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第四十八話「恩人を仇で返した代償」

※令和7年2月19日に、第四十七話「スイーツパラダイス」にて誤字脱字報告を頂きました。改めて本当にありがとうございます。

 ギルド長は依然として、スイーツを恐ろしく早い手さばきで袋詰めしていくアレスの様子を、まじまじと見つめていた。おそらくギルド長の中で、彼アレスのあまりの変貌ぶりに驚きを隠せなかったのだろう。

 以前までのアレスなら、ここまで食べ物に執着を見せることは、決してなかった。彼は生活も金にもゆとりがあった。そのため完全にオフの時は、3階建ての黒光りの豪邸の別荘で、塩分濃度高めの高級な料理に舌鼓を打ちながら、専属のマッサージ師に凝り固まった筋肉をほぐしてもらい、心身共に目一杯、休養を取ることができていたのだ。

 しかしながら今のアレスは、恐ろしく早い手さばきで有り余ったスイーツを、忙しなく袋詰めしている始末。当然、裕福な人が取るのにふさわしい行動でないのは、明らかだ。

 当のギルド長もたまらず、一心不乱にスイーツを袋詰めしているアレスに次の質問を投げかけていた。


「アレス様、この1ヵ月間に何があったんです? だいたいの話は日刊紙含めて、知り合いの方々から諸々聞き及んでいますが、今一度、あなた様からも直接、お話を伺ってみたいです。

 ……なので、一旦その手を止めてもらってもいいですか?」


 未だに夢中にスイーツをかき集めているアレスをよそに、ギルド長は至極、落ち着き払った口調でそう尋ねていた。


「その話か、ギルド長。あともうちょっとだけ、待ってくれないか。今、いいところだから」


 アレスは顔をあげ、サラッとそう答えるなり、再び目線をスイーツの方に戻した。

 その様はまるで、闇カジノにて、周りからの再三の制止を振り切り、無謀にも大金をベットし続けてしまう、ギャンブル依存症の成れの果てのそれだった。

 一旦、そうした言わば、賭ケグルイモードに入ってしまうと、接し難くなってしまうのは言うまでもない。


「はあー、そうですか。それでは気長に待つと致しましょう」


 アレスの返答を受け、ギルド長も敢えて彼に急かせることはしなかった。何とも寛大な心を持ち合わせているギルド長である。


 ◇◇◇◇


「ふう、待たせたな。ギルド長」


 ようやくアレスが袋詰めの作業を終え、一段落ついたその時。まるで一仕事を終えた熟練の大工職人のように、もったいぶったように息を吐いた。

 人を散々待たせておいて、最初に取った行動がそれだった。かけるべき言葉もないとは、まさにこのような状況を差す表現だと言えよう。


「ご苦労様です、アレス様。さぞかし重労働だったことでしょう。こちらお口直しのセイロンティーでございます」


 物腰の柔らかい言い草で、ギルド長はそう言うと、アレスの前にそっと差し出した。ギルド長があまりにもお人よし過ぎて、逆に心配になってしまう。


「ありがとう」


 素直に感謝の言葉を述べつつ、アレスは額に光る汗を腕でサッと拭い去ってから、セイロンティーを一気に飲み干した。


「くー、あったまるぅ~」


 アレスはティーカップを片手に、目を細める。一仕事終わりのこの一杯は、セイロンティーの元来の旨さに加え、身体の隅々まで染み渡ったに違いない。さぞかし極上の一杯だったことだろう。


「ふわぁ~。……そういえば、ギルド長。俺に何か話があるんだっけ?」


 紅茶の熱のこもった息を吐くと共に、アレスはそう言った。その様はまるで、ペットショップに陳列されている子ウサギに目を奪われ、ほっこりと笑顔を浮かべている時のようであった。

 妖艶の魔女に、まどろみの魔法をかけられた成人男性が、急速に脱力感を覚え、穏やかな気持ちになることがある。今のアレスはまさにそれと近しい状況に陥っていた。


「そうです。この1ヵ月間、アレス様の身に起こった一連の出来事を、詳しくお聞かせ願いたいのです」


 ギルド長は、懐から手書きのメモを取り出すなり、改めてそう述べた。長く待たされた身になってみろと、普通なら思わず激高したくなる場面だと思われる。

 だがやはりここはさすが、アスピリッサ冒険者ギルドの長だ。終始、表情は崩さず、努めて冷静だった。


「なるほどね、承知した。その代わりと言ったらなんだけども、世間が今どうなってるか教えてくれないか? 牢獄に収監されている間、ずっと外の情報が入って来なかったもんだから、気になって仕方ねえんだ。……頼む。俺が不安で、どうにかなっちまう前に、是非とも教えてくれ」


