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第二十四話「目覚まし代わりの冷水アタック」

「ひゃあ、冷てえ!」


 アレスが目を覚ましたのは、バケツ一杯の冷水を顔に浴びせられた時だった。


「アレスさん、今、何時だと思ってんですか? もう夕方ですよ!? ほら、さっさとそこからどいた、どいた」


 アレスが見上げた先には、青年のギルド職員が居た。青年の手にはスチール製のバケツが握られている。今の今までずっと意識を失い、地面に仰向けになっていたアレスの顔に向けて、勢いよく冷水をぶっかけたのだ。

 そしてそんな彼は、壇上で寝そべっていたアレスに対して、やけに威圧的な態度を取っていた。

 その様は、道端で泥酔状態になっているおっさんを、無理にでも叩き起こそうとする保安騎士団そのものだった。


「わかったわかった、ちょっと待って。今起きるから」


 職員からの圧に負け、促されるままにアレスはその場から上体を起こす。当のアレスも寝起きで、意識がまだはっきりしていなかったのか、それらの一連の動作にはぎこちなさがあった。

 上体を起こし終えるや否や、アレスは重たい眼をこすりながら、辺りの様子をキョロキョロと見渡すと、


「おい、そこの青二才。ちょっと聞きたいことがある」


 と、青年の職員に対して、このように尋ねた。


「青二才? 青二才って僕のことですか?」


 職員はキョトンとした顔で、自分を指差していた。そいつは心外だと言わんばかりの顔を青年はしていた。


「決まってんだろ。他に誰が居るんだよ」


「失礼な。確かに僕はここに勤めるようになって、まだ2年しか経ってませんが……。ちょっとアレスさん、その言い方、あまりにもひどくないですか?」


 そう言うと、職員の顔はみるみるうちに紅潮していった。アレスも随分とひどい言いようだった。


「いきなり目覚まし代わりに、冷水をぶっかけてきやがった奴に言われたくないね」


 先ほど、何の遠慮もなしに冷水をぶっかけてきたことに、よっぽど腹を立てていたのか。アレスのこの若いギルド職員に対する当たりがやけに強い。少々毒のある言い方を、彼はしていた。


「ところで、青二才。俺の引退セレモニーの方はどうなったんだ? パッと見たところ、プロポリスとジュリー姉妹含めて、みんなの姿がどこにも見当たらないんだが」


 窓からは茜色の光が差していた。ギルド内部にある時計は、夕方5時を示している。プロポリスとジュリー姉妹を始め、引退パーティーの参加者は何人たりとも、会場から居なくなっていた。

 残っているのは、目の前の若い職員に、セレモニーの飾りつけの撤去や、その他テーブルの片付け等に取り組んでいる10名ばかりの職員だけだった。

 彼の問いに、ギルドの職員は次のように答える。


「パーティーなんて、とっくの2,3時間前に終わってますよ。見てわかるように、会場に居た皆さんも、全員帰っていきましたよ。あと、残ってるのはアレスさん、あなただけです」


 青年の職員はそう言うと、やけに冷たい視線を向けてきた。まるで撤去作業の真っ最中だから、さっさとここから出ていけと言わんばかりの目をしていた。


「えー、うそーん。俺どんだけ、意識失ってたんだよ。……そういえば、あのムーンフラワ―の香りを嗅いだ時からだよな、意識を失ってたの。

 一体何だったんだ、あの花」


 プロポリスとジュリー姉妹、それぞれから手渡された例のムーンフラワー。特にあの時、ジュリー姉妹の妹分クリスティンから、執拗に匂いを嗅ぐよう言われていた。実際に言われるがまま、アレスが例の花を彼が嗅いでみたところ、すぐしないうちに夢見心地な気分に襲われ、眠りについてしまっていた。

 ちなみに余談ではあるが、アレスは生まれつき鼻詰まりがひどい。結局のところ例のムーンフラワーがどんな香りがしたのか、本人にはさっぱりわかっていなかった。

 ひとしきり嗅いだところで、アレスはその後は適当に「いい匂いだ」とか言って、彼彼女らに話を合わせた。ちなみに、これもSランク冒険者となって、数多くの人と会っていくうちに自然に身についていった彼なりの処世術のうちの一つであった。


「ところでよお、青二才。2次会は? どうせこの後、みんなで2次会に行ったんだろ? 場所、教えてくれよ」


 そう尋ねられると、青二才こと若いギルド職員は、次のように答える。


「2次会がどうかとか、私に聞かれても知りませんよ。おそらくですが、この後の2次会の場所、ここに今残っている職員も誰も聞かされてませんね。

 そもそも2次会があるのかすら、知りません」


「えええ、マジかよ!? 普通、1次会の後は2次会というのがあるって、相場が決まってるもんでな……。え? ひょっとして俺、2次会にお呼びではないってこと!? そんな薄情な!」 


 まさかの2次会にお呼ばれしていない可能性が浮上するや否や、彼は頭を抱えた。それだけみんなに裏切られたという気持ちが強かったに違いない。


「てか、そもそもよお、俺がずっと意識を失っている間、誰も俺を起こしてくれなかったのかよ?

