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第四十四話「お邪魔しマンモス」

 市長のアレスに対する態度が一変したのも、アレスが銀行構内で暴力沙汰を起こしたからに他ならない。

 プペロス地区の一大モニュメントとして、建設されたゴットバルト像。

 しかし先の彼自身が引き起こしてしまったスキャンダルによって、アレス・ゴットバルトそのものが大幅なイメージダウンとなってしまった。

 プペロス市長としては、ゴットバルト像による地域活性化を目指していたはずが、むしろ逆効果となってしまったのだ。このことをきっかけにおそらく市長にとって、アレス自身はまるで親の仇のように憎むべき存在となってしまったのだろう。

 そうであるならば、一概に市長に非があるとは言い難いのかもしれない。疫病神だと市長が吐き捨てる心境も理解できなくもなかった。


「はあ……。たかがこんなことで、人の繋がりってプッツリなくなるもんなんだな。人間って難しいや。

 最後に一言くらい、市長と挨拶したかったな。でもそれももう叶わないんだよな」


 アレスが、恩人であるプペロス市長に並々ならぬ思いを抱いていたのは言うまでもない。

 結果的に彼のスキャンダルが尾を引いた形で、プペロス地区には多大な経済的損失を与えてしまった。それっきり、彼とプペロス市長との親密な関係性は完全に途切れてしまったのだった。

 人間関係の難しさを改めて認識させられた今回の出来事。アスピリッサ冒険者ギルドに向かっている道中、当のアレスもきっと相当思い知らされたに違いなかった。


◇◇◇◇


「お邪魔しマンモス~」


 アレスは冒険者ギルドに到着し、扉をくぐるなり、ギャグを吐いた。お邪魔しマンモス。特にこれと言って何ら言及する必要もない、実に陳腐なフレーズである。

 時に精神的に追い込まれた人が、異常なまでにテンションが高くなることがある。おそらくアレスはプペロス市長に、言わば勘当されてしまったことに、それだけ大きなショックを受けていたのだろう。彼の中では空元気ではないが、くだらない冗談を言って心を落ち着かせたかった部分があったのかもしれない。言うなれば、お酒を飲んで現実逃避をする人のそれに近しい物があるといったところだ。

 しかし渾身のギャグを吐いたにも関わらず、誰1人として彼の方に振り向くことも、クスリと笑ってくれることもなかった。

 まさにダダ滑り、ここに極まれりといった状況だった。


 お昼時の活発な時間帯であることもあってか、ギルド内のあちこちでは多くの人だかりができている。これもアスピリッサ冒険者ギルドでは、見慣れた光景だ。連日連夜、掲示板に張り出されたクエストの張り紙とにらめっこし、あーでもないこーでもないとメンバー同士で熱心に語り合っているといった。

 この場の光景を見ても分かるように、パーティーメンバー同士が、各所で盛んに攻略会議を行っている中で、いくらアレスが“お邪魔しマンモス”と叫んでも、一向に気づかれなかったのも、十分に納得できることだった。

 異性とデートしてる最中は、通りすがりの他の異性に一切目がいかないのと同じで、何かに熱中していると別のことには意識が向かない物だ。おそらくそれと同じ原理と言えよう。


「みんな、ごきげんよう。お久しブリーフ~。勇退式以来だな」


 アレスは仕切り直して、ギルド内に居る全冒険者に語り掛けるように、再びそう挨拶をしたのだった。何ら恥じらいもなく、堂々と。


「んっ? あー、どーも」


 しかしほとんどの冒険者は、挨拶した彼に一瞬目を向け、軽く会釈するだけだった。思った以上に反応は薄かった。それからそうもしないうちにまた、他の冒険者は各パーティーメンバーの方に再び目線を戻し、仲間内で先ほどの会話の続きをし始めていた。

 アレスはこの界隈では言わば大御所として認識されている。元Sランク冒険者として、高ランクの魔獣を次々と討伐してきた、まさに時の人である。にも関わらず、特別そこから彼の元に寄って挨拶を交わそうとする者は誰1人としていなかった。


「あれれ? ……俺の渾身のギャグがそんなに受け付けなかったのか。まあいいや。みんな忙しそうだし。それどころじゃないんだろ」


 以前までのアレスなら、こうした何気ない一言を言うだけでもすぐに人が寄ってきて、彼を中心に輪ができた物だった。そうして“お邪魔しマンモス”や“お久しブリーフ”と、アレスがくだらないジョークを口走っても、『面白いですね』と言って周りが勝手に話を盛り上げてくれたものだった。まあ要するに“ヨイショが過ぎる”といったところだ。

