなのか、金髪ボブのお姉さんは、彼にそう話しかける。別に、彼の体に悪いところはない。ただ受付嬢の彼女に、満面の笑みで話しかけられたため、心に異常をきたしただけに過ぎない。
またさらに彼に追い打ちをかけるように、造形の美しさもさることながら、何と彼女の方からフワッと、かぐわしい甘い香りまで漂ってきていた。
何と言葉にしたらいいかわからないが、甘い蜜の香りと言うべきか、アレスにとって人を虜にし、病みつきにしてしまうそんな魔性なものだったのだ。そんな彼女の匂いにあてられた瞬間、アレスは我を忘れてしまい、頭が真っ白になってしまった。思考を奪い去られ、その場に釘付けになってしまった。
……まあそんな変態的な彼の思考はさておき、とにかく彼は、彼女の顔立ちから甘い香りに頭をどうにかされてしまったのか、動揺のあまり次のことを言ってしまった。
「は、はいぃ~! ぼ、ぼく冒険者志望の者です! ……お嬢さん! ぼくを、俺を冒険者にしてくれませんか!? これから、これからも一人前の冒険者になるので! な、何卒よろしくお願いします!」
ここに来て彼は、まるで初対面の女の子に一目ぼれし、いきなり愛の告白をするかのようなそんな恥ずかしいことを言ってしまったのである。
普通に冒険者志望ですの一言を言えば、済んだ話なのだが、アレスはいったい何を血迷ったのか? 勢い余って、しっちゃかめっちゃかなことを口走ってしまったのだ。
「あ、あのお客様? 何をおっしゃっているのでしょうか? ん?」
案の定、金髪の極上のお姉さんも、彼の放った言葉に表情が固まっていた。なんて罪深いことを……。彼が変なことを言ってしまったせいで、こんなにお美しいお姉さんを、はたはた困らせる結果となってしまった。
これも田舎者ことアレスが、今までの人生でロクに女の子と会話してこなかったが故に、起こった悲劇と言えよう。女の子に不慣れすぎる部分が、大いに出てしまった結果だ。
「えっ? あ、あっあっあっ……」
やがて受付のお姉さんも、俺のその挙動不審な立ち居振る舞いを見て、色々と彼の非モテだった人生事情を察してくれたのか、ゆっくりと息を吐くように次のことを言ってくれた。
「そ、そうですか。とにかく冒険者志望の方なんですね。わかりました。
それでしたらこの後、午後6時から本日最終の冒険者適性試験が行われるので、この番号札を持ってそちらの席の方で、お待ちいただけますでしょうか?」
そう言うや否や、金髪のお姉さんは152と書かれた番号札と、例の適性試験の概要を記したガイドブックを渡してきた。
彼は先ほどの失言で頭が真っ白になり、すっかり茫然自失としていた。うんともすんとも言わない。そんな彼の状態を見かねて、再度お姉さんは、
「すいません。そちらの番号札とガイドブックを持って、そちらの席におかけください」
少々苛立ちを含んだ言い方で、彼女は近くの待合の椅子を指差した。
そこまで来て、ようやく彼は我に返ったのか。彼女の意図を汲み取り、すぐさま逃げるようにその場を後にした。
早速、指定された席に座るや否や、アレスは込み上げてくる恥ずかしさを打ち消したいのか。先程いただいたガイドブックを開くなり、
「えっとどれどれ? ほうなるほど! 適性試験はざっとそんな感じなのか!
実に説明がシンプルで分かりやすい! それでいて字が大きく書かれていて、お年寄りにも配慮されてる! なんて素晴らしいガイドブックなんだ!」
と、周りにも聞こえるような大きな声で言った。
これもついさっきのまさに赤面モノの醜態を、彼自身の記憶から抹消したいが故のムーブメントと言えるかもしれない。気丈に立ち振る舞って見せることで、何にも動じていないことを周りに示したかったのだろう。
……しかし結局のところ、それらの効果は薄いと言わざるを得ず、いくらガイドブックのページをめくったところで、極上の美しさに感化され、思わず愛の告白をしてしまったあのワンシーンが何度も彼の脳裏をよぎり、カアッーと顔と耳が熱くなっていくばかりだったのである。肝心の本に書かれてある内容も、まるで頭に入っていなかった。
「見ろよあいつ! DTの癖に冒険者志望だってよ! 笑えるわ! 今年で一番笑えるわ!」
あまりの恥ずかしさに頭がいっぱいになっていたところ、さらにそれに拍車をかけるかの如く、ギルド内の至る所から、彼のことを嘲笑する声があがった。するとそこから立て続けに、
「やめとけやめとけ! 女もロクに口説けんDTは冒険者に向かないって! とっとと家に帰っておねんねしてな!」
「DTの奴に仕事できるわけねえっちゅーの! そんな奴が冒険者を目指すのは無謀の極みだわ!」
と、ゲラゲラと散々な言われようだった。ギルドに集結する冒険者志望の連中の総意としては、どうやら“DTには人権もなければ、冒険者を目指す資格もない”とのことらしい。
……クソ舐めやがって。人を見た目で判断するんじゃねえよ!
ギルドにいる冒険者志望の連中に、DTと舐められたその瞬間、彼は心の中で強くそう思っていた。
”この場で俺を見て笑った奴ら! 今に見てろ! そいつら全員まとめて俺の氷結魔法で氷漬けにして、シャーベットにしてやるからな!”
こう言うのもあれだが、何とも恐ろしいことを考える彼であった。