第十七話「いざリハビリへ。ビギナーズエリアへ」
あの出来事から、実に2週間の月日が経った。
結論から先に言わせてもらうと、あの時、女神が去り際に口にしていた『一週間もすれば”女神の加護”は自然に消滅するようになっている』の発言は、完全にはったりだったことがわかった。要するに2週間が経った今でも、アレスのステータスはオール1のままだったのである。女神の加護によるデバフ効果は、今もずっと続いたままだ。
彼のメインの武器である”神殺しの大剣”は相変わらず装備することすらままならず、実質、置物化している。今も彼の自室の隅にポツンと立て掛けられている状態だ。また彼の得意とする特殊スキルの火炎魔法、氷結魔法、その他攻撃魔法なども、未だ使えないままになっている。
あの時、女神は必死に加護の解除に取り組んでくれていた。しかし最後までそれは叶わず、結局、「世界を救うためだ」とか何だか適当な理由を作られ、さっさとアレスの前からトンずらしてしまった。アレス本人からしてみれば、本当にたまったものじゃなかっただろう。
(……世界を救うためだって? ふざけるな!
目の前にいた俺1人すら救えなかったのに、なに大それたこと言ってんだか!
許さねえ。今度あいつに会ったら、俺がこの手でギッタギタにしてやる!)
と、きっとアレスはそう殺伐とした気持ちを抱いているに違いない。
さて、アレスが討伐依頼の帯同メンバーから外れること、もう2週間余り。アレスは現在、帝国ギルドが直々に用意してくれたこの五つ星の宿舎で、お留守番していた。
当然、ステータスオール1の今の彼が、高額クエストなど実力的に参加できるはずがなく、今は生粋の筋肉馬鹿プロポリスを筆頭に、ジュリー姉妹の3人で遠征に出かけている状態だ。女神の加護の影響で仕方のないこととはいえ、彼は完全にパーティーの中で居場所を失ってしまった。
そのため、アレスは他の3人がクエストで出払っている間、正直暇でしょうがなかった。
「ちくしょう。こうしてずっと宿舎に居続けてたら、身体がなまっちまう。……リハビリがてらに、またあそこに行くか」
この2週間、アレスはそうした思いの元、この5つ星のホテルの中で過ごしていたのである。
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実はアレスはここのところ、プロポリスに外出禁止令を言い渡されていた。
『おい、アレス。いいか。お前はしばらくお留守番だ。ステータスが元に戻るまで、絶対に外に出るな。もし約束をやぶったら、どうなるかわかってるよな?』
彼がステータスオール1になってしまったことが公になると、良からぬ者から襲撃を受け、人質を盾に金品をありったけ要求される可能性があるからとのことだった。アレスを筆頭に冒険者パーティーヒポクラーンには、これまでの功績のこともあって、莫大な資産を有している。それも国家予算並みの莫大な。それらの財産を守る目的はさることながら、何よりアレス自身の身の安全を考えた上でのプロポリスなりの決断だった。
『わ、わかった。そうするよ』
アレスはプロポリスに対して、こう言わざるを得なかった。
ちょっと前までは、アレスがプロポリスらに対して、強くモノが言える立場だった。しかし今となっては、完全に序列が逆転してしまった。パーティーのリーダーは、実質プロポリスだった。アレスにとって、これは屈辱以外の何物でもなかった。
「今頃、あいつら、ドラゴンスネークを討伐してるところだよな。俺抜きでも、上手くやってんだろうな……」
ここのところ、討伐依頼は、プロポリスとジュリー姉妹の3人で受けるようになっている。その状態でもきちんと、以前と変わらない水準で、成果を出し続けていた。そのため、最近パーティー内で、アレス・ゴットバルト不要論が囁かれ出している始末だ。これは5つ星のホテルの従業員が、アレスの元に来て、こっそり教えてくれたことだった。何でもホテル内にある会議室でそのような話があったとか。当然、アレス本人は招かれていない極秘の会議だった。
もしその話が事実であるなら、アレスは近いうちにパーティーから戦力外通告を言い渡されてしまう可能性が高い。現に戦力にならないアレスがメンバーから抜けたとしたら、一人当たりの報酬の分け前も自ずと増えることとなる。既存のメンバー3人にとっては、悪くない話である。そうしない手はない。
「まずいな。このままじゃ、俺、戦力外通告だ」
こうした事情もあって、アレスは日を追うごとに、パーティーにおける自身の立場が危うくなっているのをひしひしと感じていた。現在は女神の加護の効果によって、戦線から長期離脱中の彼だが、だからといっておとなしくホテルでお留守番をしているわけにはいかなかったのである。早いとこ、女神の加護から解放され、元のステータスを取り戻す必要があるのである。とてもじゃないが、プロポリスの忠告を律儀に聞き、お留守番をしている余裕など全くないのである。
「すいません。ちょっと外出します。これチップです。……くれぐれも俺のパーティーメンバーには、俺が外出してることは言わないように」
ホテルのフロントマンおよび従業員や清掃員に至るまで、金に物を言わせ、口封じを徹底させた状態で、彼は外出するのであった。
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彼の行き先は、ここのところ決まってビギナーズエリアだった。場所はアスピリッサ郊外にある広大な平原で、主にスライムや虫系といった初心者冒険者が経験値稼ぎをするためのエリアとなっている。今の彼の実力だと、良くてアマチュア冒険者がせいぜい狩れる程度の魔物しかまともに相手できない。故にアレスはこのエリアに通う羽目となっている。
ビギナーズエリアに集う冒険者は、そのほとんどがFランク冒険者以下のアマチュア冒険者が大半だ。(※俗に言うボーダーフリー冒険者と呼ばれている)
そんな初心者でも、楽に狩れる低ランクの魔獣しか、ほぼほぼ生息していないエリアなため、ひとたび、そのような場所に世界最強と謳われているSランク冒険者が現れようものなら、
「おいおい。あれって、勇者パーティー"ヒポクラーン"のアレス様だよな!? なんでこんな場所にあの勇者様がいるんだ!?」
「すごい、あれが本物のアレス・ゴットバルト様か! やっぱ俺達とは面構えが違うな! 強者の威厳をビンビンに感じるぜ!」
このように嫌でも周りの冒険者から注目を集めてしまう。何度も言うように、本来このような場所は、職業冒険者(プロ冒険者)が立ち寄るような場所ではない。そのため、これは仕方のないことだった。
だがこのような状況下であっても、アレスは引き下がれなかった。
「くそう。実にやりにくい。ただのリハビリだって言うのに」
一刻も早く、彼はステータスオール1の状態から脱却したいと思っていた。女神の加護のせいで、ステータスがオール1になったからと言って、日々の鍛錬まで怠るつもりはアレスにとって、毛頭なかった。何がどうであろうと、実戦感覚を遠のかせたくなかったのだ。
「いざ、参る!」
このように元Sランク冒険者であるアレスは、他のアマチュア冒険者の目がある中で、ちまちまと初心者用の魔獣狩りに勤しんでいたのであった。