第十八話「現実は非情である」
「うぎゃぁぁぁぁ!!」
ビギナーズエリアでレベル1の魔物と対峙していたアレス。
しかし案の定、結果は散々たるものだった。
ステータスオール1の彼が、いくら雨あられのように攻撃を浴びせても、相手に全くダメージが通らない。
いくらあの手、この手で攻撃を仕掛けても、全てが簡単に弾かれてしまっていた。
「ちくしょう! なんでこうも頑張ってるのに!」
そうして彼が低レベルの魔獣に対して、攻めあぐねていると、決まって反撃を喰らい、フルボッコにされていた。
しかし別にだからといって、彼が戦闘不能に陥って、魔獣を前に気を失うことはなかった。魔獣から再三攻撃を喰らっても、ものの数秒足らずで傷が癒え、息を吹き返していた。
「女神の加護で、この固有スキル“無限サンドバッグ”を授かったはいいけど、それ以外の能力が全部、人並み以下というのもなあ……」
このようにアレスにかけられている女神の加護には、デバフ効果の他に、ある特殊な効能がセットでついていた。これは彼がここビギナーズエリアに来て、何度も雑魚モンスターと対峙していくうちに判明したものだった。
女神の加護にはどうやら、不老不死とも言うべきか、魔獣から致命的なダメージを喰らっても、まるで無限の回復力を持つアンデッドのように、すぐさま蘇生する機能が備わっているらしい。要するにアレスは、いくら相手の魔獣から致命的なダメージを喰らったとしても、死なない身体になったのだ。
前にアレスは、ビギナーズエリアに生息する虫系のモンスターから、ツノ攻撃をモロに喰らい、胸にポッカリと大きな穴を開けられたことがある。しかしそれも、女神の加護の影響からか、ものの数秒で損傷箇所が修復され、息を吹き返していたのだ。
「まあ、実質、ほぼ不死身になったはいいけどよ……。ステータスオール1の俺が、いくら息を吹き返したところで、結局フルボッコされるだけなんだよな。
こんなの、惨めないじめられっ子そのものじゃないか。……昔を思い出す」
アレスが初めて自身の効能に気づいた際、このように過去のトラウマを呼び起こす羽目となった。10代の頃の彼は、それはそれは誰からも相手にされず、他人と対等な関係を築くことすらできなかった。Sランク冒険者になってからは、周りの連中は対等以上の関係性を築くことができていたが、ステータスがオール1となった今の彼では、果たしてどうなることやら。
今の彼にとって、それは考えたくもないことだった。再び、何をやっても「人並み以下」と罵られ、表面的な付き合いですら形成できなかったあの日々が到来してしまうことを彼は非常に恐れていた。
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アレスはその後も来る日も来る日も、おそらくレベル1にも満たない雑魚魔獣を相手に、面白いようにサンドバッグにされ続けていた。散々、痛ぶられては蘇生しての繰り返しで、要するにアレスは魔獣達の格好のおもちゃだった。
「ちくしょう、無限サンドバッグは一見、聞こえはいいけどよお。普通に使い道に困る、雑魚スキルだよなあ……」
そのような無様な姿を晒している、元Sランク冒険者の彼の様子を見て、周りのアマチュア冒険者(※いわゆるプロ冒険者志望)は皆、鼻で笑っていた。当然のことと言えば、当然のことかもしれない。
「うっ、少し醜態を晒しただけで、すぐこうだ。全く、嫌になっちゃうね」
そもそもこんな低ランクのモンスターにフルボッコにされる冒険者なんて、今まで前例のないことだろう。ましてやこのビギナーズエリアに生息する魔獣は、アマチュア冒険者ですらない、近所に腐るほど居るちょっとした喧嘩自慢でさえ、楽々狩れるような相手だ。
それをアレス当人は血眼になって、一生懸命、汗水垂らし全力で挑みにかかっている。しかし、その努力の甲斐もむなしく、いとも簡単に返り討ちにあってしまう。その様が滑稽に映ってしまうのは無理もなかった。
終いには辺りに居たアマチュア冒険者達も、そんなアレスにボソボソと聞こえないような距離から、陰口を言い始め、
「なんだあれ? わざとなの? わざとだったとしても寒いわー」
「あんなのがSランクなのかよ。きっしょ」
