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第二話「待ってろ、極上の女の子」

 なぜ母がそこまでして、アレスをこの土地に引き留めたいのか。母の気持ちをアレスは、理解していないわけではなかった。

 実際、家にはアレスを含めて母に父、下に2人の幼い弟がいる。そしてその下の弟達は、先月にやっとヨチヨチ歩きを卒業できたくらいの歳だ。当然、父やアレスみたいに、まだ桑や鋤をえいやそいやと持ち上げることもできない。

 そんなまだロクに農作業のできない幼い弟たちを残し、「お前は何一人で勝手に都会に行って、冒険者になろうとしているんだ」というのが母の言い分だ。アレス本人も理解はしている。

 実際に母は、幼い弟2人を抱え、片時も目が離せない状況。そのような家庭環境だと、尚更男手が必要になってくるし、当然、彼の都会行きを引き留めるに違いなかった。

 だが彼としては、そんな母と幼い弟2人をこの町に残してでも、叶えたい夢があったのだ。

 ……そう、彼は大都会アスピリッサで冒険者になって、大きな畑と山を買いたいのである。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 “俺も大きな畑と山を持って、地元の領主みたく不労所得で悠々自適に生きていきたい”


 彼が頑なに都会行きにこだわるのは、まさにこういった理由があった。都会に行って、冒険者という職業に就きさえすれば、この腕一本で、地元の領主並みに大金を稼げるはずだと、彼は思っている。

 冒険者稼業が軌道に乗れば、富裕層の仲間入りを果たし、不労所得で悠々自適に人生を謳歌できると信じているのだ。


 そもそも冒険者とは、人類の敵である魔獣を討伐し、それを生業とする職業である。俗に言う職業軍人みたいなものにあたる。

 世界の主要都市には多数の冒険者ギルドが存在し、冒険者はその各ギルドから寄せられる討伐依頼を一つずつこなすことで、成果報酬を得るのだ。

 まあ要するに冒険者とは、国家の正式な軍隊(騎士団)には所属しないフリーランスであり、アレスはそんな冒険者という職業で一攫千金を手にし、早い話、都会の一等地に畑と山を買いたいのである。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 アレスが冒険者を目指す理由は、もう一つあった。そもそも冒険者には、プロとアマチュアと2種類が存在しているのだが、プロとアマとでは成果報酬単価といい、各冒険者ギルドから寄せられる依頼の質といい、その何もかもが、天と地ほどの差がついているのが現状だ。

 そんなプロとアマの冒険者の間で、決定的に違う点を収入面以外でも挙げていけばキリがない。例えばプロ冒険者なら、滞在先のホテル(それも五つ星の高級なホテル)にタダで泊まらせてもらえたり、魔獣討伐用の武器を、その専門業者から無償で提供してもらえたり、他にも各種優待券や現金相当の商品引換券を、冒険者ギルドからたくさん支給してもらえたりする。所謂、冒険者奨励といったものだ。

 またそれら以外にも、冒険者ギルドからの特別待遇として、街在住の極上の女の子が、“おもてなし”とやらものをサービスで行ってくれるお店に、連れて行ってもらえるケースがある。

アレスが冒険者になりたいもう一つの理由は、まさにここにあった。

 その“おもてなし”とやらものを、サービスでやってくれるお店で、アレスは酒を飲む傍ら、お店に勤める極上の女の子と、直接手を握りながら、親身にお話をしてみたいのだ。それが一般庶民では、とても手を出すことのできない高級な飲み屋というモノで、アレスはここに強い憧れがある。彼自身、人生で一度もそのようなお店に立ち寄ったことはなかった。


 何でもこの"おもてなし"とやらものを行ってくれるお店のお話は、アレスが地元の学園生だった頃のとある魔術教師から聞かされたものらしい。

 ……その魔術教師も、かつては現役の冒険者だったらしく、授業中、教鞭を()っている中で雑談がてら、よく冒険者に関する裏話を披露してくれていたとのこと。

 特にその極上の女の子達が“おもてなし”とやらものをやってくれるお店の話では、度々「偉くべっぴんなお嬢さんがワシの手をそっと優しく握ってくれるんじゃよ。しかもその子達から漂ってくる匂いも偉く極上じゃった! まさにそこはエデンの園じゃったわい。うはははは」と、口にしていたらしい。

 その時、アレスは、その"エデンの園"先生の話を聞いていて、こう思ったとのことだ。


「ど畜生! 俺、もう今年で25になるのに、女子と手を握ったことがねえ! 女友達なんて、もってのほかだ! 畜生! ど畜生!」


 アレスは悲しいことに、その歳になってもなお、DTを貫いている男だった。友達は、多少指を数えるほどには存在するが、そのどいつもこいつも彼と同じく、ロクに女の子との接点がないような陰気な人達ばかりだった。

 そのような経緯もあって彼は、「俺に出会いがないのも、女の子を紹介してもらえるような友達が1人もいなかったからだ!」と思っている。このように彼は、度々自責思考ではなく、他責思考に陥る節があるのだ。

 そんな悲しい過去もあって、アレスは都会で冒険者になることに加え、その“エデンの園”先生の言う極上の女の子のいるお店に行って、是非とも女の子と手を繋いでみたいと思っている。並々ならぬそれらの思いもあって、彼はアスピリッサに行くことを切望しているのである。


 要するに、彼は冒険者になって大きな畑と山を買うことに加え、是非とも学園生時代の先生の言う“エデンの園”の世界を、この身を持って体感してみたいと思っている。

 "合法的に極上の女の子と手を繋げるなんて、何と夢のある話であろうか"

 "今まで女の子とロクに接点のなかった俺が、大都会アスピリッサに行き冒険者になって金を稼げば、死ぬほど女の子と手を繋げるようになる"

 っといったことを彼は本気で信じているのである。


「待ってろ! 極上の女の子! 絶対に俺は冒険者になって、一攫千金を手にしてみせる!」


 冒険者になって金を稼ぎ、都会の一等地に、大きな畑と山を所有するといった社会的ステータスを身につけられたら、お店にいる極上の女の子とも店外デートができる。

 片田舎の青年アレス・ゴッドバルトは、強くそう思っていたのだ。

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