第二十八話「現行犯逮捕」
「あっ、保安騎士団さん! よくぞ駆けつけてくれました! 被疑者はこちらです」
アレスが窓口のあんちゃんの胸ぐらを掴み、バチバチにやりあっていたところ。わずか数分足らずで、保安騎士団が駆け付けてきた。続々と雪崩れるように行内の裏口から、全身白銀の甲冑を纏ったおおよそ十数名の連中が押し寄せ、現場は緊迫なムードに包まれる。そんな彼らは都の警備を司る公安部隊である。通常、たかだか1人の現行犯をとっ捕まえるのに、これだけの人数が総動員されることはかなり珍しい。おそらく通報した当の銀行職員も、騒ぎの発端がアレス・ゴットバルトその人であることを話していたのだろう。故に現状、アスピリッサ中央銀行行内はまるで一体の凶悪な魔獣を討伐するかのような強固な包囲網なるモノが築かれていた。
「アレス・ゴットバルト! そこまでだ! おとなしくお縄に頂戴しろ!」
白銀の甲冑部隊ことアスピリッサ保安騎士団のリーダー格と思われる人が、一歩前に出て声をあげる。目元や口元は頭の甲冑で全てが覆われており、こちらからははっきりと表情を窺い知ることができない。しかしその彼の声には力強さがあった。声1つでもって周囲の空気を支配し、おとなしく投降に応じるしかないと思わせられるパワーがあったのだ。
「ふ、ふん……。嫌なこったい。俺はな、被害者なんだぞ。預金口座を第三者の誰かに抹消されて、一文無しにさせられたという。
お前、今の俺の気持ちわかるか? わかるわけないよな? あんっ!?」
アレスは保安騎士団の団長の言葉に屈することなく、即座に抵抗の意志を見せた。その様はまるで同情するなら金をくれとでも言いたげだ。むしろこの場では彼が加害者なのに、被害者面ぶってご容赦を願おうとするといったしらばっくれた態度。ここに居る誰しもが、彼の言動に腹立たしさを覚えているに違いなかった。いくらアレスが開き直ったからといっても、きっとこの場に居る誰も彼に味方しないだろう。
例えのっぴきならない事情があろうと、ここアスピリッサの都市内での暴力は完全にご法度。この場合における絶対悪は疑いようもなくアレスにある。
「貴様に何があったのかは詳しくは知らない。だが銀行の職員から聞くところによれば貴様、罪なき民を公然と脅し、金品をかすめ取ろうとしたそうだな。
それは立派な犯罪だ。不敬罪だ」
団長の口から唐突に不敬罪という単語が出る。それを聞いて、アレスは慌てて次のように言葉を返した。
「ふ、不敬罪だって? そ、それを言うなら恐喝罪だろ! ……俺がこんなこと言うのも変だけど、その辺どうなんだ? リピートアフタミー? 騎士団団長どの!」
「ふん。そんなことを貴様に答える義理はない。お前には礼状が出ている。とくと刮目せよ」
騎士団団長はそんなアレスの言葉などまるで意に介さず、懐から一巻の絵巻物を取り出す。巻きつけていた紐を解くと、それをアレスに対して見せつけんが如く、縦長にバッと大きく広げてみせた。
「刮目したか? アレス・ゴットバルト。これが貴様に出ている罪状だ。よく目を通しておくように」
そう言われたアレスは絵巻物に記載されている文面を目で追った。しかし次の瞬間、アレスは呆けた面を浮かべだした。それから彼は団長に向かって、以下のような指摘をしたのであった。
「……しょ、勝訴? なんだいそりゃ? ここは裁判の傍聴席なんかじゃねえぞ! 歴とした銀行だ!」
アレスは巻物に書かれた文字を見た瞬間、まるで梯子を外されたような気分に陥ったようだった。彼の目に飛び込んできた文字面はまさかの勝訴。少なくとも不敬罪や恐喝罪といったモノは一文字も書かれていなかった。
「おっとこれは失礼。……なんで俺のポケットにこんなヘンテコなモンが紛れてんだよ。あー恥ずかし」
アレスの呆気にとられた表情を見て、改めて文字面を確認する団長。確認するや否や間違いと悟ったのか、団長の耳元はあれよあれよという間に紅潮していった。真っ白な団長の真正面の顔にそれほど大きな変化は見られなかったが、あからさまに耳元だけが大きく色合いが変化していた。まさかの珍事発生に当の団長も動揺を隠せなかったようだ。
「よし気を取り直して、保安騎士団から貴様に礼状が出ている。罪状は不敬罪。お前を国家反逆罪で現行犯逮捕する!」
団長が懐からもう一つ別の絵巻物を取り出し、再び縦長にバッと広げる。今度こそは団長の言う通り、文面にはでかでかと不敬罪と書かれていた。
「不敬罪で現行犯逮捕だと? 言いがかりにも程があるだろ。この国の法治制度はとち狂ってるのか?」
不敬罪で現行犯逮捕という団長の言葉に、アレスは明らかに動揺の色を隠せていなかった。顔はみるみるうちに青ざめ、毒気を抜かれたようになる。絵巻物に不敬罪と書かれているのを見て、事の深刻さが重々理解できたのか、アレスは覇気のない声で恐る恐る以下のことを主張した。
「さっきから言ってるようにこれは言いがかりだ。誰だそんな罪状を決めたのは。たかだか銀行のあんちゃんとちょっと言い争いになっただけだろ?
