第二十話「ステータスがオール1になってから、ナンパが上手くいかない」
彼の名はアレス。冒険者パーティー"ヒポクラーン"の元筆頭リーダーである。
『きゃー! アレス様! こっち向いて!』
『アレス様! 俺らのあこがれっす! 魔獣退治、頑張ってください!』
『アレス様! 拙者と握手してくだせえ!』
『アレス様! そんな奴よりまずは俺! 俺と握手してくれ! 握手を交わすのはこの俺ダァー!』
彼ことアレス(※Sランク勇者)が街に繰り出せば、このように通りのあちこちから黄色い声援が上がっていた。
中でも特に女、子供からの人気ぶりが凄まじい。
身につけている勇者マントをひとたび、周りの野次馬連中に見せつけるかのように翻すと、それだけでドッと歓声が湧く。
……だがそれもつい1か月ほど前の話だった。
今となっては、彼がいくら街中でマントを翻したって、誰にも見向きされない。なぜそうなってしまったのか定かではない。急激にアレスに対して、民衆の興味が薄れていったらしい。
まあ、そのような話はさておき。女神にステータスをオール1にさせられる前の彼は、先ほどの話の通り、アスピリッサ随一の有名人であったこともあり、街の人から熱烈な歓迎を受けていたのだ。
そして時は戻って今現在。アレスのパーティー引退式を直前に迎えた日のこと。
「おーい! そこの美しき君!
この俺、Sランク冒険者のアレス様と一緒にお茶でもどうですか!?」
そんな彼が、朝っぱらからしていたことは、通りすがりの女の子に、ひたすら声をかけまくることであった。
勇者引退セレモニーを明日に控えるこの日。
彼はパーティー引退のその寂しさを紛らわすため、街中の通りでひたすらナンパをしていたのだ。
「俺アレス! Sランク冒険者のアレスって言うんだ! 君かわいいね! ちょっとこの俺とお茶していかない!?」
2週間前の彼なら、この一言を言うだけで、女の子をいとも簡単に飲みに誘えていた。
だがしかし、それも彼が”女神の呪い”を授かってしまってからは、状況がかなり変わってしまった。
ステータスが1になってからというものの、どういうわけか周りからの反応が、冷ややかになったようなのだ。
「ごめんなさい、アレス様。せっかくのお誘い嬉しいんですけど、わたしこう見えてとっても忙しいんです。
そういうことなので、失礼します」
何とも釈然としない言いようで、遠回しにお断りされたり、
「ん? これから飲みに行こうだって? 無理! ぜってえ、無理。おとといきやがれ」
このようにぶしつけに断られることもある。
清楚な雰囲気を漂わせるお嬢様っ娘から、見た目からしてちょっと押せばすぐにでもその気になってくれそうなお茶目なお姉さんまで、とにかくいろんなタイプの娘にお声がけをしていた。
Sランク勇者の彼なら本来、どんな娘であっても二つ返事で飲みに誘えると本人曰く、そう言っていたのだが、
「嘘だ! 女神の加護のせいで、1人も飲みに誘えなかっただと!? ……嘘だ! 嘘だと言ってくれー!」
1日を通してまさかの収穫なし。この結果に彼は、衝撃を隠せなかったようだ。
「うおおん! クソ女神め!」
通りの真ん中で1人の男の、儚くも敗れ去った敗北者の絶叫がこだました。
感情が昂ぶるあまり、彼は街はずれの路地裏でひとり寂しく咽び泣いてしまっていた。
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ここで実際に、彼ことアレスが女の子を飲みに誘えた時の話をしよう。
まず二つ返事で彼の誘いに応じてくれた女の子を、近くの適当なバーへと誘う。
バーに到着するまでの道中、彼はその女の子に対してひたすら自身のSランク冒険者の仕事関係の話をし続ける。
伝説の魔王に伝説のドラゴン。世界各地で遭遇した魔獣の話といった年頃の女の子がいかにも興味のありそうな話をして、場を繋げるらしい。アレス本人曰く、そうらしい。
そしていざバーに着くと、高価な酒を何杯か注文する。
それをお互いに何杯かグイっと飲み干し、お互いある程度ほろ酔い気分になってきたところで、いよいよ本題である彼の輝かしき英雄譚を披露するのだ。
『依頼は受けたはいいものの、どいつもこいつも目をつぶって倒せるクソ雑魚のモンスターばっかりでさあ!
