第十六話「失意のステータスオール1」
アレスに例の悲劇があってから、彼は手と膝をつき、絶望に暮れていた。女神には「世界を救わなきゃいけない」といった理由でその場からトンズラされ、彼からしてみればまさに天に見放された気分だったに違いない。
「アレス、体調は大丈夫? 痛いところとかない」
そんな彼の様子に、真っ先に声をかけてくれたのは妹クリスティンだった。普段はアレスに対して、さほど気にもかけない態度の彼女が、こうしてメンバーの誰よりも先に気遣う様子を見せてくれたのは、意外なことだった。アレスが厚意で、彼女に屋台で売っていたレモネードやお菓子を、労いを込めて奢ろうとした時も決まって、「気を遣わなくていいから」とそっけなく断ってくるほどの彼女が。
「ああ、ありがとう。クリスティン。身体が極度に重たいのと、息切れしやすくなったこと以外は特に問題ない」
アレスは彼女の厚意を感謝すると共に、自身の今置かれた状況を伝えた。
「そうなんだ。まさか女神の加護を授かっただけで、こんなことになるなんて」
クリスティンは涙ながらにそう言った。まるで自分のことのように悲しんでくれるクリスティン。アレスも思わずもらい泣きしそうになっていた。普段からそっけない態度で接してくる彼女がいざという時、このように同情する姿勢を見せてくれたことが、彼にとって何より嬉しかったのである。
一方そんな妹に対して、筋肉馬鹿のプロポリスはというと、
「なんだよ、アレス。せっかくお前と筋肉勝負できると思ったのによお。そんなステータスじゃお話にならんぞ、ったく」
ひどく配慮に欠ける発言をしていた。やはりこいつの脳内は筋肉で出来上がっているらしい。
「ちょっとプロポリス! 口を慎みなさい! なんてこと言うの!」
この筋肉馬鹿の軽率な発言に、妹クリスティンは真っ先に怒った。アレスはこの時、“いいぞ、もっと言ってやれ”と、心底そう思っていたに違いない。
「でも本当のことじゃねえかよ。これからどうすんだよ。こいつ抜きで、前衛は俺1人だぞ? このままじゃパーティー崩壊すっぞ?」
プロポリスはアレスがステータスオール1に陥ったことよりも、まずパーティー全体のバランスのことを気にかけているようだった。それに対して、妹クリスティンは、
「だからって、それ今しなきゃいけない話? 場をわきまえなさいよ。アレスが今、大変なことになってるんだから、まずそれをどうするか、みんなで考えようよ」
妹クリスティンは、感情赴くままにプロポリスに対して、そう怒鳴りつけた。売り言葉に買い言葉であるかのように、プロポリスも応戦した。
「まあ待ちなさいよ、2人とも。今、ここで言い争ったって、何にもならないって。アレスのステータスのこともそうだけど、まずはこんなところから早く去って、アスピリッサに戻りましょうよ。こんなところ、いつまでも居たくないし。話はそれからでも遅くはないんじゃない?」
姉アリシアがひどく真っ当なことを言ったところで、2人は渋々納得し、言い争いは収まった。普段からあまりまとまりのない冒険者パーティーではあったが、リーダーのアレスの未曾有のピンチにパーティーメンバーが危機感を覚えたのか、珍しくリーダーの彼以外の意向で意見がまとまっていた。
この冒険者パーティーヒポクラーンは、アレスがメンバーの中で随一のチート能力を持ち合わせていることで、かろうじてまとまっていたパーティーだった。普段はメンバー間、あまり仲が良くなく、討伐依頼を達成した後ですら打ち上げで飲みに行くこともなく、仕事だからと仕方なしにつるんでいるだけといった、まさしく仕事とプライベートを典型的に分けるタイプのそれだったのだ。業務以外で関わることは基本的にあり得ない。そういう提案をもしアレス側からしようものなら、こっちから願い下げといった形で問答無用で断られてしまう。いくらパーティーメンバーに男女が居たとしても、決して仲良く行動できるとは限らない。お互いの性格の合う合わないは誰にでもある。
まあのそような話はさておき、ひとまずメンバー間でひとまず意見はまとまり、一行はアスピリッサに帰ることにした。
妹クリスティンが転移魔法で行きしな、カッペ山頂上までひとっ飛びした時のように、再び指先で円を描くと、地面に紋章が現れ、紋章の範囲に居たパーティーメンバー全員、身体ごと、地面に吸い込まれていったのだった。
それから長い間、天体の中みたく幾多の流れ星が集う光の空間を、彷徨っていく中で、ようやくアスピリッサ冒険者ギルド前に帰ってくることができたのである。
しかしその後、アレスは女神の加護によって魔法防御力のステータスを1にされた影響からか、妹クリスティンによる転移魔法の魔法負荷に耐えられず、アスピリッサに到着して早々、その場でぶっ倒れ、意識を失ってしまったのである。
それからの話は言うまでもない。アレスが意識を取り戻した後も、彼にかかった女神の加護による効果は1週間経ってもずっと残り続け、元のチートレベルのステータスを取り戻すことはなかったのである。
ステータスオール1のためか、彼はその後の魔獣討伐の帯同もプロポリス達から断られるようになってしまい、ますますパーティーの中で立場を失っていったのであった。