まず俺は国家に反逆などしていない。むしろ俺は反逆どころか国家を魔獣の魔の手から守った第一人者その人なんだが!? 違うかね団長殿!」
「違うな、アレス・ゴットバルト。この際、お前が魔獣を守った第一人者かどうかは関係ない。銀行の職員を脅し、金品を脅し取ろうする行為は不敬罪そのもの。世の中はなあ、していいこととダメなことがあるんだ、アレス・ゴットバルト。
……なあお前ら! お前らもそう思うだろ!?」
精一杯抵抗を試みるも、団長からはあっさりそう返された。また団長の呼びかけに対して、彼の後方に待機する騎士団連中も呼応するように、
「そうだそうだ。お前のやったことは不敬罪だ。不敬罪!」
と言い放つ。
「何が不敬罪だ、この野郎。お前らは色々と難癖をつけてまで、俺を悪者にしたいようだな!? ふざけるのも大概にしろ! そこまでして俺を断頭台まで連れていきたいか!?」
アレスは語気を強めてそう言った。きっと彼は内心、この騎士団連中のあまりの言いように腸が煮えくり返る思いを抱いているに違いなかった。
だがしかしアレスの腸がいくら煮えくり返ろうと、騎士団連中はお構いなしのようだ。
騎士団団長は、続けざま行内に居る銀行職員に対しても、次のように呼びかけていた。
「……なあ、罪なき銀行の職員の皆さん! 皆さんもそう思うよな!? 違わない!?」
さらに周りを焚きつけようとする当の騎士団団長。その彼の言葉に続くように、中年の銀行職員と思われるうち1人がここぞとばかりに、窓口から身を乗り出した状態でこのように言い放った。
「違ないぜ。アレスゴットバルトは不敬罪! 死に値する!」
「よくぞ言ってくれた! ブラボー!」
団長は1人の中年銀行員の言葉を聞くなり、満足そうにウンウンと首を縦に振って頷いた。
「アレス・ゴットバルト。もう言い逃れはできないぞ。さっきお前、俺の後輩の胸ぐらを掴んで、100万ゼニーを出せって金を掠め取ろうとしていたじゃないか。俺以外のここに居る全員、お前が俺達の後輩に無理難題を突き付けて、金をたかろうとしている場面を目撃している。いくらお前が元Sランク冒険者だからといってもなあ、団長さんの言う通りやっていいこととダメなことがあるんだぞ?