 だがしかし今となっては、アレスの発言を誰も拾ってくれるような気配すらない。渾身のギャグだけが完全に独り歩きしてしまっている。関心の湧かない人の言葉に、耳を傾ける人が居ないように、この場に居るアレスもそれと同じ現象が起こっていたのである。


 その後も一向に話しかけられることのなかったアレスは、ギルドの入口付近に立ち尽くしたまま、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 誰かと話したくてうずうずしているが故の挙動だろう。Sランク冒険者だった時の彼なら、わざわざこちらから話しかけずとも、勝手に向こうの方から何かと話しかけに来てもらえたものだった。

 しかしこのように誰からも話しかけられない状況に不慣れだったのか、アレスは終始落ち着きがなかった。


「おっ、あれはカッシオじゃねえか。……ちょうどいい、あいつのとこに行くっか。積もる話もいっぱいあるしな」


 アレスがその場に立ち尽くしたまま、困り果てていた所。カッシオという名の冒険者の姿を、偶然ギルドの受付口前にある大きな円卓で見つけることができた。

 彼カッシオを含めて、メンバーは5名。皆、アレスと顔見知りである。おそらく彼にとって窮地を救われた思いだったことだろう。


 カッシオは、Aランク冒険者パーティー“フィールド・フレッシャス”のリーダーである。そんなパーティーのリーダーを務めるカッシオとは、度々討伐終わりにサシで飲みに行くほどの仲だった。アレスにとって、下世話な話から何まで、包み隠さず話すことのできる相手なのである。

 そのように砕けた関係性であることもあってか、フィールド・フレッシャスの人員が不足していた時も、わざわざSランク冒険者のアレスがそのパーティーの助っ人に入るぐらいのことをしていたほどだった。

 まあ要するに、カッシオとアレスはお互い親友と呼んでも差し支えないほどの間柄という訳である。


「よお相棒。やけに盛り上がってるじゃないか。元気にしてたか?」


 以前からカッシオとは密な関係性であることもあってか、アレスはそう言いながら、彼の背中をまるで気合を注入するかのようなテンションで、強く引っ叩いた。

 メンバー間、机を挟んで活発に議論を交わしている中を、わざわざ背後からそのようにして声をかけたのも、サプライズの意味も込めてのことだったのだろう。

 これもカッシオとは砕けた関係性であるが故に、できることだと言える。


 ……だがしかし残念なことに、カッシオからの反応はプペロス市長の時と同じく、アレスが思っていた以上に、思わしくはない物が返ってきたのである。


「痛ってえ。何なんだアレス。今、大事な攻略会議中なんだ。邪魔するなよ!」


 割と強めな口調でそう非難をしてきたカッシオ。彼のアレスを見る目は、まるで天敵を警戒する猫そのものだった。

 とにかく冗談なんて物は一切受け付ける態度ではなかった。カッシオが突然怒号をあげたことで、周囲の冒険者達の喧騒が、一瞬にして静まり返る。カッシオが声をあげたことに、驚きを隠せなかったのだろう。


「悪い悪い。悪気はなかったんだ。いつものノリで、ついやっちまっただけだ。すまねえ大事な作戦会議中に」


 バツが悪そうにそう謝罪するアレス。自分だけがノリが寒いようで、かえって申し訳ない気持ちになっていたと思われる。


「それにラミレス、ベロッシ、マクマーレン、アレクサンドル。久しぶりだな。しばらく見ない間に、随分たくましくなったじゃないか」


 アレスは依然として敵意むき出しのカッシオから、目線を他のメンバーに移すなり、そう語りかける。


「はい、どうも。ご無沙汰しております」


「おうよ。どうだ最近の調子は?」


「見ての通りです」


「み、見ての通り? そうか元気そうだな」


「ありがとうございます」


「体調の方も絶好調って感じだな。校長先生だけに。あははは……」


「……」


 会話はそれを境に容易に途切れてしまった。どちらかというとアレスが一方的に喋り続けるだけで、向こうも向こうで少なくとも会話に乗り気な態度ではなかった。

 用がないのなら、とっとと別のところに行けと暗に示されているかのような、そんな冷淡な雰囲気を感じさせた。言ってみれば好意を寄せる異性相手に、こちらから積極果敢に話しかけても、全く会話の土俵にあがってもらえず、そればかりかひどくため息をつかれ、億劫な態度を取られた時と似ている。

 この時のカッシオらメンバー全員からの視線は、それらを強く物語っていたのであった。


 このようにカッシオ達から一向に言葉を返してくれることもなく、アレスは気まずさのあまり彼らから視線をらした。


「んっ? これは今回の依頼書か?」


 偶然、逸らした視線の先には机の端にのけられていた、魔獣討伐の依頼書があった。表題には“ジャイアントフラワー討伐の件”と書かれている。

 アレスはそれを見て、何か伝えるべきことを思い至ったのか、再びカッシオ達に目線を戻すと、次にこう話を切り出したのだった。

 

