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第十一話「術後の副作用」

 ひとまず長旅の疲れを取るため、アレス達はカッペ山の麓でキャンプを立てていた。妹クリスティンが固有スキル“キャンプクラフト”を発動させ、砂のドームを作っている。今現在メンバーのみんなは、そこに入って一休みしているのだ。


「おい! アレス! お前はいったいいつまで俺達を休ませんだよー!」


 休憩中、例の筋肉馬鹿プロポリスはアレスに対して文句を垂れていた。


「即死級のトラップがこの先たくさん待ち受けてるかどうか知らねーけどよ、そんなの関係ねえ! 強引に突き切ってしまえばいいだろー!

 だからグズグズしてねえでさっさと登っちまおうぜ! 俺様の筋肉もそうおっしゃってる!」


 例の彼は早く山を登りたいのか、まだかまだかとこのようにいきり立っているのだ。

 “さすが生粋の筋肉馬鹿。またまた無茶なことを言いやがる”というのが彼に対するアレスの心情だ。出発前にギルドの職員からあれだけ「こちら側からの攻撃は一切通じません。罠にハマったら最後です」と例の“即死トラップ”の危険性について強調されていたにも関わらずだ。当の彼はそんなの知ったこっちゃないといった態度なのである。


「まあ待て、プロポリス。早まるな。山を登るにしてもだな、作戦会議がまだ済んでねえだろ。山を登るのはその後だ」


 アレスは向こう見ずな彼を冷静になだめる。


「あいよ、今日の所はリーダーのお前さんの意見に従わせていただきますわ」


 少々ふてぶてしくはあるものの、一応納得してくれた。毎度毎度筋肉馬鹿の彼を説得するのは骨が折れる作業なのである。


「……じゃあ、まあそういうわけで、アリシアとクリスティン。お前らの意見を聞きたい。このカッペ山、どう登る?」


 後先考えず無鉄砲で突撃するしか脳がない彼をおとなしくさせたところで、アレスは次に姉妹にカッペ山攻略についての意見を求めた。

 するとジュリー姉妹の姉アリシアが、さっき川辺で獲った生の魚をムシャクシャと頬張りながら、以下のように答える。


「それならクリスティンに頼めばいいんじゃない? 妹ってば、紋章魔法使えるでしょ? それで一気に大元のボスのところまでひとっ飛びすればいいんじゃないかな?」


「あの紋章魔法で俺達ごと、移動させるってことか。なるほど……。

 でもそれって前例がないよな? やれんのか、それ」


 姉の言う通り、妹クリスティンは紋章魔法の使い手で、辺りに結界とやらものを張ることができる。そしてその結界の範囲内にある障害物を瞬間的にどこか別の場所へと移動させることができるのだ。しかし妹が紋章魔法を過去に使っていた場面は、台風でなぎ倒された樹木の他に土砂や大岩といったものをどかす時のみであった。その魔法が人に対して使われている場面をアレスは見たことがなかった。したがって前例のない提案にアレスは不安を抱いていると思われる。まあ無理もないだろう。

 そんな彼の不安をよそに当の妹はというと、


「わたし、できるよー! だって天才だもん!」


 元気よくそう答えていた。そこに一ミリの迷いもなかった。


「はえー、あっそう……。お前って本当にオールラウンダーだよな。ぐうの音もでねえわ」


 妹が使いこなせる魔法は数知れず。風魔法で空中移動もできれば、爆炎魔法で幾多の魔獣を瞬時に丸焼きにし、おまけにヒーリングといった後方支援魔法にも長けている。


「えへへー。私ってばすごいでしょ!?」


 妹は舌を出しながらウインクする。何とも小悪魔的というか、計算高くあざとさを感じさせる照れ方だった。こうやって妹はことあるごとに、誰かに褒めてもらいたがる傾向がある。


「はいはい、すごいすごいー」


 アレスは妹の特性を理解しているのか、いつものように塩対応である。こういう相手をあまり図に乗らしてはいけないというのがアレスの心情である。案の定、妹はアレスの冷めた対応に不満げなのか、頬をブクッーと膨らませていた。