観念しろ、アレス・ゴットバルト」
続けざま中年の銀行員は畳み掛けるように以上のことを言った。
「おい、お前も一言このアレス・ゴットバルトに言ってやったらどうなんだ?」
中年銀行員の言葉に触発されたのか、先ほどまでアレスに対してお客様対応をしていた若年の職員の彼も、以下のことを言った。
「私はアレスさんから暴力を振るわれました。これは公然たる事実です。私は単に2日前から預金口座が抹消し、残高がゼロになった事実を伝えただけで、胸ぐらを掴まれたんです。これは到底、看過できる事態ではありません」
とこのように力強く言った。その若年の彼は先輩社員と思われる人の背中に隠れながら、こそこそと安全圏から声をあげていた。アレスと応対していた時はあれだけビクビク震えるか弱い子羊そのものだったくせに、いざ保安騎士団と銀行員の先輩という大きな後ろ盾を得ると一転して強気の姿勢に出る。
こういう人間はアレスが最も嫌うタイプである。
「クソどいつもこいつも。好き放題言いやがって。お前ら、俺を一方的に悪に仕立てやがって。許さねえ。もう我慢の限界だ。全員この場で斬り捨ててやる!」
あまりにも理不尽な言われように、アレスの堪忍袋の緒もとうとう切れてしまったのか、彼は鞘からダガーナイフを取りだし臨戦態勢に入った。
「おい、団長殿! こいつ行内で刃物を取り出した! これは立派な犯罪なのでは!?」
怒りで我を忘れ、アレスがダガーナイフを取り出した瞬間、銀行の職員のうち1人が保安騎士団の団長に対してそのように声をあげた。
「よしちょうどいい。これで現場の証拠は全て出揃った。お前ら全員、戦闘態勢に入れ! 被疑者を確保するぞ!」
団長がそう呼びかけると、後方に待機していた彼の部下は雄たけびを上げた。どうやらアレスを現行犯逮捕する気、満々なようだ。
「クソ、なんだよこの理不尽。こんな理不尽が通っていいのかよ、この世の中!」
アレスはダガーナイフを強く握りしめながら、そう叫んだ。
今彼が携帯しているダガーナイフは、刃渡りが彼の片腕の長さの半分以下といったスケールがとても小さい、まるで小心者のコソ泥が強盗する時に使うような代物だった。このようにダガーナイフとは、貧弱な装備この上ない感が半端ない武器のうちの1つである。
アレスは先月、メデューサ討伐の際に偶然出会ったあのクソ女神からステータスアップの加護をかけられ、あれから能力値が完全に人並み以下となっていた。ステータスオール1になってしまったことが原因で、重量のある武器(※例えばロングソードやハンマー、ランスなどの大型武器)がそもそもの話、手で持つことさえままならなくなっていた。せいぜい今の彼が装備できる武器と言えば、ビギナー冒険者でもただの一般人でも楽々に扱えるダガーナイフぐらいのモノしかなかった。かつては両手剣を片腕一本でブンブンと小枝のように振り回せてしまうだけの技量とパワーを持っていたアレス。しかし今となっては、ダガーナイフ程度のモノしか、ろくに装備できない彼。このようにアレスはクソ女神の加護のせいで、本当に落ちるところまでトコトン落ちぶれてしまったのである。
そのあまりにも貧相な装備を見て、当の保安騎士団の団長もその彼の置かれている状況に失笑せざるを得なかったようだ。
「なははは。それだけの武器で我が屈強なる保安騎士団に太刀打ちできるとでも思っているのかね? なあ元Sランク冒険者? いやステータスオール1の落第冒険者アレス・ゴットバルト!」
騎士団団長が以上のことを言って散々アレスのことを煽りに煽っていると、彼の背後に居た部下も同じく声をあげ、クスクスと笑いを浮かべている。
その嘲笑の数々にアレスはさらに頭に来たのか、怒気を含んだ声で次のことを言った。
「このやろう、保安騎士団。確かに今はステータスオール1の落第冒険者かもしれねえけど、あんたら恩を忘れたのか? 過去にアスピリッサの上空にワイバーンが襲来して、危うく焼野原になりかけた状況を救ったのは誰のおかげだと思ってるんだ? この俺だろ?
