第二十二話「冒険者引退セレモニーの敢行」
「それじゃあ待たせたな! 冒険者パーティーヒポクラーンの元リーダー。アレス・ゴットバルトの引退式の敢行だ!」
アレスの冒険者パーティー引退式は、プロポリスの司会進行によって、幕が開けた。アレスにとって、これが最後の晴れ舞台である。そんな彼の最後の勇姿を見ようと、100名余りが詰めかけた会場で、司会役のプロポリスはスピーチ原稿を見ながら、祝辞の言葉を述べていった。
「俺とアレスの出会いは、ここアスピリッサ冒険者ギルドだ。偶然、同じ日に冒険者登用試験を受けて、Sランク認定されたのが全ての始まりだった。
俺にアレス、アリシアにクリスティン。素晴らしい仲間だったよ……」
それからプロポリスは、アレス達との冒険者にまつわる思い出話を、語っていった。今まで対峙してきた魔獣で最も手強かったもの、最も苦戦したダンジョン攻略、印象的だった遠征先のエピソード。そのような形で、順調にプロポリスによるスピーチは続いていた。しかしそれを聞いていたアレスは、一つある妙な感覚に襲われたのだった。
(んっ? なんかこいつのスピーチ。俺に贈る言葉というよりか、まるでヒポクラーンの自慢大会みたいになってんな……。今日は俺の引退式だよな?
間違っても、パーティー戦果の発表会じゃねえよな?)
スピーチが進んでいくにつれて、アレスは率直にそう感じるようになっていった。プロポリスによるスピーチは、どちらかと言うと、ヒポクラーンがこれまでに成し遂げてきた戦果の数々をお披露目するかのような、そういった内容に思えたのだ。
当然、アレス当人の戦果の数々も、スピーチの中でいくつか登場してはいたが、本人にとって、
(俺にまつわる話は、さして重要ではないということなのかね? プロポリス君)
そう思わせられるようなモノだった。
さて、そんなこんなで、プロポリスの1時間にも及ぶ、壮大なスピーチが終わると、早速会場からは、
「ブラボー、プロポリス! いいスピーチだったぞ!」
「ビバッ! プロポリス! ビバッ! ヒポクラーン!」
「これからは三人体制になると思うけど、期待してるぞ! プロポリスの旦那!」
と、このような掛け声と共に、会場からはドッと歓声が沸き起こっていた。
対外的にヒポクラーンが、いかに優れた冒険者パーティーであるかを喧伝しているかのようなプロポリスのスピーチに、会場の人達は興奮冷めやらぬ様子だった。
「ありがとうみんな! アレスが抜けても、俺達のヒポクラーンは永久に不滅だ。これからもよろしくな!」
プロポリスが壇上に上がり、会場に居る人たちに向かって、そのように声を張り上げると、会場のボルテージはますます上がっていった。まるでプロパガンダ要素を感じさせる今回のプロポリスによるスピーチ。
この日を境に、冒険者パーティーヒポクラーンは、アレスから完全にプロポリスの物へと変わってしまった。少なくとも、アレスはそう感じているに違いなかった。愛情いっぱいに育ててきた我が子を他人に取られる。アレスの心中は、まさにそれに近いものであったに違いない。
「よっしゃあ、この調子で次は、パフォーマンスタイムだ! 今日この日のために、はるばる東方の国から、ゲストが来てくれたぞ!
何でも、トゥーっていう国の歌劇団だとよ! 団体名はシェシェンロン! それじゃあ、シェシェンロン、壇上へカモンカモン!」
プロポリスがそう言うと、壇上にエキゾチック(異国情緒)な煌びやかな花柄衣装を着た、男女数十名のパフォーマンス集団が、姿を現した。パフォーマーたる彼彼女らはそれぞれ、小型のシンバルに笛、壺のような大きな太鼓に、実戦さながらの鋭利な刀剣に、さらに弓矢まで持っている。
ここアスピリッサでは、あまり見かけないタイプのパフォーマー達の姿に感心したのか、目を見開きながらアレスは以下のことを言った。
「おいおい、こいつら、刀剣に弓まで持ち出してるぞ。しかもあれはなんだ? パイナップルにイチジク? いったいそれを何に使うつもりなんだ?」
パフォーマーたる彼彼女の何名かが、わざわざパイナップルにイチジクを持って登壇してきた理由に、アレスはまるで見当がついていなかった。それから彼の頭の中は、煌びやかな衣装や打楽器の数々よりも、むしろそのパイナップルとイチジクのことで一杯になったようだった。
アレスがそうして彼彼女らの舞台準備の段階で、ある種の衝撃を受けていると、パイナップルとイチジクを持ったパフォーマーの数名が、おもむろにそれらを頭に乗せだした。
その一連の行動を見たアレスは、またまた目を見開きながら、
「おいおい、嘘だろ。こいつら、パイナップルとイチジクを頭に乗せだしたぞ!? それに、すごいバランス能力。まるで水瓶を頭上で運搬している中東の少年少女そのものじゃないか。
……素晴らしい。こいつらのパフォーマンス、きっと伊達じゃないぞ!」
と、歌劇団のパフォーマンスに期待に胸を膨らませたのだった。
それからまもなくして、トゥー国の歌劇団によるパフォーマンスが幕を開けた。まず打楽器に笛を持ったバックミュージック担当のパフォーマーが演奏を通じて、会場の雰囲気を一体化させる。そうして会場全体が熱気に包まれていくのを見計らったところで、歌劇団の人達はメインのパフォーマンスをお披露目しだした。
まず手始めに、刀剣を持った部隊がブンブンと見境なく、刀剣を胴体スレスレで振り回し始めた。その様は、まるで半裸でヌンチャクを身体の辺りで振り回している人を見ているかのように、ハラハラさせられるものだった。このパフォーマーの彼彼女らの様子を見たアレスは、
「おいおい、正気の沙汰じゃねえ! 少しでも手元が狂ったら、即切断モノじゃねえか!?