 ……それも、本当ド畜生な話だぜ」


 ここに来て、アレスは2次会にお呼ばれされなかったことに加えて、以上の点にも気づきだす。

 そのことを補足するかのように、青年の職員は以下のことをアレスに言った。


「居ましたよ。最初のうちはね。でもいくらあの手、この手を尽くしても一向にあなた様は目を覚ましませんでした。そうこうして、時間が過ぎていった後で、皆さんの出した結論が、この場に置いていくということだったんですよ」


「そんな、あんまりな。そこはいくらでもやりようがあっただろ。せめて2次会の会場まで、俺をおんぶして運んでくれるとか、色々あっただろ。

 ……ってか君。そもそも俺、誰だかわかる? Sランク冒険者のアレス様だぞ? そいじゃそこいらの人並みの冒険者と訳が違うんだぞ? もっと丁重に扱いたまえって思わないかい? 本当に薄情な奴らだよな?」


 アレスは恨み節を口にしつつ、青年に同意を求める。


「さあ、どうなんでしょ」


 青年はコメントに困るといった表情を浮かべながら、そう言った。


 何せ冒険者パーティーヒポクラーンの前リーダーたる彼が、ギルド内の床に寝かしつけられたまま、放置されたのだ。アレス本人が怒りを覚えるのは当然だと思われる。

 ましてや、二次会の会場に彼を背負って連れて行くことすらせず、また意識を失っていたアレスをギルド内にあるソファーや、待合室に運んでいくことすらしなかった。どうしてそうなった。アレスにとって、これは理解しがたい出来事だった。


「何篇も言うけど、俺は元Sランク冒険者アレス・ゴットバルト、その人だ。世界の危機をこれでもかというほど、救ってきた偉大な男だぞ? 

 そんな偉大な男に対して、この扱いはド畜生とは思わないかね? 青二才君」


 再度アレスは、青年の職員に同意を求める。


「どうなんですかね? 別に普通だと思いますけどね」


「普通? おい、それはどういうことだ青二才!」


「どういうことだって言われてもね……。

 まあただあなたには、強さがあるだけで大して人望がなかったんじゃないですかって話ですよ。僕は全て、それに尽きると思いますけどね」


「人望がない? それはないぜ、青二才君。だって、俺はSランク冒険者で、世界の危機を救ってきた男だぞ? そういう俺にさすがに人望がないってことはないだろー。ないない、絶対ない。

 少なくても、俺みたいな最強の冒険者なら尚更だ」


 アレスは手の平を、顔の前で振った。自身に人望がないという青年からの指摘に、どうしても納得がいかないらしい。


「強い弱いなんて、この際、一切関係ないと僕は思いますけどね。僕だって、その人がいくら強かろうと弱かろうと、大して友達とすら思ってない人だったら、たぶんその場に放置して知らんぷりを決め込んでると思いますけどね。

 ……例え、その人がゴミ箱の中に埋もれて、身動きが取れなかったとしてもね」


 冷水をぶっかけてきた当のギルド職員は、アレスに対して率直に意見を述べた。それも、せかせかと、アレスのすぐ傍でモップ掛けを行いながら。アレスとの会話なんて、彼からしたら片手間で済ませたい程度のモノのようだった。


「まあともかく、今、撤収作業中なんで、すみませんアレスさん。いい加減、そこどいてもらえます? 片付けの邪魔なんで」


 モップ掛け作業中だった職員の彼が、ぶしつけにそう吐き捨てる。


「あー、すんません。これは失礼しやした」


 まるでうだつの上がらない下っ端が、上司に慌てて謝っているかのような勢いでアレスはそう答え、その場から立ち去った。


(ちくしょう、さっきからなんだよ、この職員。クソ生意気な奴め。この俺に歯向かってくるなんて。

 アスピリッサギルドの教育がなってねえな。……あとでこいつを別室に呼び出して、お灸を据えてやるか)


 よっぽど腹を立てていたのか、アレスはこの青年に対して、心の中でそのようなことを思っていた。

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