命の恩人にいくら今回のことが不敬罪だからといって、恩を仇で返すことはあってはならないと思うんだが!? 違うか! 違うか!」
彼が言うようにかつてアスピリッサは、街全体が危うく一面、焼け野原になりかけたことがあった。その際、先陣を切って陣頭指揮を執っていたのがこのアスピリッサ騎士団であった。しかし各地の凶悪な魔獣を危険な最前線で、幾度も退けてきたアレスを筆頭とする冒険者パーティーヒポクラーンとは違い、当のアスピリッサ騎士団は安全な内地の警護任務に就くのがやっとで、実戦経験がまるでないのが関の山だった。当然ながら、冒険者界隈ですら即死クラスの凶悪モンスターと名高かったあの灼熱のワイバーンが、都に侵入してきたからといって、騎士団の彼らの実力程度で対処できるはずがなかった。
「その時はその時、あの時はあの時。確かにアレスさん、あんたにはあの時とても助けられたけど、今は状況が状況だ。恩を仇で返すとかなんとかは知ったことじゃない。
……いいから無駄な悪あがきはよして、おとなしくお縄に頂戴しろ。ステータスオール1の今のあんたが敵う相手じゃないことは分かってるだろ? なあ?」
ここに来てさらに圧力をかけられるアレス。ステータスオール1の今のアレスが敵う相手ではないのは、騎士団の連中の言う通り、紛れもない事実だ。いくら魔獣との実戦経験がないからといって、戦闘力そのものはそいじゃそこいらの低ランクの冒険者と比べたら格段、騎士団に所属する彼らの方が上だ。
ステータスオール1でダガーナイフしか振り回すことのできないアレスにとって、到底敵う相手ではなかった。戦力差は歴然としていた。
「ふん、だからなんだって言うんだ。腐っても俺は元Sランク冒険者だぞ。たかだか自衛するしか脳の無いお前らと訳が違うんだ。たかだかそんなお前らが10人、いや20人束になってかかってきたとしても楽ちんに返り討ちにできるんだぜ?」
しかし当のアレス本人は全くそうは思っていないらしい。きっとかつてSランク冒険者の能力を有していたあの時の感覚がまだ拭いきれていないのだろう。彼は続いて、声高々に以下のことを言ってのけた。
「さあ今のうちだぜ、騎士団連中。とっとと武器を鞘に閉まって、即刻ここから立ち去りたまえ! ケガしねえうちにな!」
アレスはそう言うと、鼻息を荒げながら腕を組み、彼らの前で仁王立ちしてみせた。かつてのアレスならこのように仁王立ちのポーズを取るだけで、幾多の魔獣連中といい人間といい、即座に震え上がらせることができていた。Sランク冒険者は人並みの冒険者と違って、そもそもの話、漂ってくるオーラだけで魔獣どもを分からせることができる。大抵の魔獣は彼の姿を一目見ただけで、身の危険を感じそそくさとその場から立ち去ってしまう。本能的に敵う相手じゃないと分からされるのだ。まあ要するに、このようにかつてのアレスは、戦わずして勝つといったことが容易にできていたのだ。
故に今の彼もかつて強かったその時の感覚が、拭い切れていないと思える。彼が腕を組み、騎士団連中の前で何ら恐れることなく仁王立ちしてみせた次の瞬間。彼は今置かれている現実を騎士団の連中から、嫌と言うほど思い知らされることになってしまうのであった。
「ふん。そこまでデカい口を叩けるとはな。ならば身体でわからせてやろう」
そう言うと団長の目つきが変わった。鞘からレイピアを抜き出し、臨戦態勢へと入る。
「……積年のお前に対する恨み。かのワイバーン・アスピリッサ襲来事件があってから降格処分を喰らい、給料を下げられた諸悪の根源たる貴様に対するこの恨み。ここで思う存分に晴らしてやる。
皆の者、かかれえ! めった刺しだ!」
騎士団団長は行内全体に響き渡るほどの声でそう言ったのを皮切りに、後方に居た彼の部下が槍やらボーガンやら鉄砲やらを手で携えながら、足早に飛びかかってきた。
「へっ? ちょっとタンマ! 悪かった……俺が悪かったからどうか暴力だけは……」
「うっせえ! だまらっしゃい!」
その懇願の言葉もむなしくアレスはものの数秒で、保安騎士団から無尽蔵に槍やら鉄砲やらを浴びせられた。クソ女神から授かった加護のおかげで、アレスはいかなる攻撃をも無効化し、ある意味、不死の身体にはなっていた。しかしだからといって痛覚まで全く感じないわけではない。鋭利な刃物や弾丸が彼の身体を貫く度、彼は悶絶するような痛みに襲われ、物の見事に地面に伏してしまった。
