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第二十一話「パーティー引退式当日。やけに皆、冷たい気がする」

 昨日も女の子を飲みに誘えず、ついにこの日を迎えた。

 今日は彼ことアレスの勇者引退セレモニーだ。

 場所はアスピリッサ冒険者ギルド。開場は昼の11時から。


「あっ、やべ! 寝過ごした! 急がねえと!」


 前述の通り、彼は昨日、街中の大通りでナンパを決行し、結果、誰一人としてお持ち帰りすることができなかった。

 そのせいからか、あの後、彼は宿舎の自室で1人やけ酒を飲んでしまっていたのだ。

 悲しみを紛らわすために深酒に深酒を重ねた結果、目が覚めたのは昼の12時頃だった。

 せっかくパーティーの仲間がセッティングしてくれた、今日の引退セレモニー。

 アレスは慌てて身支度をし、宿舎のルームサービスのサンドウィッチを咥えたまま、パーティ会場であるアスピリッサ冒険者ギルドに向かったのだった。


 肝心の彼の引退パーティーでは、いったいどのような催物がされるのか。

 ちなみにアレスは、その詳細をプロポリス達から全く聞かされていなかった。

 一昨日、プロポリスが直接アレスに言っていたように、本日の引退セレモニーは主に筋肉馬鹿の彼が立案したものだ。まあ、筋肉馬鹿の彼なりに、盛大にやってくれているには違いない。


「急げ! 急げ! ……ってか遅すぎるぞ! なんだこの足!

 まるで足に重りが入ってるみたいだ!」


 ステータス1になった影響か、アレスの走力はそこら辺で杖をついて歩いているおじいさんレベルで遅かった。

 かつての彼はまさにハヤテの如く、一般人では目で捉えられない速さで駆け抜けていたものを……。

 女神の加護のせいで、アレスもとうとうここまで落ちぶれてしまったのである。


「これがいわゆる足が遅いって感覚か。……ああ、もどかしい」


 そんな彼の胸中はさておき。今日はそんな彼の最後の晴れ舞台だ。

 かつて世界を股にかけ、超高難易度クラスの魔物を討伐し続けた伝説の男の。

 今頃、冒険者ギルド内では彼の雄姿を見ようと、大勢の人でごった返しているに違いない。

 レジェンド冒険者として今までの功績を多いに讃えに讃えられ、最後は拍手喝采でみんなに見送られる。

 そういうのも何だか悪い気はしない。

 ……何せ彼は誰もが羨む元Sランク冒険者なのだ。世界の危機をこれでもかというほど救ってきた男。

 きっと今日は彼にとっても、会場に居るみんなにとってもメモリアルな(思い出に残る)日になるに違いない。


「まあ、たかだか1時間くらいの遅刻ぐらい、どうってことないだろ。

 何せ俺はレジェンド冒険者だからな! 気にすることはねえ! 

 遅刻したって、みんな寛大な心で迎い入れてくれるさ! はははは!」


 せっかく彼のために用意された本日の引退セレモニー。

 遅刻して会場に居るみんなを、大幅に待たせてしまっているにも関わらず、この図々しさ。伝説の冒険者となるためには、これだけの強いメンタルを持つ必要性があるのかもしれない。

 そうしたこともあってなのか、遅刻しているにも関わらず、特段アレスは急ぐようなことはせず、呑気にゆったりと会場の方に向かっていったのである。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おーい、みんな~! 主役の俺様が遅れてやってきたぞ! 注目~注目~!」


 あれからさらに30分後。やっとのことでアレスは、引退セレモニーの会場であるアスピリッサ冒険者ギルドに到着した。


「……あれ? おーい! 俺だよー! アレス様だよー!

 みんな飯ばっかり食ってないで、俺に注目~注目~!」


 主役の彼の到着に、会場内の誰も気づく様子はなかった。

 会場内は既に社交場のような雰囲気に包まれており、大いに盛り上がりを見せている。

 王侯貴族にギルド取締役、大商人に聖職者。

 この都市の権力者と思われる連中ばかりが、アスピリッサ冒険者ギルド内に一同集結している。

 権力者同士、皆思い思いに、テーブルいっぱいに並べられた豪勢な料理の数々に舌鼓を打ちながら、談笑を交わしている状況だった。


「ありがとうございます! ユートリヒト王子! これで問題なく商品を発注できます!

 これからもどうかよろしくお願いします!」


 フォーマルスーツに身を包み、ワイングラスを片手に名刺交換。

 あと商談の最中に、ササッと王子に手渡された何だか怪しげな包み。

 本日はアレスの引退セレモニーだというのに、会場のどこもかしこも自身の身の上話やビジネストークが盛んに飛び交っていた。

 もはやこのパーティー会場は、一種のビジネスの場のような様相を呈している。

 おそらくこれもアレスの冒険者引退といったメモリアルなイベントを聞きつけ、ビジネスチャンスと踏んでか、各々の世界の人がこの場所に集まっているのだろう。

 ……皆の関心ごとはまるで彼ではなく、海上保険や融資のお話といった、むしろそれらのビジネストークにあるようにしか思えてならない。あたかもアレスの冒険者引退など、二の次であるかのように。


「みんなー! 俺に注目ー! アレスはここにいます!

