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第二十五話「突き付けられた請求書」

 2次会の場所もわからず、それから小一時間。アレスはアスピリッサ冒険者ギルドの会場フロアの隅の方に、壁を背にしてずっと突っ立っていた。依然として、アレスがこうしているのには明確な訳があった。


(こうしてここで待っていれば、今2次会に居る誰かが、俺の存在を思い出してくれるはず。そして、早く迎えに来てくれるはずだ)


 と、このように淡い期待を抱いていたのだ。しかし、アレスが冷水浴びせられてから、それなりの時間が経ったものの、残念ながら今になってもなお、迎えの者は誰1人として来ていなかった。おそらくアレスのことなどそっちのけで、プロポリスを始め、皆で2次会をエンジョイしているものと思われる。

 すでに窓からは夕日が差し込んでいる。これ以上、待ち続けても、誰も来てくれる気配がなかった。


 会場にいた彼彼女らは、ムーンフラワーの花の香りを嗅ぎ、意識を失ったアレスを気にかけることもなければ、アレスのために2次会の会場場所すら、ギルド職員に伝えてもくれなかった。これらの状況から察するに、プロポリス達は、最初からアレスを2次会に招く気がなかった。そう考えても仕方がない状況だった。


「あーあ、もうこれ以上待ってもしゃーねーな」


 当のアレスも、その予感がしたのだろう。深くため息をついた後、ようやくアレスは重い腰を上げるかのようにしてその場から移動し始めた。そうして彼は、彼のすぐ近くでモップ掛けをしていた例の青二才の職員の元に向かい、最後に以下のことを告げた。


「じゃあ俺はここで、お暇させていただきますわ。今日のセレモニー、裏方で色々とやってくれたようで、ありがとう。

 君の上司のギルド長にも、長い間お世話になりましたわ。どうかよろしく言っといてくれ。ではでは」


 以上のことを軽く告げた後、アレスは会場を後にしようとした。しかしその時、


「あっ! 待ってください、アレスさん」


 例の青二才の職員が急に何かを思い出したように、一旦作業の手を止め、慌てて呼び止めてきた。


「なんだよ、青二才。何の用だよ」


 水を差された気分だったのか、アレスはその職員に対して、毒々しい物の言い方になる。


「大事なことを忘れてました。ちょっとそこで待っててください。決して帰ろうとしないでくださいね」


 そう言うと青二才のギルド職員は、駆け足でその場を立ち去り、会場奥のスタッフルームへと向かっていった。


「おい待てコラ。わざわざ待たせといて、大した用事じゃなかったら、俺、お前のことぶん殴るからな?」


 青二才の彼の走り去る背中に遠くからそう呼びかけると、アレスは両手で握りこぶしを作って、急に拳と拳を合わせだした。彼が今どういう心境で、そのような行動を取ったのかは定かではない。まあおそらく、2次会にお呼ばれされなかったことといい、目が覚めて早々、青二才のギルド職員にバケツ一杯の冷水をぶっかけられたことが、強く影響しているものと思われる。


「お待たせしました、アレスさん。……どうぞこちらをご覧ください」


 ゼーゼーと息が絶え絶えになりながら、青年はアレスの元に戻ってきた。そんな彼の手には、何やら書類が握られていた。急いで走ってきたせいか、肝心の書類の方はえらくクシャクシャになっていた。

 アレスはその書類を受け取ると、軽く舌打ちしながら、


「おいおい、こんなにクシャクシャにしやがって。人様に渡す物は、もっと丁重に扱いたまえよ。ったく」


 っと、文句を垂れつつ、クシャクシャになったその資料を広げ、中身を確認する。


「えっ? 何これ? 請求500万ゼニー?」


 一通り書類に目を通したアレスからは、驚きの表情が伺えた。その様子を見た青二才の職員は、書類の中身に関して以下のように補足する。


「はい、もうだいたいのことはお分かりだと思いますが、アレスさん。本日のアレスさん引退パーティーのお代、500万ゼニーの支払いをお願いします」


「……おい、青二才。何が何だかさっぱりだ。いったいこれはどういうことだ。今日のお代だと? おかしいだろ! 

 なんで今日のメインゲストたる俺様に、本日開催分のお代を請求してくんだよ! そもそもこんなもん、主催者のあのプロポリスが、すでに支払ってくれてるもんじゃねえのか?」


「ところがどっこい。実はそうではないんですよ、これが。

 実際問題プロポリスさんからは、まだ代金を頂いていません。言わば、未払金ってやつです。


 アレスの問いかけに対し、青二才の職員は首を横に振る。そして咳払いを一つしてから、改めて青二才は以下のことを丁寧に述べた。


「申し訳ないんですが、その未払金、アレスさんが、代わりに立て替えてくれませんか? できれば今すぐに」


「いやいや無理無理。あり得ないから、そんなの」


 アレスは彼のその提案に対して、手のひらを横に振った。それからもう一度アレスは、例の請求書に目を落とす。請求書の隅から隅まで、目に通したところでアレスは再び、確認の意味を込めて次のことを尋ねた。


「これさあ、プロポリス宛ての請求だろ? この500万ゼニー。なんでわざわざ、ゲストの俺にお前は立て替えさせるわけよ? 

