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第二十六話「いざアスピリッサ中央銀行へ」

「銀行屋のあんちゃん、邪魔するでー」


「これはこれは、アレス様。いつもご利用ありがとうございます」


 パーティー会場を出て5分後。アレスは裏口からアスピリッサ中央銀行に入り、そのまま窓口へと向かった。

 通常、銀行は午後3時のティータイムになると、窓口業務が終了し、表の扉が固く閉ざされる。本来ならその時間以降、一般の人々は銀行に入ることすらできないが、元Sランク冒険者ことアレスだけは例外だった。

 銀行が午後3時に閉まろうと、彼にはそんなの知ったことではない。アレスが開けてくれと言えば、銀行の職員は必ず開けなければならない。例えそれが業務時間外であったとしてもだ。これも彼が、アスピリッサ中央銀行に10億ゼニーの大金を預けているから可能なことだ。そんな高額預金者たる彼が仮に銀行の窓口業務が終了してから、裏口に入ったとしても文句を言う職員は、誰1人として居ないのである。

 

「それで今日はどのような要件で?」


 銀行の職員が窓口越しにそう尋ねる。当のアレスは職員に対して、砕けた口調で以下のことを言った。


「実は今日、俺の冒険者引退セレモニーがあってな。そんで、パーティー自体は無事に閉幕したんだが、パーティー主催者のあの筋肉馬鹿がよお。

 ……諸々の代金を払わないで、どっかにトンズラこきやがったんだよ」


「ほうほう。さようですか」 


「そんで色々訳あって、一旦そのパーティー代金を俺が建て替えることになった。……その金を今から、俺の横に引っ付いているこのギルドの職員に直接渡さねえといけねえんだ。

 そういう訳だから、銀行のあんちゃん。ちょいと100万ゼニーを引き出してくれよ。業務時間外にすまんね。よろしく頼む」


「お安い御用ですよ、アレス様。ではしばしお待ちを。それまで、そこの待合席におかけになってくださいね」


 そう言うと、銀行の職員は窓口から離れ、奥へと消えていく。その様子を見たアレスと青二才のギルド職員の彼は、近くの待合席に腰掛けた。

 席に座るなり、アレスはパーティー会場を出てからずっと引っ付き虫のようについてきていた青二才君に、以下のように話しかけた。


「……ほら言ったろ? 俺クラスの冒険者ともなれば、裏口から堂々と銀行に入れてもらえるんだよ。心配するだけ損だったろ?」


「”しまった! 営業時間外か! 表の扉が閉まってやがる。じゃあ裏口から入ろう”とアレスさんが言い出した時は、本当に冷や冷やしましたよ。あわや犯罪者、お縄を頂戴待ったなしって思いましたよ」


「まあ、高額預金者ではない君がそう思ってしまうのも無理はないか」


 アレスはそう言うと、やれやれといった表情を浮かべる。それからアレスは青二才君に対して、付け加えるように次のことを言った。


「一応付け加えておくけど、これは高額の預金者の俺だからこそ、許されてる特例措置だからな。間違っても君のように、金もなければ地位も名誉もない青二才君は決して真似しないように。

 ……地位も名誉もない一般人が、裏口から銀行に入ったら、普通に不法侵入だし、保安騎士団に捕まって牢獄に即GOだからな。わかったな?」


「わかりましたよ。うだつが上がらない一介の労働者と、選ばれし上級国民の扱いの差がよくわかりましたよ。

 はぁ〜。世の中って不平等ですね」


 アレスの講釈にうんざりしたのか、青二才君は分かりやすく大きなため息をついた。

 それを境にしばらく会話が止まり、銀行内に沈黙が続いた。やがて、その空気感にいたたまれなくなったアレスは次に青二才君に対して、以下のように話を切り出した。


「それはそうと、うちのプロポリス君がすまないね。あいつが代金支払わなかったせいで、とんだ迷惑をかけちまった」


「いえいえ。払うものを払ってくれたら、それで大丈夫です。……払ってくれさえすればいいんです。払ってくれさえすれば、僕がギルド長に鉄拳制裁を喰らわせられることはありませんから」


 ギルド長の顔が不意に思い浮かんだのだろうか。青二才君はそう言ってから、急に顔が青ざめ、両肩がガタガタと震え出した。彼の中にあるギルド長は、恐怖の対象なのかもしれない。


 アレスと応対している時のギルド長は、物腰が柔らかく、間違っても鉄拳制裁を喰らわせるタイプの人ではなかった。討伐依頼の内容の打ち合わせや、報酬の受け渡し等でアレスは度々そのギルド長と顔を合わせているが、間違っても青二才君がおぞましさを覚えるような相手ではない。

 アレスから見たそのギルド長の印象はというと、近所に居る幼いいたずらっ子から、突然、通りすがりの際にパイを顔面に押し付けられたとしても、まるで教会の牧師のように隣人愛さまさまに、穏やかな笑顔でそれらの行為を許してあげられるまさに聖職者のような人間といったものだった。


 アレスが青二才のギルド職員の彼の話を聞いた時、素直にこういったことを思ったに違いない。


(人は見た目によらないんだな)


 Sランク冒険者である彼には、基本どのような人でも優しく接してくれる。間違っても、ぞんざいに扱われたりはされない。実際にアレスが、大事な打ち合わせに5分遅刻したからといっても、全く責められることはない。むしろ遅刻したこと自体、まるでなかったかのように扱われる。

 しかしうだつの上がらない、今アレスの隣に座っている青二才君ともなれば、話は別だ。立場の弱い人間は、仕事上で何をするにしても、周りの先輩と上司から悪く映って見えるのだろう。何かにつけて、叱責の対象となり得るのだ。


「ギルド長、この度は申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません」


 ここに来て、青二才君のトラウマを呼び起こしてしまったのか。そんな彼が、まるで呪いの呪文を呟き続けるかのように、同じ言葉を繰り返していた。銀行の待合席で、彼は背中を丸くしアレスの横でうなだれていた。


 当のギルド長も、立場が別格のアレスの前ではいつもニコニコしていた。だが、今目の前に居るこの青二才君に対しては、この今の様子を見るに、事ある毎に散々いびったり叱責したりしているのかもしれない。

 指定の場所に定刻の5分前に到着したとしても、上司からは”最低でも10分前には集合しろ”と言われてしまうだろうし、来客用にお出しした紅茶の味が昨日のモノと少し違っていたとしても、怒涛の叱責を喰らってしまう。

 アレスと一介のギルド職員の彼の間に生じている、この差はいったい何なんだろうか? 


「そういえば君って、ギルドの職員になって何年目だ?」


 青二才君の様子を心配に思ったのか、アレスは優しくそう尋ねた。アレスの言葉を聞いた彼は、我に返ったのか、落ち着きを取り戻した様子で率直に次のように答えた。


「2年目です。来年の4月で3年目です」


「そうか。大変なんだな。……仕事には、もう慣れたか?」


「いやー、どうでしょう。毎日、何かにつけて、怒られてばっかりで。慣れたという実感は全然ありませんね」


「そうか。まあ頑張れ。続けていけば、きっといいことがあるから」


「……ありがとうございます」


 別にアレスは励ましたつもりはなかったとは思うが、当の青二才君はそんな彼の言葉が心のどこかでグッと来たのか、少し目が潤んでいるように見えた。

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