 慢性的なチョコレート不足に陥り、禁断症状を起こしている人のように、アレスは懇願した。確かに、つい先日まで、世間とは隔絶された世界に押し込められていた彼にとって、外の情報は喉から手が出るほど、欲しい物であるに違いなかった。


「かしこまりました、アレス様。私にできることであれば、何なりと」


「ありがとう。じゃあ早速すまないけど、まず日刊紙が今回の俺の一連の騒動に対して、どう報道していたか詳しく教えてくれ」


「全然構いませんが、それはまたどうしてですか?」


「2、3日ほど前から、ようやくシャバの世界に出られて、自由に街中を歩けるようになったのはいいんだけど、通りすがりの人達からの視線がやけに痛々しく感じるんだよ。

 だから世間が俺のことについて、どう報道したんだろうって、気になって。

 ……視線が痛々しく感じるのって、ただの思い過ごしかね?」


「さあ、どうでしょう。私としては何とも」


 ギルド長は彼の問いに、言葉を濁した。何とも釈然としない受け答えだった。


「まあいい。俺の逮捕後の記事が残っていたら、それをあるだけ全て見せてくれないか?」


「かしこまりました。そういうことでしたら、ちょうどアレス様が起こされた事件の記事が掲載されたスクラップがあるので、今からそちらをお持ちしますね。少しお待ちください」


 一言そう言って、席を立つギルド長。席のすぐ後方にある、漆塗りがされた木製の事務机に向かうと、そこの引き出しを二、三ほど開けた。


「ありました。これですね。ここにアレス様の事件の全貌が克明に記録されています」


 ギルド長は、日刊紙の記事の切り抜き冊子を手に取り、それを掲げるなり、元居た席に戻る。


「ありがとう。それにしてもピンポイントで、よく見つけられたな。部屋中、資料だらけなのに」


 アレスが口にした通り、この執務室は資料の山と化していた。見渡す限り、山積みされた紙の資料が部屋全体を、まるで全長4,5メートルの巨体を誇るジャイアントゴーレムのように、要塞のようにして積みあがっていた。日頃の激務ぶりが、ひしひしと伝わってくる光景だった。


「慣れですよ。こんなものは。誰にだってできます」


 ギルド長は淡々とそう言ってのけた。普通の人がこれだけの資料の山に直面しようものなら、丸一日持たずして仕事を投げ出し、即日、音信不通となることだろう。おそらく召使いが十数人がかりでも、裁き切るのは不可能な量に思える。

 だがギルド長は日頃から、1人でこの膨大な量の仕事を裁いているのだろう。

 彼のこのふくよかな見た目とは反して、やるだけのことはしっかりやっているのだ。


「そ、そうか。そんなものなのか。にわかには信じがたいな」


 アレスはテーブルに広げられた記事のスクラップを、ぼんやり眺めつつそう言った。


「ではまず、事件の第一報から見ていきましょう。読み上げます」


「よろしく頼む」


 固唾を飲み、首を縦に振ったアレス。


 ここ最近、世間からの評価にやけに敏感になっている彼にとっては、決して振り返りたくない過去を無理矢理、掘り返された時のような心境だったに違いない。

 言うなれば、意中の相手から、遠回しに嫌悪の感情をぶつけられた時の苦い経験がフラッシュバックし、悶絶した時と言ったところだろう。


「1ヵ月前の14日、17時頃。日刊紙によると、アレス・ゴットバルト容疑者は、自身が開催した冒険者パーティーヒポクラーンの勇退式に出席後、その足でアスピリッサ中央銀行に直行。勇退式の会場にて、過度のワインを摂取し泥酔状態に陥っていたアレス容疑者は、銀行職員に鋭利なダガーナイフを突きつけ、金品を要求した。その後、アレス容疑者は、通報を受け中央銀行に急行した保安騎士団相手にもナイフで切りかかるなどの行為をした。身柄は当局の保安騎士団によって緊急拘束され、即日、牢獄行きとなった」


「ちょっと待った。俺が公共の場で刃物を取り出し、あろうことか一般市民を脅迫して、金品を掠め取ろうとしただって? 事実無根だ!」


 アレスは激怒した。ギルド長が今しがた読み上げた記事の内容と、実際に起こった出来事があまりにも食い違っていることに。

 

