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第十五話「世界最強から、世界最弱の始まり」

 そしてそれからある程度時間が経ったところで、雨雲は収まり、また元通りの天気に戻っていった。女神が魔法を詠唱している間、突然アレス達は目を開けていられないほどの激しい雨に打ち付けられていた。アレス達はその場に立っているのがやっとで、ただただそんな人間離れのした現象を傍観している他なかった。

 そして長かった女神の詠唱が終わり、雨が止み、再び太陽が雲から顔をのぞかせたところで、


「さあ受け取ってなの! 私からの女神の加護! この暖かい光に包まれ、あなた達の体内に吸収されたら、ステータスが10倍になってるなの!

 あとでステータスカードを確認してみてなの」


 そう言うと、まもなくして女神を包んでいたまばゆい光が、アレス達に一斉に注がれ始めた。やがて彼彼女らの体内に、放射された光が吸収されていった。女神曰く、これで女神の加護の付与の全ての行程が完了したとのことだ。


「これで、加護の付与は完成なの。ほらほら早く、ステータスカードを取り出してみてなの! 私からの加護の効果がちゃんと反映されてるはずだから!」



 女神から以上の説明を受けてから、まずアレスより先にプロポリスとジュリー姉妹が、懐から各々のステータスカードを取り出した。プロポリス、ジュリー姉妹がそこに記載されているステータス値を確認する。カードを見るや否や、彼彼女らは驚いたように目を見開いており、


「うひょー!! 俺の筋肉、さらに磨きかかってるぅー! すげー! 女神の加護は本物だ!」

「アリシアお姉たま、やったわ! わたしの遠距離魔法、威力がすごく上がってる!」

「クリスティン! わたくしも、わたくしも! 固有スキル”アリシア・ド・アロー”の効果範囲が、信じられないくらい広がってる! すごい、こんなこと初めて!」


 メンバーのはしゃぎ様は尋常ではなかった。Sランク冒険者がたかだかステータスが上がった程度のことで、ここまで手放しに喜ぶこと自体、とても珍しい。元々高ステータスである彼彼女らがちょっとやそっとの上り幅で、喜ぶような連中ではないことぐらいアレスは理解している。

 これらのメンバーの反応を見て、アレスは“こいつは期待しても良さそうだ”と期待に胸を膨らませていた。ちなみにアレスは、イチゴのショートケーキを食べる際、締めのイチゴを最後まで残すタイプの人間だ。彼は元々そういう性格のため、女神から加護を付与されたこの時もあえてステータスカードを見ず、先に他のメンバーの反応を見てから、数値を確認しようと思っていた。彼は楽しみを最後まで取っておくタイプなのである。


「アレス、早くお前もステータス確認しろよ! 俺とお前の筋肉、どっちが数値高いか楽しみだ! 早く勝負しようぜ! 筋肉勝負だ!」


 生粋の筋肉馬鹿プロポリスはここでも、アレスに対して恒例の筋肉勝負を吹っかけてきた。いつもアレスは例のプロポリスから筋肉勝負と称して、腕相撲や大岩転がしのバトルを申し込まれることがある。ここまでの通算成績はアレスの199勝0敗。アレスの圧勝である。純粋な筋肉の見た目は断トツで、プロポリスに軍配が上がる。ただしプロポリスの筋肉は量が多いだけで、無駄が多い筋肉でもあった。一方のアレスは質の良い筋肉で、一切の無駄がない使える筋肉だ。だが当のプロポリスはそんなのお構いなしと言わんばかりに、自身のステータス値の上り幅を見て、今度こそアレスに勝てると踏んだのだろう。またまた筋肉勝負を吹っかけてきたのである。

 その彼の申し出にアレスは、やれやれと表情を浮かべたまま以下のように答える。


「はいはい、わかったわかった。待ってろよ。この数値を確認したら、すぐ相手してやっから」


 と言った後に、アレスも遅ればせながら、自身のステータスカードに目を通した。しかし期待とは裏腹に、彼の数値は想像を絶する出来となっていたのである。


「……はっ? ステータスがオール1? 物理攻撃力1、物理防御1、魔力1、スタミナ1、メンタル1。ん、ん、ん? おい、女神。これって何かの間違いだよな? 俺の数値、全部そこら辺にうじょうじょ居る村人Aみたいになってるんだが?」