 はいはーい! みんな静粛に!」


 帝国ギルド自体が広大な施設なこともあってか、彼が会場内に設置された特設ステージの壇上に上がり、精一杯声を張り上げても、誰も彼の存在に気づいてくれない。

 皆、食べるか喋るかにしか全く興味がないのだ。


 セレモニーの会場であるアスピリッサ冒険者ギルドは、ちょっとした演劇ホールのような敷地面積を誇る。収容人数はざっと数百ほど。

 ここでは度々、港湾都市アスピリッサ内の支配者層、その他プロ冒険者達を集めた定例会議が月一回の頻度で行われたりする。

 定例会議では隣国の状況や近年の魔獣の様子など、現場に足を運んでいたFランク以上の冒険者がそれらを各々報告する。

 そしてその報告を聞いた支配者階級の方々が、質疑応答を行い、意見陳述をする。

 双方にとって、定例会議は貴重な情報交換の場なのだ。

 1か所に大勢の人が集まり、知り得なかった情報を収集し、冒険者にとって今後のクエストを有利に進めるための大きな指針とするための。

 そんなわけでこのアスピリッサ冒険者ギルドは、実質、都市内の情報機関を兼ねているような状態なのだ。

 帝国ギルド自体、そのような側面を持ち合わせているため、おそらくアレス自身も、今回この場に集まってくれた人が、純粋に彼自身の門出を祝うためだけに来てくれているとは到底思えないのだ。

 少なくとも彼自身、そう思っているはずだ。

 だからこそ彼は、ここの会場に来ている人が皆、ビジネストークと自身の身の上話しをしたいがために来ているのだ、と思っているのだ。


「おーい! みんなー! だから主役の俺が遅れて登場してるんだってー!

 遅刻したのは謝るけど、とにかく注目~注目~!」


 アレスはこのように引き続き声を張り上げるも、誰一人として、彼の方に振り向くことすらなかった。

 彼の声は完全に、会場内の喧騒にかき消されてしまっていた。


「はははは! それは傑作だな! 金融屋! じゃあよろしく頼むぜ! 手違いのないようにな!」


「おう! プロポリスの旦那! こちらこそ、打ち合わせ通りに頼んまっせー!」


 特設ステージの真ん前のテーブルには、セレモニーの司会進行役であるプロポリスがいた。

 本日のメインゲストであるアレスその人は、すぐそこにいるというのに、当のプロポリスはやはり脳内が筋肉で出来ているためか、なぜか全く気付かない。

 彼の目と鼻の先で、プロポリスはさっきからその金融屋と思しき人物と酒を交えて、何かしらの話で盛り上がっていた。


「10日5割で!」


 筋金入り、明らかにプロポリスが金融屋と呼んでいるその人は、明らかに堅気の者でない独特の雰囲気を漂わせている。

 完全にそっちの道の筋金入りの人だ。例の金融屋と思しき人物。

 体格も生粋の筋肉馬鹿プロポリスほどではないにしろ、十分に張り合えるほどあり、顔にも複数、切り傷のような痕がいくつも見られる。

 いったいプロポリスは、こんな怪しげな奴と何について、話していたのだろうか?

 そう思ったのか、アレスは他の人らのことは差し置き、ただただ彼らの話に耳を澄ませた。彼らの動向を壇上から見守り、内容の如何を聞かんとしていたのだ。


 すると、プロポリスは何かに勘付いたのか、それから突然、街の金融屋と思しき人物との会話を打ち切り、視線を壇上に向けた。

 視線を向けるなり、ばっちりとアレスと目が合うと、


「ん? あ、あああ! アレス! なんだ、いつの間にいたんかい。

 到着したってんなら、もっと早く言ってくれたらよう」


 プロポリスは何だが罰が悪そうにアレスと言葉を交わすなり、その街の金融屋と最後に一言、言葉を交わした後に、慌てて壇上へと上がってきた。


「おらおら、みんな注目! 俺たちヒポクラーンの元リーダー、アレス様のご到着だぞ!」


 壇上からプロポリスが、会場内に居る人達にそう呼びかけると、すぐさま皆の視線がプロポリスの方に注がれる。

 そうして同じく隣に突っ立っていたアレスの姿を見るなり、


「アレス様だ! おおおー!! 俺たちのヒーロー!」


 っと、会場内から割れんばかりの拍手と歓声がアレスを出迎えたのであった。


「へへへ……。すまねえ、みんな。大事な日だっていうのに、ちょっと寝坊しちまった。

 じゃあそんなわけで、早速始めてくれ、俺のパーティー引退式を!」


 まだまだ彼にはやり残したことが山のようにある。道半ばで、パーティーを脱退しなければならなくなった悔しさを胸に秘めながらも、彼は壇上から努めて明るく振舞ったのであった。


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