「具体的にはどの辺でしょうか。そこを詳しく」


「あー、言ってやろうとも。そもそもだな、俺はワインが大嫌いなんだ。勇退式当日に、俺は一滴もワインを飲んじゃいない。男は黙ってラガービールだろ!」


 その様はまるで、保安騎士団から事情聴取を受けた際に、謂れのない言いがかりをつけられ、怒りを爆発させる被疑者そのものだった。


「日刊紙の取材担当者め。ちゃんと裏取りしたのか? 適当な仕事をしやがって。少し取材して聞き込みしてたら、俺がラガービールを好きなことくらい、簡単にわかるだろ。聞き込みがあまい!」


「……まあ、アレス様の好みのお酒がラガーなのは、ともかく。改めてワインを摂取していたこと以外に、事実無根だった箇所はありますか?」


 ギルド長は、ほとほと困った表情を浮かべつつ、そう述べた。重要なのはそこではない、とでも言いたげの顔をしていた。


「第一、俺はだな。ジュリー姉妹とプロポリスのバカ野郎に、ムーンフラワーっちゅう聞きなれない花を受け取って、匂いを嗅いでから、意識が飛んだんだ。そして気づいた時は、パーティー会場で1人、床に置いてけぼりを喰らってたんだ。……最悪な目覚めだったよ。目を覚まして早々、清掃中の若いギルド職員に、邪魔だからと言ってバケツの冷たい水を顔面にぶっかけられてよお。クソが!」


 アレスは目の前のテーブルを力強く叩いた。あの時の青二才のギルド職員から受けた仕打ちを俄かに思い出し、感情を抑えられなくなったのだろう。


「そうなのですか。私もあの時、会場に居ましたが、確かにアレス様は突然ぶっ倒れていました。私もてっきり、原因はワインの飲みすぎだと思ってました。違うのですか?」


「このデブ! 違うだろ! 違うだろ! どう見ても、プロポリス達から受け取ったムーンフラワーの匂いを嗅いでから、ぶっ倒れただろ。妙に思わなかったのか!? あのムーンフラワーだよ、全ての元凶は」


 大事なことなので2回言ったと共に、あろうことかアレスはギルド長のことをデブ呼ばわりしていた。暴言にしては、少し度が過ぎていると思われる。


「はて? そうだったでしょうか。何せ1ヵ月も前のことなもので、はっきりしたことは覚えていません」


 ギルド長は首をかしげ、腕を組んだ。


「長い付き合いだったら、俺がワインが嫌いなことくらいわかってくれよ。少しは引っかかってくれよ」


「言われてみれば、ラガー派でしたね。アレス様は。今、思い出しました」


 ギルド長は着想を得たマッドサイエンティストのように、拳で手のひらを叩いた。


「そうなりますと、泥酔状態となった理由はワインではなく、ムーンフラワーの花の香りを嗅いだことによる物ってことですね。なるほど」


 それからすぐさま、ギルド長は手書きのメモにペンを走らせる。


「うーん、厳密に言えば、俺はあの時、泥酔するほどラガーは飲んでいないから、根本的に違うんだが。

 ……まあいい。それよりもだ。俺が銀行職員にダガーナイフを突きつけ、金品を脅し取ろうとしていたってこの記事。事実の前後関係が、俺が思っているのとは明らかに異なる。俺がダガーナイフを出した時は、保安騎士団の連中に包囲され、臨戦態勢を取られたからだ。それで俺はやむをなしに、ナイフを取り出して、自己防衛しようとしただけだ。

 この記事の書かれ方だと、俺がただただナイフを振り回して、暴走しただけの野蛮人じゃないか。悪人一色じゃねえかよ」


 アレスは不服な様子だった。


「ほう、自己防衛ですか。保安騎士団に投降を促され、身の危険を感じたアレス様は、応戦しようと、銀行職員を人質に取り、自己防衛しようとしたと」


「話を1つも聞いちゃいないな、ギルド長。人質にしたなんて、俺、一言も言ってねえぞ。違うって」


「違うって、何がです?」


 ギルド長は疑いの目を、一層向けてきた。どうやらアレスの言い分を信じていないらしい。彼の険しい表情が、それを物語っていた。

 これに対してモノ申さずにはいられなかったアレスは、口を尖らせて次のように反論した。


「何度も言うけど、俺は銀行職員にナイフを突きつけてもいねえし、ましてや人質に取ってもいねえよ。俺がダガーナイフを取り出したのは、保安騎士団が一方的に言いがかりをつけてきて、鞘から剣を取り出したからだ。