「えっ?」


 女神は拍子抜けと言わんばかりに、実に情けない声を出していた。もちろん傍から聞いていた、プロポリスとジュリー姉妹もあっけに取られた様子だった。アレス自身が、冷やかしとか面白くない冗談を言い出したとでも思っているのかもしれない。しかしながら、確かにアレスのステータスカードは彼の言う通り、物理攻撃力1、物理防御1、魔力1、スタミナ1、メンタル1のステータスオール1なのである。まごうことなき事実だ。


「おい、このステータス値を見ろよ。ステータスがオール1じゃねえかよ。しかもよお、俺の今まで保有していた特殊スキルも全て、バッテン印がついてらあ。これどういうこと? 使用不可ってことになってんだが!」


 女神も含めヒポクラーンのメンバーも彼の言葉の真偽を確かめようと、彼のステータスカードをのぞきに来る。


「ほ、ほんとだ。あの~女神さん? これってどういうこと? 私といい、妹といい、プロポリスといい、ちゃんとステータス10倍になってたわよね? なんでアレスだけ、こんな雑魚ステータスになってるの? これお笑いなの?」


「う~ん、さあね。なんででしょう」


 女神は事の重大さがわかっていないのか、あっさりとそう答える。アレスからしてみれば、たまったものじゃない。ステータスオール1とはそれすなわち、冒険者稼業の廃業も検討に入れなければならないほどの絶望的な数値。この数値ではそこらへんに居る雑魚モンスターですら、一発で失神KOにさせられるレベルだ。まさに彼にとって、今後の進退に関わる問題なのだ。


「……しかも何だか、体が急に鉛みたいに重くなってきたぞ。あと全身の関節が、まるで鉄の塊みたいにガッチガチに硬くなってきた。柔軟性がすっかりなくなって、ちっとも身体が言うこと効かなくなってるんだが! 

 おい、女神。これはどういうことだ! ちゃんと俺にもわかるように説明してくれ!」


「えーー、そんなこと私に言われても訳ワカメなの! 私は確かにあなた達にステータスアップの加護を授けたはずなの! それが何で、よりによってあなただけがデバフになってるの? それは本当に訳ワカメなの!」


「うっせえ! 訳ワカメとか寒いこと言ってないで、何とかしやがれ! とりあえず何でもいいから、早く元のステータスに戻してくれ!」


「わ、わかったなの! 何とかやってみるなの! じゃあとりあえず、あなたに付与した女神の加護を解除してみるなの! その場から動かないでね。スキル“リリースオブ女神の加護”なの!」


 当の女神はアレスの要請を受けて、自身が授けた加護の解除を試みた。それは何度も何度も。アレスがステータスカードを確認し、ステータスオール1から元のステータスに戻ったのを確認するまでずっと。しかし女神の奮闘もむなしく、一向にアレスのステータスは最弱値のオール1のままだったのである。


「嘘だろ……。やめろ! 俺は世界最強のSランク冒険者と名高いアレス・ゴットバルトその人なんだぞ! なんでそんな俺が、女神から加護を授かっただけで、そこいらの村人Aと同じステータスになっちまうんだよ! あああああ!」


 彼を除くプロポリス、ジュリー姉妹の3人は、しっかりと“女神の加護”の付与効果でステータスが10倍もアップしていた。それに対し、アレスだけはその恩恵に一切あやかれることなく、あらゆるステータス値がオール1と化してしまった。


「おい! ふざけるな女神! いつまで時間かかってるんだ! 俺のステータス、早く元に戻しやがれ!」


 アレスは何度も女神に文句を垂れていた。

 一刻も早く、この女神に”女神の加護”を解かせ、輝かしき元のステータスを取り戻さねば、と彼は内心非常に焦っていたのである。これまでの充実した日々が、たかだかこの女神のクソな加護のせいで、全てを台無しにされかかっているから、仕方ない。


「わ、わかってるの! ……でも、何度やったって駄目なの! 改善の兆しがまるでないの! これはお手上げ状態なの!」


「おい! 俺を危篤の病人みたいに言うな! もう手遅れです、とかそういうことで済まされる問題じゃねえんだよ!」


 当の女神は引き続き何度も”女神の加護”を付与し直してくれているが、一向に女神の言うように改善の兆しが見られない。



 その後も、あ~でもない、こ~でもないと女神が加護の解除に手を尽くしてくれたものの、結局アレスのステータスは元に戻らなかったのである。

 ……以上のように彼アレスは、全てのステータスがオール1となるデバフ効果、言わば女神の加護ではなく、“悪魔の呪い”にかかってしまった。

 無論、今までの人生の中で、彼がこれだけ最悪なデバフ効果にかかったことはない。

 しかも助けてくれたお礼として、この女神がわざわざ彼に授けてくれた加護だから、尚更たちが悪い。


「ごめんなさいなの! せっかくのわたしの加護が、どういうわけかあなただけにはマイナスに働いたみたいなの!