何なんだ、あいつら! やってることがバケモンだ! 即死クラスだ!」
と、彼彼女らの圧巻の刀剣パフォーマンスに興奮のあまり、思わずそう叫んでしまっていた。
続いて、その刀剣を持った部隊が、ある集団の元へと歩み寄る。アレスが演奏開始前からずっと気になっていた、頭上にパイナップルとイチジクを乗せ続けていた、例のパフォーマー達の元である。
「まさか、そのまさかか! あいつら刀剣で、こいつらのパイナップルを両断しようとしてるのか! 考えることが恐ろしすぎるぞ、トゥー国の歌劇団!」
ステージの最前列の席に座っていたアレスは、彼彼女らのパフォーマンス一つ一つに、このようにいちいち反応していた。アレスは、すっかりトゥー国の歌劇団によるパフォーマンスに魅了されていたのだ。
一時は、冒頭のプロポリスによるスピーチの内容に、ある種の不信感を抱き、そのことで頭が一杯になっていたアレス。しかし今は打って変わって、純粋に彼の目の前で繰り広げられるパフォーマンスの数々に、当のアレスは目が釘付けとなっていた。
やがて刀剣を持った部隊は、観衆が固唾を飲み、ジッと見守る中、見事にパイナップル真っ二つに切り裂いてみせた。
「まじか、こいつら……。即死クラスだ」
アレスの口から、ポロっと本音が漏れる。
人間2人分の大ジャンプした状態で、正確に切り裂くというまさに離れ業。しかも、それまで頭上にパイナップルを乗せていたパフォーマーは、全くの無傷。その圧巻のパフォーマンスにアレスは続けて、
「なんて剣術だ! こんな命知らずのパフォーマンスをやってのけるなんて、肝が据わってんな! ……まあ、さすがに俺ほどではないと思うけど、間違いなくAランクには匹敵する見事な剣捌きだ! ブラボー!」
と、以下のように称賛の声をあげていた。
パイナップルが刀剣によって見事に両断された後、続いてステージの隅でずっと待機していた弓部隊の者が、弓を構えた。
弓部隊の狙いは、頭上にイチジクを載せていたパフォーマー。4名の弓部隊が頭上のイチジクに狙いを定めていた。どうやら、かのウィリアムス・テルルが頭上のリンゴを矢で射抜いてみせた、有名なあのパフォーマンスを今からお目にかかれるとのことらしい。
「嘘だろ! あの弓職人達! 頭上のイチジクを射抜こうっていうのか! 信じられねえ……。リンゴほどの大きさならまだしも、人の手のひらのサイズの半分にも満たないイチジクだぞ!? やってることが、恐ろしすぎるぜ!
これが成功したら、かのウィリアムス・テルルも涙目だな!」
ちなみにウィリアムス・テルルとは、冒険者界隈で伝説の弓使いと称されていた人物だ。弓一本で世界各地の“即死クラス”の魔獣相手に、互角に渡り合ってきたという様々な逸話が残っている冒険者なのである。
まあそんなことはさておき。間もないうちに、トゥー国の弓部隊がイチジク目掛けて、矢を放ってみせた。放たれた矢は一直線に、リンゴより遥かにサイズの小さいイチジクに向かい、先ほどのパイナップル同様、頭上のイチジクをも見事に射止めてみせた。
「マジか! あんなスモールサイズのイチジクを、一発で仕留めやがったぞ!?
なんて技術と度胸だ! マジで半端ねえ、半端ねえぞ、シェシェンロン!」
パイナップルにイチジクを使った一連のパフォーマンスを、見事に成功してみせたトゥー国の歌劇団。会場からドッと歓声が湧き、割れんばかりに拍手と共に、スタンディング・オベーションまで巻き起こった。会場のあちこちから、人が立ち上がって拍手喝采の中、当のアレスは、
「おおおー! 素晴らしいパフォーマンスだ! 敬意を示そう! ほれ、10万ゼニー! 受け取れ、受け取れ!」
と、このように演奏の合間に、10万ゼニーの札束を壇上の彼彼女らに目掛けて、投げ入れた。10万ゼニー。アスピリッサ市民の平均月収2カ月分に匹敵する大金である。アレスがそんな大金を投げ入れる様子に、他の人達も刺激されたのか、
「おおお、アレス様が早速チップを投げ入れたぞ! しかも10万ゼニー! 太っ腹!
これにはマクトゥブ家当主の吾輩も負けてはおれませぬ! それ、12万ゼニー!」
アレスの流れに沿うように、豪華な藍色の毛皮のマントに黒光りの革のジャケットを纏った、まさに財産が腐るほど持ち合わせていそうな身なりをした、そのマクトゥブ家当主の人物も、チップを投げ入れた。
その2人の唐突な行動に、他の出席者も火をつけられたのか、我先にと、気が狂ったように次々とチップを投げ入れていった。その様を例えるとしたら、まさに運動会の玉入れ合戦のようだと言えよう。
「我が当家は、こんなものではないぞ。そーれそれそれ、30万ゼニー!」
勢いは留まることを知らなかった。これらのチップの投げ入れ行為は、金持ち連中の道楽の一種みたいなものである。なんにせよ、先ほどのアレスの行動をきっかけに、会場中、それはそれは多くのチップが、紙吹雪のように舞い続けていたのであった。