 ……こういう時は、なおさら自己防衛せざるを得ないだろう。日刊紙の言い分をアテにしてたらダメだ」


「でもしかし、この後の3日後の記事には、新情報として、アレス様が銀行職員の喉元に刃物を突き付け、恫喝したって書いてあります」


 そう言うと、ギルド長は当該の3日後の記事のスクラップを見せ、その箇所を指で指し示した。


「これはひどい。何たる偏向報道だ」


 呆れて物も言えないと言わんばかりの表情を浮かべ出すアレス。


「まあ記事の一部に脚色が、仮にあったとしても、職員に暴行したことは曲げようもない事実なんですよね?」


 そう言って、さらに問い詰めてくるギルド長。彼の中でのアレスに対する疑念は、ますます深まっていると思われた。


「職員のシャツの襟は、確かに掴んだ。暴行とは言っても、全然大したもんじゃない」


「ありがとうございます。何はともあれ、暴行したことは事実なんですね。協力感謝します」


 彼の発言を聞き、待ってましたとばかりに、さらにペンを走らせていくギルド長。


「おい、さっきから何の真似だよギルド長。この構図、まるで俺が犯行の一部を認めた被疑者みたいになってるじゃないか。何がしたいんだよ」


 一通り、メモを書き切ったところでギルド長は目線をアレスの方に戻すと、次にこう答えた。


「いや、ただアレス様の今回の犯行の動機をお聞きしたかっただけです。いったい何が、アレス様をそのような悪事に走らせたのか。それを知りたかったのです」


「俺が悪事に走ったって……。言い方が悪いぜ、ギルド長。まああんたとは長い付き合いだ。だから、特別に洗いざらい教えてやるよ」


「是非、教えてください」


 ギルド長はそう言うと、目の奥を光らせた。聞きたかったことの本質は、そこにあったようだった。


「俺があの時、ついカッとなったのは、銀行の職員にあることを言われたからなんだ」


「それは何です?」


 咳ばらいを一つしてから、アレスはこう答えた。


「俺の預金口座から金を引き出してくれって銀行のあんちゃんに頼んだら、そんな物はありませんって言われたんだ。『アレス様の預金口座は凍結されて、一銭も引き出すお金はありません。どうかお引き取りを』ってな。……そう言われて、はいわかりましたって、納得できる人間がどこにいるんだって話だよ」


 再びアレスは、テーブルを力強く叩いた。


「俺の気持ち、わかってくれるよな? ギルド長!」


 アレスは自身の主張を強く訴える。だが当のギルド長にはその思いは届かなかったようだ。実にあっさりと、次のように返した。


「その話が果たして真実なのか、今となっては確かめる術はありませんね。ですがどの道、職員に暴行を加えるなど、元Sランク冒険者が決してやっていい行為ではありません」


 ギルド長は一切の同情を示さなかった。むしろアレスを引き離しにかかっていた。


「待ってくれよ。だってよお、俺が今まで冒険者で稼ぎ出した全財産が、突然引き出せなくなったんだぜ? しかも俺の許可なく、第三者の誰かが勝手に引き出したって話だ。こんな不条理あってたまるか。怒りを覚えて当然だろうよ。

 ……日刊紙に書かれていることだって、適当に聞きかじったことを記事に載せているだけだ。それっぽくは書かれているけど、ゴシップネタを追っている取材担当者と大してレベル変わらんぞ、こりゃ」


 彼の言い分を聞いたギルド長は、こめかみに手を当て、首を横に振った。それから何かけじめのついた表情を浮かべると、静かにこう言った。


「アレス様。わたしの方から話があります」


「なんだよギルド長。改まって」


 アレスは、ギルド長の様子の変わりように若干、狼狽する。何事かと、アレスはじっくりと耳を傾けた。


「私は最後まで、アレス様のことを信じていました。だが、ここまで嘘に嘘を重ねるとは。図々しいにも程があります。失望しました」


「失望だって? 何を言ってんだ。俺は本当のことを喋ってるだけじゃないか。日刊紙の書いていることは、でっち上げにもほどがあるんだって。ロクに調べもされていない、日刊紙の取材担当者の主観がモリモリてんこ盛りなんだって。偏向報道なんだって」