マジ強いやつと、俺は戦いたいんだっちゅーの! ねえ? わかる? この俺の気持ち!?』
このように彼はSランク冒険者の身の上話や、冒険者という華やかな仕事の裏話を女の子を前に、ほぼノンストップで語り続けるのだ。
『へえ~そうなんだ~。素敵なことね。……あっ、このお酒美味しい! アレス様、このお酒追加で頼んでもいい?』
『いいぞ~! おい、バーテンダー! 今度も同じやつね! よろしく頼む!
それと話は戻るけど、俺あの後、それじゃあ物足りねえと思って、急遽追加で別の討伐クエストも請け負ったんよお~。
またその時の話が面白くてさあ……』
軽快なトークを交えつつ、彼は面白おかしくSランク冒険者の話をし続ける。
酒が入り、気分が上々な彼はもう止まらない。湯水のようにありとあらゆる言葉が口をついて出てくる。
肝心の彼の話を聞いてくれる当の女の子も、ほっぺたをまるでリスのように膨らませながらお話を聞いてくれている。
彼の勇者列伝によっぽど興味津々なのか、大抵の女の子は不自然なまでに相槌を打ってくれる。
『すごい! アレス様かっこいい! ところでさあわたし、あの酒も飲みたいんだよね~。頼まれてくれな~い?』
彼の誘いに応じてくれた女の子のその大半が、時折こうして合の手を入れるように酒をせがんでくる。
彼からしてみれば、よっぽど自分の話が面白いあまり、酒が進んでしょうがないのだろうといった認識でいる。彼からしてみれば、それは自身の軽快なトークが、彼女らにとって酒のつまみになっている気分なのである。
いくら女の子から、酒をせがまれても、もちろん彼はお金など掃いて捨てるほど持ち合わせている。
当然女の子の飯代や酒代に至るまで、費用は全部、彼持ちだ。彼は進んでお酒を、注文し続けた。
このようなことができるのも、世界各地で高難易度級の魔物を狩り続けたおかげなのである。まさに特権だ。
金は天からの回りものだと言うが、それはまさしく彼のようなSランク冒険者のために存在する言葉なのかもしれない。
……まあ、そんなどうでもいいことはさておき。
「ううう……。悲しい。誰か俺の話を聞いてくれ」
再び、時は戻って今現在。Sランク冒険者として名乗りを上げ、その名声欲しいがままに好き放題生きてきた彼の姿は、どこにもなかった。
栄華を極めし彼の人生は、”女神の呪い”を授かってからは一気に崩れ去ったのだ。
以前一緒に飲みに行き、親身に彼の輝かしき話を聞いてくれていた女の子ですら、彼が女神の加護を授かって以降、何かと理由を付けられ、飲みに来てくれなくなってしまった。
彼自身、そうなってしまった原因は、女神の加護によってステータスオール1にさせられたからだと思っている。
当初は彼も、この状況に遭ってもなお、ポジティブに『これって俺に対する照れ隠し?』 と思っていたが、段々とシビアな現実に気づき始め、絶望していた。
「ううう……。悲しい。誰か俺の心を埋めてくれ」
女神にステータスオール1にされた挙句、女の子とも遊べなくなってしまったアレス。
昼の12時から夜の8時。これまで片っ端から声をかけ続けたものの、この日は誰一人として飲みに誘えなかった。
どうやら女神の加護を授かった彼は、単純に男としての魅力までも下げられてしまったようだ。
「クソ! あの女神め! こうなったのも全部あいつのせいだ! ……クソ、もうホテルに戻ろう。疲れちまったぜ」
彼はガックリと肩を落とし、失意のまま宿舎へと戻った。
「はあ、それにしても、もう俺、女の子と遊べないのか。とほほ……」
自室へ戻るや否や、彼はたまらずベッドに駆け込んだ。
女神の加護のせいで、彼自身、全くモテなくなった現実をどうやら、まだ受け止め切れていない様子だ。その事実にショックなあまりか、アレスはまた枕を涙で濡らしてしまったのであった。




