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第四十七話「スイーツパラダイス」

「犯罪的だ。涙が出る」


 スイーツパイをいくつも頬張りながら、アレスは歓喜に咽び泣いていた。その姿はまさに食欲旺盛な無邪気な赤ん坊さながらであった。

 目の前のテーブルに広げられている数多のスイーツを、アレスは無我夢中に貪り続けている。彼の口の端には、ショートケーキのクリームや焼き菓子の食べカス等々が、まだスプーンやフォークの使い方をロクに知らない赤子のように、びっしりとこびりついていた。


 当の本人はそんな無様な姿をギルド長を前に晒していても、一切気にする素振りすらない。恥も外見もかなぐり捨ててしまうほど、よほどの空腹状態と精神状態に陥っていたと思われる。


「どうですかな? お味の方は」


 改めてギルド長は、アレスにスイーツの感想を伺う。


「たまらんです、大将。幸せで胸がいっぱいですわ」


 アレスは、典型的なスイーツ中毒者であるかのようなセリフを吐いた。


「それはそれは、うれしい限りです。用意させていただいた甲斐がありました。

 スイーツのストックは十分ありますので、何なりとお申しつけください」


「そうか、まだまだ頼んでいいんだな!? それならもっとスイーツだ。スイーツを持って来い、大将!」


 甘い食べ物に頭を完全におかしくされたのか、アレスは大衆酒場で酔っぱらったオッサンのようなことを口走った。しかも当のギルド長を大将呼ばわりまでしている始末だ。糖質を過剰摂取したあまり、頭の中がほろ酔い状態となってしまったが故に飛び出した発言に違いない。

 あたかもここが冒険者ギルドの一応接室ではなく、スイーツバイキング屋だと誤解しているかのようであった。


「仰せのままにアレス様。追加のスイーツを持ってこさせます。私もまだまだ食べ足りないですからね」


 そう言ったギルド長は、またもや手元から精霊を召喚する。


「追加のスイーツだ。なるはやで頼む」


 ギルド長がそう命令を告げると、精霊は戦場で矢石の雨をかいくぐる伝令騎士のように、俊敏にこの部屋から風のように飛んで行ったのであった。


「ありがたいぜ大将。恩に着る」


 アレスは、ありったけのドングリを頬に敷き詰めるリスの格好のまま、ギルド長に感謝の意を伝えた。


「今、何とおっしゃいましたか? アレス様。よく聞き取れませんでした。口に物を入れたまま話されても、年老いた者の耳にはどうも聞こえが悪くて……」


 そう言うと、ギルド長は彼の方に頭を傾け、耳を澄ませる。


「えっ? あっいや、なんでもないです。忘れてください」


 先ほどの発言を掘り返されることを恥ずかしく思ったのか、アレスはそう言って、これ以上の言及は避けたのだった。



 これまでアレスはギルド長に対して、図々しくもスイーツのお代わりを4回も頼んでしまっている。好きなだけ頼んでいいよと親切心でそう言われたのを鵜呑みにし、本気で好きなだけスイーツを要求する哀れな男のそれだった。

 浅ましいちゃありゃしないとは、まさにこのことだと言えよう。


 まもなくしてアレス達の居る応接間には受付嬢のソフィーが、追加のスイーツを載せたワゴンカートを押して、部屋の中に入ってきた。


「ギルド長様。追加のスイーツでございます。……もうこれ以上のご用意は難しいです。これが最後のスイーツとなります。ご了承ください」


 ソフィーは、ワゴンカートの棚に載せていたスイーツを食卓のテーブルに移しながら、ギルド長にそう伝えた。

 彼女の顔には、明らかに疲れの色がにじみ出ていた。若くてみずみずしい肌も、すっかりくすんでいるかのように見える。

 日頃の受付嬢としてのルーティンワークに加えて、スイーツの運搬という突発的な業務がかさんだことで、心身に悪影響が出ているのだろう。

 可憐なお嬢様のような愛くるしい見た目をした彼女が、不憫でならない。少なくともアレス当人も、そう思っているに違いなかった。


「ありがとうソフィーちゃん。ご苦労だったね。今からありがたく、このエクレアを頂くことにするよ。見ててね」


 そう言うとアレスは、自身の顔の横にエクレアを寄せて、意味ありげに微笑みだした。

 おそらくアレス本人にとっては、彼女に対して最大限労いを込めて、気遣った発言をしたつもりだったのだろう。

 だがしかし当の彼女からすれば、トラウマ必須級のおぞましさがあったに違いなかった。それを裏付けるように、先ほどから彼女の顔は、血の気が引いたように真っ青になっていた。