 見苦しくも言い訳を並べ続けるアレス。ギルド長は呆れたように、ため息をつくと、続けてこう言った。


「あなた様が今回、犯してしまった罪を素直に認めてさえくれれば、現在、あなたがジョエル・カロリントンに押し付けられた借金を、私は肩代わりしようとまで考えていました」


「え? ジョエル・カロリントンだと? ……ギルド長、あの取り立て屋のことを何か知ってるのか?」


 アレスは例の取り立て屋の名前を耳にした瞬間、目を見開いた。


「ええ。悪質な手段で、人の命を金に換える悪徳金融業者ですね。確かアレス様に、保釈金を出したことの見返りに、10日5割の返済金を要求してるんですよね。その情報は、知っています。……あと、アレス様の屋敷が諸々、差し押さえになったことも」


「そこまで知ってたのか」


「はい。ですので、わたしはあなた様を試していたんです。今回、起こした事件に対して、どう真摯に向き合っているのかをね。……ですが、あなた様の話をこうして伺ってみましたが、反省の色は全くもって見られなかった。

 そればかりか被害者面をし、挙句の果てには日刊紙の取材担当者まで批判をする始末。ジョエル・カロリントンが、あなた様を罠に落としたことは随分前から知っていましたが、最早、私の方からあなた様にできることは何もありません。……どうかお引き取りを」


 そう言って席を立ったギルド長は、扉の方に手を向けた。この部屋から早急に立ち去れということだった。


「待ってくれよ。まだ話は……」


 アレスの発言を遮るように、続けてギルド長はこうも付け加えた。


「あなた様の適性を見出した当初は、謙虚な気持ちを持った熱意ある駆け出しのSランク冒険者でした。しかし社会的地位や名声を手にしてからというものの、すっかり人が変わってしまった。ご自身では気づいておられないかもしれませんが、私達はあなた様のこれまでのわがままにずっと目を瞑ってきたんです」


「待て待て待て。いきなり何を言い出すんだ。俺のわがままって何のことだ?」


「やっぱり自覚はないんですね。困ったものです。もう何を言ったところで、無駄ですね。このスイーツは手切れ金代わりです。これをもってあなた様との関係性は、解消させていただきます。改めて、お引き取りを」


「何が何でもいきなりすぎるだろ、ギルド長。どうして俺との関係をそこまで切りたがる? 少しでもいいから、教えてくれよ。なあ? 納得できねえよ」


 アレスの発言に答えるように、ギルド長はゆっくりとこう告げた。


「それはあなた様の、これまでの行ないに強く影響しています。現にステータスオール1となり、使い物にならなくなってやっと改心したかと思えば、結局のところ、あなた様の高飛車な性格に変化は見られなかった。今回の件も素直に罪を認め、一から人生をやり直そうと考えていたのなら、あなた様の再就職先の斡旋も考えていました」


「再就職先だと? つまりセカンドキャリアってことか? 天下りってことか?」


「天下りとは、不遜な。かのジョエル・カロリントンに借金を押し付けられ、支払いに困っているらしいという情報を聞きつけてから、私達はあなた様のことを思って今まで就職先の準備をしていたのです」


「へっ?」


「冒険者の育成機関を立ち上げたと、さっき言ったと思いますが、その講師に本来でしたら元Sランク冒険者のアレス様を迎える予定でした。……だが、あなた様は私達の職員一同の想いをこれまでも幾度となく散々、踏みにじってきました」


「え? え? えええええ! 待て待て、俺はそんな真似はしていない。寄こしてもらった討伐依頼も、他のどのパーティーよりもしっかりこなしてきたじゃねえか。それの何が不満なんだよ。まずなあ、あんたの言うように俺、そんな周りに迷惑をかけた覚えはないって」


「私達が血のにじむような思いで取ってきた討伐仕事を、あなた様はいつも『こんな仕事、俺らじゃなくて他のBランクに回せ』と言い、再三にも渡って怒鳴りつけてきたのは誰ですか? 心当たりはありませんか?」


「うっ……。それは仕方ねえだろ。だってよお、休みなしでぶっ通しでお前らが仕事を回してくるんだからよお。そりゃ文句の1つや2つは言いたくなるだろうよ。それのどこがいけねえんだよ。当然の権利じゃねえのか?」