「カッシオ達は、これからジャイアントフラワーを討伐しに行くのか。お前らにしてはえらく打って出たじゃないか。討伐報酬も悪くない。お前達が今後、Sランクパーティーに昇格できるかどうかの1つの判断材料になり得る重要な依頼だ。気を張れよ、カッシオ」


 アレスは激励の意味も込めて、そう述べた。話の方向性を見失いかけていた彼が、やっとの思いで会話の糸口を見つけ出せた瞬間だった。

 しかしながらアレスのその頑張りも空しく、当のカッシオは、彼のその発言が会話の切り上げの合図と思ったらしく、無情にも次にこう言い返したのだった。


「感謝する。……まあそんなところだ。じゃあ俺達、話の続きがあるからまた」


 カッシオはそう言うなり、雑に片手をあげ、しっしと邪魔者を追い払うかのような仕草をし出した。これ以上、アレスと話すつもりは毛頭ないらしい。

 そうしてカッシオ達が再び、内輪だけで話し始めたのを見て、アレスは慌てて割って入るようにこう言葉を続けた。


「待て待て待て。水臭いな、カッシオ。久々の再会だというのに、冗談が過ぎるぜ」


「だから何だよ、しつこいな。お前と話す時間なんてねーんだよ。さっきから大事な作戦会議中だって言ってるだろ!?」


 カッシオの当たりは先ほどにも増して、きつくなっていた。悲しいことに、招かれざる客人を相手にしている時のような態度で接せられていた。

 いくらカッシオとは親友だと言えど、親しき仲にも礼儀という物がある。当のアレスもカッシオ達から次々と浴びせられる失礼千万な態度に、段々と表情が強張ってきていた。


「まあまあそう言わずに。ちょいとこの討伐依頼書を拝見させてもらうぞ。失礼」


 アレスはそれでもめげることなく、一言そう断りを入れてから、円卓の上に広げられていた討伐依頼書を強引に手に取った。無理矢理、話題を作るためにあえて取ったアレスのなりの苦肉の策だと思われる。 

 カッシオ達5名のメンバーは、そんなアレスのことを冷めた目で見ていた。それだけ身内の会話に横槍を入れられたことに対して、不快に思ったのだろう。

 それでもアレスは決して彼らの無言の圧に屈することなく、引き続き討伐依頼書のページをめくり続け、それから以下の言葉を発した。


「ジャイアントフラワーは俺も何度か手合わせたことがある。

 こいつの攻撃手段は、ツタの波状攻撃にデバフ効果のあるまどろみの花粉だ。

 通常、前衛にヒーラーを置くことはないが、こいつは特にヒーラーを優先的に攻撃する癖がある。

 そこを逆手にとって、フォーメーションとしてはヒーラー役の人間をあえて前線に置いて、奴の集中をそちらに向かせたところで、奴の視界の外から斬り抜いていけ。

 その方が有効的だ」


 アレスが親切心でそのようなアドバイスをしたものの、当のカッシオは好意的に受け取った様子がなかった。あからさまに苛立ちがこもった口調で、カッシオは次のように述べた。


「あのな、アレス。誰も今のお前に討伐のアドバイスなんて求めてないんだよ。端から頼んでもいないことを勝手にするのはやめてもらえるか? 

 有難迷惑だ。周りの仲間を見ろ。全員、俺と同意見って顔をしてるぞ。

 そもそもな、フィールド・フレッシャスのリーダーはこの俺だ。決定権はこちらにある。落第冒険者のお前ごときが、我が物顔で偉そうに口出ししないでもらえるか?」


 アレスとしてはフィールド・フレッシャスの作戦会議に混じることで、彼らと綿密にコミュニケーションを図ろうと思っていたのだろう。だがそのアレスの想いなど踏みにじるかのように、フレッシャスのメンバーからは拒絶的な態度を示されていた。

 アレス自身良かれと思ってアドバイスしたことは、一切聞き入れる様子もなかった。


「わ、悪かったな。じゃあまたなお前ら」


 毅然としたフィールド・フレッシャスのメンバーの態度にたまりかねたのか、名残惜しそうに一言そう言い残すと、アレスはその場を去って行ったのだった。


「……俺、あいつらに話しかけるタイミング、間違ったかな?」


 去り際、アレスは小さな声でそう独り言を呟いていた。彼のスキャンダルが尾を引いていることは疑いようもなかった。当のカッシオには落第冒険者と蔑まれ、最早対等な関係性ですらなくなってしまったと言える。

 かつては相棒とお互い呼び合うほどの密接な仲であったが、やはりSランク冒険者でなくなってしまった影響は彼自身が考えているよりもずっと大きかったようだ。

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