 本当にごめんなさいなの! わざとじゃないから!」


「うるせえ! ごたくはいいから、早く俺から”女神の加護”を解け! しばき倒すぞ!」


「ひいいい! そんなに怒らないでほしいの! 本当にわざとじゃないの!

 たぶん、あなたの体質がわたしの”女神の加護”を受け付けなかっただけだと思うの! 

 加護に対する拒否反応が出ちゃったから、あなたのステータスがオール1になったんだと思うの!

 ……でも安心してなの!  

 確か一週間もすれば、女神の加護は自然に消滅するようになってるはずだからなの!

 だからそんなに焦る必要は、たぶんないと思うの!

 一週間経てば、あなたのステータスはちゃんと元に戻ってると思うから! たぶん!」


「たぶん! じゃねえよ! そんな曖昧なこと言って、誤魔化してんじゃねえよ! しかもよお、一週間!? 一週間も待てるわけねえだろ! このクソ女神がぁ!

 その間、俺はどうやって金稼げばいいんだよ!

 こんなステータスじゃ、高額クエストだってろくに受けれねえよ!

 その責任はどうしてくれるんだぁぁぁ! どう落とし前つけるつもりだぁぁぁ! これは訴訟問題に発生する事案だぞ!!」


「ひいいい! 怖いの! 怒ったあなたの顔、とっても怖いの!

 あなたがいくら加護が解けないからと言って、わたしに怒鳴り散らしたって、もうどうしようもないの!

 だって実際、ステータスがオール1になっちゃったんだから! なっちゃったものはしょうがないの!」


「うっせえ! 本当に悪いと思ってんなら、言葉よりもまず行動で示せ! 

 さあ、早く再開しろ! 今すぐ俺から女神の加護を取り出せ! 俺を元に戻せ!」


「ひぃぃぃ! もう無理なものは無理なの! 仕方ないの!

 ……じゃあ、さようなら! 私これからやることがあるの!」


「はあっ? この期に及んで何を言い出すんだ! 逃げる気か!?」


「違うなの! わたし、女神としての果たすべき使命があるの! 魔王によって、苦しめられている世界を救わなきゃいけないなの!

 200年の空白を埋めるため……女神の務めをこれから、しっかり果たしに行かなきゃなの!」


 童顔巨乳の女神は、ステータスがオール1となったアレスのことを放置し、とっととその場からずらかる気でいた。


「おい! 待ちやがれ、女神! まず世界を救う前に、俺を救いやがれ!

 俺を村人Aにしたまま、どっかに行こうとしてんじゃねえ!

 せっかく過去にタイムリープして、夢の世界最強の冒険者になれたのに! 俺の夢を台無しにする気か! こんなしょーもないことで!」


「あなたが過去とかタイムリープとか何言ってるかよくわかんないけど、とにかく私はもう行かなきゃなの! ではさようなら! 今後のご検討をお祈りするなの! 頑張ってね!」


 アレスの渾身の叫びもむなしく、女神はそそくさとその場から姿を消してしまった。ステータスオール1状態のアレスをその場に残して。


 プロポリス、ジュリー姉妹は結果、大幅にステータスが上昇した。

 が、それに対しアレスは、女神に加護の力でステータスをオール1にさせられ、挙句の果てに、彼が保有していたあらゆる特殊スキルも、その全てが使用不可となってしまった。

 彼の相棒である”オリハルコン・神殺しの大剣”は筋力の低下により片手で持てなくなるばかりか、両手ですら一切持ち運べなくなり……。他にも”火炎の術”や”氷結魔法”、”攻撃、防御、召喚、空間魔法”など、彼がこの世界にタイムリープしてきた当初から、すでに習得していた特殊スキルや能力等々が、全て使用不可となってしまったのだ。


 アレスは、あの”女神の加護”のせいで、一夜にして世界最強から世界最弱へと落ちぶれていったのである。

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