「うう、どうか。ご容赦を……。俺様が悪うございました」
息も絶え絶えに涙がらそう訴えるも、誰も彼の言葉に耳を傾ける者はなかった。騎士団連中は手を休めることなく、次々と攻撃を加えていった。
「命乞いをしても無駄無駄無駄! しっかりその身体でもって、罪を償え! なははは!」
団長はケタケタと笑い声をあげながら、仰向けに倒れ完全に無防備となったアレスの股間部分を執拗に剣で突き立てていた。心臓付近を一突きされるよりも、アレスにとってはどうやらこっちの攻撃の方が精神的に堪えるモノがある様子だった。あまりに想像を絶する痛みに襲われているが故のことか、彼の口からはブクブクとまるで陸へと上げられ呼吸困難に陥ったカニのように泡を吹き、両目も上の空というか完全に白目を剥いていたのである。
このようにアレスに対して、全く容赦がないアスピリッサ保安騎士団。おそらく彼自身、騎士団連中から特別恨みを買うような真似は一切していないはずだと思っているかもしれない。しかし時に人は予想だにしない角度から、恨みを買ってしまっている場合が往々にしてある。
きっと今回のことが起こったのも彼がSランク冒険者から落ちぶれ、ステータスがオール1になってしまったが故のことかもしれない。
「へへへへ、見ろよ。かつてのSランク冒険者がだらしねえってこと。無様に失神してやがるぜ」
「あの忌々しきSランク冒険者様も、今となっちゃあ見る影もねえな! 清々するぜ」
無様に敗北し、ズボンの上にくっきりとシミを作り、意識を失っているアレス。その彼の様子を見て騎士団連中は、まるで長年の復讐を果たし実に満足そうな表情を浮かべていた。
「よしこいつの手足をこの棒にくくりつけておけ。あとはこいつをズルズルと市中引き回しだ。豚の丸焼きみたいにして、牢獄まで運び出せ。
……くれぐれもアスピリッサ市民に見せつけるように、ゆっくりゆっくりと行進するんだぞ」
「了解です。団長殿!」
団長の指令が部下に通達された瞬間、アスピリッサ中央銀行行内はまるで大規模な戦に勝利した時のように大歓声に揺れた。最早ここまで来ると、魔王討伐と同等レベルの賑わいようだった。
かつて世界の英雄と名高かった元Sランク冒険者アレス。彼がSランクから落ちぶれた代償はあまりにも大きかったようだ。ここまで理不尽な仕打ちを受けるとは、彼にとって思ってもみなかったことに違いない。
彼はその後、騎士団連中に加え銀行の職員連中からブーイングされる中、なされるがままに一本の胴長の棒にくくりつけられ、外まで運び出されていった。
「お勤めご苦労様です! 保安騎士団長! ……こちらはつまらないものですが、些細なお礼の証です。どうか受け取ってください」
とある銀行の職員がそっと手に何かを握りしめると、騎士団長の元に寄った。唐突に握手を要求されるもそれに応じる団長。双方一通り、長い握手を交わしたところで、団長はふと自身の手のひらを見つめていた。
「おー、これはこれは。お主も悪よのう。ありがたく受け取っておくぞ」
団長はどうやら銀行の職員から包みなるモノを手渡されたようだった。団長がほくほくした顔を浮かべると、当の銀行の職員も何だか照れ臭そうに頬の辺りを指でボリボリと搔いていた。
「へい、今後もどうかよろしくお願いしやす。へへへへ」
その一連のやり取りが交わされたのを最後に、数十名にも及ぶ保安騎士団らはアレス・ゴットバルトを担いだまま、このアスピリッサ中央銀行から去っていった。
「ありがとう! 保安騎士団の皆さん!」
行内に居た職員はその彼らの後ろ姿に向かって、称賛の声を送り続けた。その様はまるで魔王を討伐し、都の大通りで凱旋する勇者に称賛の声を送っているかのようだった。
そうして行内で割れんばかりの歓声が湧き立っているのとは裏腹に、唐突にアレスから置いてけぼりを喰らった青二才のギルド職員の方はと言うと、
「嘘だ。これで支払い不履行確定。どうしよどうしよ……。ここからどうやって、お金を回収すればいいんだ!」
受け入れがたい現実に頭を抱え、しゅんとし絶望に暮れていたのであった。