 ……ってか、そもそもの話、あいつまだ支払ってすらいなかったのかよ、あの筋肉馬鹿」


 支払うべきものを支払わず、アレス1人をその場に残し、どこかへ消え去るプロポリス。アレスは憤慨した。到底看過できる事態ではなかった。


「それだったら、なんでお前、パーティーがお開きになったその時に、プロポリスに声をかけておかなかったんだよ。貰うものを貰わないで、お前何してたんだよ」


「え、それはですね……」


 アレスから身も蓋もない追及を受け、しゅんと肩をしぼめる青年。声に震えを伴わせながら、青年は次のように答えた。


「ごめんなさい。それは僕のミスです。ギルド長に、プロポリスさんから代金を回収してくるように、事前に言われてたんですけど、他の仕事にも追われていて、すっかり忘れてたんです。ごめんなさい」


 先ほど、アレスに冷水をぶっかけ、彼のすぐ傍で遠慮なくモップ掛けをしていた彼。アレスから厳しい追及を受けた瞬間、その時は威圧的だった彼の態度は打って変わって、素直に平謝りしてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 青年はひたすら頭を下げる。見るに堪えない光景だった。もし仮にアレスが、嫌味しかない人間だったら、ここで青年に対してここぞとばかりに、「謝って済む問題か! 貴様、根性焼きしたるぞ、ワレェ!」と執拗に言っていることだろう。

 だがアレスもそこまでド畜生な人間ではない。当の彼もその青二才君の姿に、何か心打たれるものがあったのか、先ほどまでの刺々しい口調が一転、優しい口調で次のことを言った。


「まあ、君が全て悪いわけじゃない。ミスは誰にもつきものさ。

 ……悪いのは全部、あのプロポリスだ。払うものをちゃんと払わなかったそいつの責任だ。あとで、俺が直々にたっぷりとお灸を据えてやるぜ」


 アレスはそう言うなり、励ましの意味を込めてか青年の肩をポンと強く叩いた。


「すいません、アレス様」


 弱々しくそう述べる青年。心なしか、青年の肩は小刻みに揺れているように見えた。


「君に免じて、代金はひとまず俺が建て替えておくよ。ちょっと待ってろよ」


 そう言うとアレスは懐からサイフを取り出し、中の札束を確認する。サイフの中身を見るや否や、アレスは愕然としたのか、すぐさま大きく肩を落とした。


「すまねえ。手持ちたった20万ゼニーしかねえわ。恥ずかしい話、チップを調子に乗ってばら撒きすぎましたわ。完全にスッカラカンですわ。とほほ……」


 アレスは大きくため息をついた。


「……まあ、そういうことなんで、一旦前払いという形で、20万だけ先に、君に渡しておきますわ」


「すみません、ありがとうございます」


 青年は丁重に、アレスから20万ゼニーを受け取る。


「残りの金は、ちょいと近くの銀行屋にいって、おろしてくる。ちょいと中で待っててくれ。5分で戻ってくるから」


 そう言い残し、足早に会場から出ようとしたところ、再び青年から、


「待ってください、アレスさん。私も同行させていただきます」


 と、このように声をかけられた。


「なんでだよ。なんで、お前がついてくんだよ。ただお金をおろしに行ってくるだけじゃないか」


「だって、そんなこと言ったってですね。アレスさんが僕の元に帰ってきて、代金を払ってくれる保証どこにもないじゃないですか。

 口約束なんて到底信じられませんよ。万が一アレスさんが僕の元に戻らなかったらどうするんです?

 最悪、僕は始末書を書かされて、クビになるんですよ? そうなった場合、責任とってくれるんですか?」


 青年は悲壮な顔を浮かべながら、そう言った。アレスがこの期に及んで、本気でバックレると踏んでいるのか、それからアレスがいくらどう説得を試みても、青年は一向に引き下がる気配がなかった。


「だから5分後、戻ってくるって言ってるのに……。まあいい。そこまで言うなら、ついてきなよ。ったく」


 その様子にアレスも観念したのか、アレスは青年の要求を渋々受け入れることにした。青年がここまで不安がるのも、仕方のないことかもしれない。支払うからと言って、仮にそのままバックレられでもしたら、元も子もない。請求書の額面通り、金を受け取るまで、心中穏やかになれないのは、容易に理解できることだった。


「ありがとうございます、アレス様。よろしくお願いします」


 青年は一言お礼を述べ、深々と頭を下げてきた。アレスはこの後、自身の口座のあるアスピリッサ中央銀行へ、青年と共に向かったのであった。

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