 そして、おそらく身の危険を感じたであろうソフィーは、顔を歪ませながら次にこう言い放った。


「いえ当然のことをしたまでです。ではごゆっくり」


 ソフィーは、鋼鉄の女のようなキッパリした態度でそう述べた。彼との会話もさっさと切り上げ、空になったワゴンカートを引き、部屋から出て行ってしまった。

 完全に一線を引かれてしまっているのは疑いようもない事実である。


「相変わらずつれないな、ソフィーちゃん」


 アレスは恨み節でそう述べる。なんともデリカシーの欠片もない器の小さき男の発言であった。


「彼女は性格がハッキリしてますからね。綺麗なバラほど棘があるといいますか……」


「そいつは的確な表現だな、ギルド長。確かにソフィーちゃんはバラのように美しいけど、その反面、気に入らない男にはついつい突っぱねてしまうところがある。

 実に勿体ない性格をしてるよなー。本当に刺々しい女性だよ、ったく」


 まるで大衆酒場の隅っこの席で、一丁前に女を批判している勘違いおじさんのような会話を始め出した2人。

 もしこれらの会話を、当のソフィーが耳にしようものなら、呆れて言葉も出ないといった心情になると思われる。

 こうしたことを軽々しく言ってしまう辺り、アレスがSランク冒険者となっても、異性と本気のお付き合いどころか、遊びでの付き合いすらできてこなかったことも、大いに頷けることであった。


「まあ高貴な女性はそういうものですよ。どこかしらに行っても、何かと目立って言い寄られてしまうものですから。

 故に関心のない相手には、徹底的に塩対応を取り続けないと、どんどん言い寄られてしまいますからね。隙を少しでも見せようものなら、ズケズケとパーソナルエリアの侵入を試みられる。

 それを防ぐためには、残酷なまでに冷淡な態度を取り続けて、引き離しにかかるしかないんです。こればっかりは仕方ないと思いますよ」


「だよな。高貴な女の子って、何て言うんだろう。決して踏み込んではいけないと思わせる神聖なオーラみたいな物があるよな。近づきたいと思っても近づけない、心理的な距離感というか……。

 そもそもの話、第一印象で、彼女達のお眼鏡にかなわなかった時点で、それ以上の関係性を深めることは不可能だもんな。

 ……Sランク冒険者になってからも、いったいどれだけの女性につまはじきにされたことやら。あ~嫌だ、嫌だ。世の中やってらんねえよ」


 そう言ってアレスは、半ば投げやりな態度になった。また先ほどの話の流れで、彼の中に何かしらのトラウマを呼び起こしてしまったのだろう。その後、わかりやすく肩を落としていた。

 想像するに、今までSランク冒険者の肩書をフルに使っても、大して非モテから脱却できなかった苦い記憶がフラッシュバックされたからに違いなかった。


 それらの話が交わされていた最中、アレスはエクレアを1つ食べ終えると、次にシュークリームを手に取った。 

 これまで高貴な女性相手に、散々いびられ続けてきたという苦い経験を持つアレス。にわかにそれらの経験が思い出され、言わばリアリティーショックを引き起こし、若干落ち込み出したアレスを見て、ギルド長は気を遣ってか、話の矛先を変えるべく次のことを言った。


「しかしさすがはアレス様。エクレアの次はシュークリームですか。お目が高い」


 ギルド長は、アレスがシュークリームを手に取ったことを、ただひたすらに褒めちぎる。


「やはりスイーツの王様はと言うと、シュークリームを抜きには語れませんもんね。私も同じ物をいただくとしますね」


 ギルド長はそう言うと、シュークリームを手に取った。アレスよりも先に皮の上からカプリとかじりつくと、年季の入った目尻の皺が深く刻まれた。途端に顔をすぼめ、ウーと唸り声をあげながら、ギルド長は次のような感想を述べた。


「アレス様。このシュークリーム、中のカスタードクリームがひんやりしてて、思わず病つきになります。

 是非是非、ご賞味あれ」


 ギルド長の口の中からは、クリームが溢れ出ており、それらを取りこぼさぬよう指先で口元辺りを拭っていた。完全にシュークリームの虜となり、幸福感に満ち満ちている様子であった。


「おーそうか、そうか。それじゃあ遠慮なく」


 勧められるがままに、アレスはギルド長に続き、手元のシュークリームにかじりついたのだった。


 当のギルド長もアレスと同じく部類の甘い物好きであることは疑いようもない。

 日頃からギルド長は贅沢の限りを尽くしているのか、腹の下がトロールのようにだらしなく前に出っ張り、垂れ下がっていた。それは衣服の上からでも一目瞭然だった。

 まさに、まごうことなき典型的な肥満体系である。

 そりゃこれだけの圧巻なスイーツパラダイスのような甘々な日々を送っていたら、肥満体系になってしまうのも無理はなかった。


 やがて5回目のスイーツのお代わりが、ソフィーの手によって再び運ばれてきた。だがそのタイミングを境に、これまでで相当量のスイーツを平らげてきたこともあってか、アレスのスイーツを取る手が明らかに鈍ってきていた。