「ママー。あの人、何やってるの?」
「しっ! 見てはいけません! メアリーはあんなみっともない大人になっちゃダメよ!」
と、このように散々な言われようであった。
前まではアレスのことをSランク勇者だと言って、散々崇めたてていた癖に、いざ彼がステータスオール1になり、無様な姿を晒した途端、このように誹謗中傷の嵐である。
「こうなったのも全部、あの女神のせいだ! あの女神が加護なんてもん俺に授けなければ、今頃俺は!」
アレスが、こう憤ってしまうのも無理はなかった。
アレスは、その後も幾度も、ビギナーズエリアに心折れることなく、通い続けていた。しかし、依然として状況は変わらなかった。
例え、いくら周りの冒険者志望の連中から、冷ややかな目で見られ、誹謗中傷されたとしても、彼は最後まで行動し続けた。
「なにクソー! 俺は、絶対に戦線に復帰してやるんだ! リーダーに返り咲いてやるんだ!」
そうした強い思いの元、アレスは引き続き、ビギナーズエリアで戦い続けていた。必ずや冒険者パーティーヒポクラーンのリーダーに返り咲いてやると、その決意だけは強かった。
しかし現実はまさに非情である。決意とは裏腹に、一向に状況が良くなる兆候がない。いくら雑魚魔獣を相手に、戦いを挑み、経験値を積み上げても、女神の加護は相変わらず、解除されそうになかった。
来る日も来る日も、彼は雑魚魔獣に無限にサンドバッグされ続けるだけだった。
「ちくしょう、いったいどうすれば……」
ひたすらモンスターを狩り続ければ、何かの拍子で突然女神の加護が外れることもあるのではと思って、彼はそんな一縷の望みにも賭けていた。しかし先ほども言ったように、現実はまさに非情である。いくらビギナーズエリアに通い詰めても、全てが骨折り損に終わり、ただただプライドが傷つけられていくばっかりだった。
だがそれでも彼は、
「何も行動を起こさず、おとなしく状況が好転するのを待っているよりかはマシだ」
といった考えの元、例えいくら事態が好転せずとも、物事を一切投げ出すことなく、ずっと雑魚魔獣に対して戦いを挑み続けていた。
そんな素晴らしい矜持を持った彼だったが、天は無情にも彼の頑張りにはこれっぽっちも報いてくれなかった。理不尽極まりないとは、まさにこのことを指す言葉だと言えよう。
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そしてそれからまた月日が経ち、ある日のこと。またいつものようにアレスは、ビギナーズエリアから宿舎に戻ってきていた。相変わらず雑魚魔獣から無限にサンドバッグにされ続け、心身共にクタクタとなっていた時のことだった。アレス自身も、この日も、すぐにでも自室のベットに横たわりたい気分だった。
さて彼が自室の前に行き、懐からルームキーを出そうとしていたその時だった。
「おい、アレス。部屋に入って一休みしたいところ、あれだが。ちょっと俺の部屋まで来てくれないか?」
突然、背後からプロポリスが声をかけてきたのである。
「なんだこんな時に。長い話か?」
「ああ、まあそうだな……」
パーティーメンバーの彼彼女らの関係は、あの日を境に完全に冷え切っていた。序列が完全に逆転し、言わばアレスは冒険者パーティーヒポクラーンのお荷物状態だった。現状ヒポクラーンは、筋肉馬鹿のプロポリスが率いている。アレスに拒否権はなかった。アレス本人も、自室で休みたかったのは山々だったが、プロポリスの命令に逆らうわけにはいかなかった。
先程、歯切れの悪い反応を示したプロポリスのことを妙に思いながらも、アレスは、
「それでなんだ、プロポリス。俺は今、とっても疲れてんだ。要件があるなら、早く頼むぜ。
……結構な長話になりそうだったら、明日でも」
アレスはこう言った。するとプロポリスは、
「アレス、夜分遅くに申し訳ないんだが、今日しなければならねえ話なんだ。さっきも言ったように、俺の部屋まで来て欲しい。
今後のお前の進退に関する、大事な話だ」
と改まってそう言った。
「……ああ、そういうことか。わかった」
プロポリスが神妙な顔つきで、さりげなく告げた"進退"という言葉。
この時点でアレスは、嫌な予感しかしていなかった。