「私達は、依頼主から仕事をもらうだけでも、必死なのですよ。アレス様、あなたにはわからないでしょうね。私達のその気持ち」


「だ、だから何だって言うんだよ、ギルド長。気持ちがわかったから、どうなんだよ」


 アレスはプライドを傷つけられたことを腹立たしく思ったのか、開き直った態度でそう言った。 


「またあなた様は、Sランク冒険者であることをいいことに、通りすがりの女性を軽々しくナンパし、誰が聞いても得をしない武勇伝を、行きつけの酒場にて夜通し語り尽くすなどなど、酒癖の悪さにもほとほと手を焼いていました。私達の取引先の依頼主へ、もしこれらの話が漏れようものなら、我がアスピリッサ冒険者ギルドの信頼も失墜です。その最悪な事態にならぬよう、その全てのもみ消しに奔走してきたのは紛れもない、私達ギルド職員なのです。あなた様のやってきたことで、ギルドの品位を貶めるわけにはいかなかったのでね。

 ……いったいどれだけの迷惑を被られてきたか、わかりますか? 少しでも感じますか?」


「うっ……。いきなりそんなこと言われてもなあ。返答に困る」


 アレスはギルド長の凄まじい覇気を前に、すっかり怖気づいてしまったようだった。


「はっきり申し上げますが、あなた様はまだSランク冒険者の看板があったから、多少のわがままにも我慢できた。しかし今や、あなた様はステータスオール1の落第冒険者です。

 ……この際、言わせていただきます。利用価値がなくなり、冒険者ギルドに利益をもたらさない冒険者を抱え込めるほどの余裕はありません。すっかり落ちぶれてしまったあなた様に救いの手を差し伸べてくれる人はいませんよ。これ以上の話は不毛です。どうかお引き取りを」


「あんたの言い分はわかった。アスピリッサ冒険者ギルドは、俺を必要としていない。要は戦力外通告ってことだな。……つい最近、似たようなことを言われたよ。失礼するよ」


 これ以上、議論の余地がないことを悟ったアレスは、おとなしく立ち上がるなり、袋詰めしたスイーツを腕に抱えた。その後、一礼してからまっすぐ扉の方に向かった。


「そうだ。最後に一つだけいいか、ギルド長」


 扉に手をかけようとした直前、アレスは言い忘れていたことがあったのか、背後を振り返る。


「なんでしょうか? この後、次の公務の予定も控えているため、手短にお願いします」


「俺の顔面にバケツの水をぶっかけてきた、若いギルド職員はその後どうなったんだ? モップ掛けをしていた最中に、慌てて俺に勇退式の設営費用の請求書を持ってきてくれたんだが」


「勇退式の設営費用の請求? なんですか、それ?」


 心当たりがないかどうか、ギルド長はその場で考えあぐねる。


「ギルド職員が、『金を回収できなかったらシバかれるとか、命がない』とか泣きわめいていたけど、その後の進捗を教えてくれ。今も無事に、仕事をやっているのかどうかを」


「いったい何のことやら……。勇退式の請求なんて、すでに開催前の段階でプロポリス様から諸々の代金は頂いていますよ。会場代、お食事代、シェフ代だったり。

 あとあなた様が口にしていた清掃の件についてですが、そもそもの話、清掃業務に関しては外部の業者に全て業務委託していますから、職員は一切タッチしていないはずなんですけどね。さっきから妙なことを言ってるなと、ずっと思ってたんですよ」


「んっ? なんだそりゃ。まあいい、難しいことを考えるのは疲れたよ。ありがとう。とにかく無事そうってことが、わかればそれでいい。それじゃあ失礼するよ」


 考えられる限り、おそらくこれがアスピリッサギルド長との最後の会話になるだろう。恩人を仇で返したときの代償はこのように、あまりにも大きかったのである。


※誤字脱字報告のお礼について


〇前回の投稿分である第四十七話「スイーツパラダイス」にて、ありがたいことに誤字脱字報告をしてくださった方がいました。それまで報告があったことに気づかず、誠に申し訳ございせん。

 報告してくださった箇所に関しましては、早速、適用させていただきましたのでよろしくお願い致します!


※投稿ペースに関するお詫び


〇度々、作品の更新の方が遅れてしまい、大変恐れ入ります。当作品のあらすじにあります、”赤髪の獣耳少女との出会い”、および”主人公のアレス・ゴットバルトの元のSランク冒険者のステータスを取り戻す旅の始まり”まで、あともう少しで到達予定です。

 果たしてここからどのような形で、主人公アレスがメインヒロインと出会うことになるのか? 乞うご期待ください。引き続き、ご愛読のほどよろしくお願い致します。

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