「どうですかな? そろそろお腹の方も膨れてきましたかな?」


 その彼の異変を察知したギルド長は、自身の口回りをクリームまみれに、まるで白髭を立派にたくわえた状態のままで、そう言ったのだった。


「そうだな……。ギルド長にはもう十分ご馳走になったよ。ありがとう。久々の娑婆の飯は最高だった」


「そう言って頂けて何よりです。もったいないお言葉でございます」


 ギルド長は布巾で口元を拭い去りながら、そう述べる。


「本当に感謝してるぜ。なにせ牢獄に居た時は、毎朝毎晩出される食事がとにかく貧相で、ひもじい思いばっかりしてたからな。

 ……生まれ変わった気分だったよ」


 アレスはそう言って、天を見上げた。ギルド側が用意してくれた絶品のスイーツを多く摂取したおかげで、心身共に満たされた気持ちになっていたのだろう。


「……なあギルド長。これだけたくさんもてなしてもらって、さらにこんなことを言うのは図々しいと思うんだが、1つ頼みを聞いてもらってもいいか?」


 テーブルの上には、アレス達の腹では入りきらなかった無数の食べ残しがあった。アレスはそちらの方に目を向けつつ、藁にもすがるような表情でそう述べていた。


「なんでしょうか。何なりと」


 ギルド長は身を乗り出し、傾聴する姿勢を見せた。アレスは冷静に言葉を選びつつ、次のことを言った。


「帰る前に残ったスイーツを、袋詰めさせてもらってもいいか? 馬のブルートゥースにも分けてやりたいんだ。頼めるか?」


「ほう。なるほど」


 ギルド長は首をかしげる。視線もほんの一瞬、鈍くなった。

 アレスもその些細な変化に気づくと、表情がこわばる。

 しかしギルド長は即座に、先ほどまで抱いていたと思われる負の感情を振り払うかのように、さっぱりとした顔つきになると、次にこう述べたのだった。


「かまいませんよ。ソフィーに持ち帰り用の袋を、ここまで持ってこさせますので。全然遠慮なさらず」


 そう言ってギルド長は再び、手の平から精霊を召喚し、持ち帰り用の袋を持ってこさせるよう伝令を飛ばしてくれたのだった。

 先ほど、不穏な沈黙の時間が両者の間で漂ったものの、ギルド長は一転して笑顔を見せ、そのように答えてくれた。

 おそらく本心は全く別のところにあったと思われるが、考えを改め直してくれたのだと思われる。


「ありがとう。ブルートゥースも、空腹で苛まれていてな。少しでも分けてやりたかったんだ。色々無理言ってすまねえ」


 アレスは申し訳なさそうに、そう述べた。


 単にアレスは、食い意地が張っていて、まかないにたかろうとしているわけではなかった。

 少なくとも居酒屋の大将から『好きなだけ持って帰っていい』と言われたのを良いことに、ありったけまかないを持って帰ってしまうスタッフとは訳が違っていた。


 だが世の中には、ここぞとばかりに食べ物やモノをおねだりしたがる元老議員らも存在する。

 おねだり体質が蔓延っている元老議員間では、こうした堕落したしきたりが当然のようにまかり通ってしまっているのが現状と言えよう。

 利己的かつ他者のことを一切顧みない、コソ泥のような人間は案外多いものだ。


 しばらくするとソフィーが、無数の茶色の紙袋を手に、再び応接間に入ってきた。その無地の紙袋1つ1つは、バゲットのように縦長のパンが何本も入れられるほどの大きさを有する代物であった。


「ギルド長様。こちらが詰め合わせ用の袋になります。数はこれで十分だったでしょうか?」


 再三に渡って、精霊から呼び出しを喰らってきたソフィーがそう尋ねる。

 おそらく、この応接間をひたすら行き来させられていることに苛立ちを覚えているのだろう。彼女の言葉には少々棘があった。

 先ほどにも増して、業務の疲れが溜まっていることが伺えた。


「ああそれでいい。後はこっちでやっておくよ。ご苦労様」


 ギルド長はただならぬ彼女の様子を見て、結局袋詰めの作業を手伝わせることはせず、仕事場に早く戻るよう促した。

 ソフィーはギルド長の言葉に無言で頷くと、心なしか足取りが軽くなったのか、早々とその場をあとにしたのだった。


「さあアレス様、好きなだけ持って帰っていいですよ」


 彼女が部屋から出て行ったのを見届けてから、ギルド長はアレスにそう伝える。


「ありがとう。恩に着るよ。それそれそれ!」


 アレスは早速、大量の紙袋を手にすると、感情が高ぶってきたのか、雄たけびをあげながら、目の前のテーブルに広げられた無数のスイーツを次々と袋に詰めていった。


「アレス様、恐ろしく早い手さばきですね。……さすがは元Sランク冒険者。並みの者では、到底真似できない芸当です」


 ギルド長の言う通り、スイーツを袋詰めするアレス・ゴットバルトの手さばきは、恐ろしく早かった。ぼおっとしていたら、思わず見逃してしまうくらいに。


 やはりアレスが、テーブルに広げられているこれらのスイーツをかき集めるのに必死であるのも、明日以降の食料不安のことが、常に念頭にあるからだと思われる。

 彼の今置かれている事情を何も知らない第三者が、この場面だけを見れば、おそらく卑しいコソ泥であるようにしか映らないだろう。

 それだけ彼の目には、肝が据わっていると言うべきか、盗人猛々しさがてんこ盛りなのであった。

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