「もう!」


 妹は少し不機嫌になったところで、次に姉に以下のように話しかけた。


「お姉たま、食事は済んだ? 済んだらその骨ちょうだい。また私が処分しておくからねー」


 妹は姉が魚を食べ終えたのを見るなり、そのような提案をした。


「はいはい。じゃあお願いね」


 姉は、魚の骨を妹目掛けて雑に放り投げる。

 妹は宙に放り投げられたその骨を見るなり、指先でちょちょいと、まるでオーケストラの指揮者のような指使いで円を描いた。すると妹の指先から紋章のようなものが現れ、姉の放り投げた骨がその紋章に吸い込まれるかのようにして、跡形もなく消えてしまった。


「はえー、毎度のことながらスゲーなその紋章魔法。お姉たまの残飯処理が、その魔法1つで出来ちまうもんな。ぐうの音もでねえわ」


 アレスが感心するのも無理はなかった。

 こうして妹の紋章魔法でゴミを処分する際は、その転移先は完全にランダムらしく、場所指定は一切しないとのことだ。妹が言うには「どこか別の街にあるどこかの公共のゴミ箱に飛ぶようになっている」とのことらしい。その話だけを聞くと、ほぼ道端へのポイ捨てと同じようにしか思えてならないというのが、アレスの心情だ。

 まあそんな特性を持つ妹の紋章魔法だが、アレスは最終確認として妹に対し、以下のことを尋ねた。


「お前の紋章魔法で、山のてっぺんまで飛んでいくとして、どれくらいかかりそうだ?」


 素朴な疑問を妹にぶつける。


「うん。まあ、10秒もあればいけるんじゃない? 理論的には問題ないと思うよ」


「理論的にか……。お前が理論的って言葉を使うのも、なんだか不安になるな」


「大丈夫だって、アレス。私の魔法に間違いはないし、命の危険が危なくなることないと思うよ」


「命の危険が危ないですか……。そういうことをサラッと言ってしまうあたり、不安になるんだよな」


 妹は普段から理論がどうかとか、学者めいたことは一切言わない性質だ。基本毎日お気楽というか、目の前に蝶々が通り過ぎようものなら、真っ先に追いかけるくらい、脳みそがお花畑なのだ。故にますます信ぴょう性が怪しく思えるのだ。アレスが妹に対して厳しい追及をしていたところ、姉がまるで助太刀をするかのように次のことを言った。


「まあカッペ山の魔獣とかトラップがそれだけヤバいって、例のギルドの人も言ってたくらいだし、それだったら、ここは妹に一任したらいいんじゃないかな?

 ……まさかアレス、妹の魔法のことを疑ってるの? まさかねー。あはははは。何度も何度もこのパーティーの危機を救ってきたのに?」


 姉がここにきて妙に乾いた笑いを浮かべてきた。アレスの妹に対する発言が許せなかったらしい。いくら彼がヒポクラーンのリーダーという立場であっても、妹のことに関すると姉は急に眼の色が変わる。何とも妹思いの姉である。


「ま、まさかー。そんなわけないじゃないか。はははは。クリスティンのことは信じて疑わないぜ!」


 アレスもひとまず愛想笑いを浮かべていた。有無を言わさぬ姉の態度。ここは空気を読んで合わせた方が無難だと、アレスは思っていたに違いない。


「じゃあアリシアもこう言ってることだし、クリスティン。頼めるか? 紋章魔法」


「いいよー」


 妹から了承を得られたところで、早速全員、ダンジョン攻略の準備を始めた。そして俺含め全員、出発の準備を完了させたところで、


「よし、それじゃあ頼みますわー、クリスティン」


 俺が妹にそう言うと、


「は~い。じゃあみんな、紋章魔法発動させるよ~! 心の準備はいい?」


 妹の問いかけに対し、全員首を縦に振ると、


「ありがとう。それじゃあ、行くよ! “紋章魔法第二級・テレポーテーション”!」 


 先ほど姉の残飯処理をしていたのと同じように、妹は再び指先をオーケストラの指揮者のようになぞりだした。すると瞬く間に紋章が地面の上にくっきりと現れる。時間が経つにつれて、その紋章が、アレス達4人が全員すっぽり入る大きさまで成長すると、


「みんな、今から地面に体ごと吸い込まれていくから、覚悟しといてね!」


 っと妹が言う。まるでこれから死地に向かうかのような言い方をした後、最後に妹は付け加えるように以下のように言った。


「ちょっと言い忘れてたんだけど、私の紋章魔法。人によっては魔法の負荷の影響で術後に目まいや吐き気、頭痛に胃潰瘍になるかもしれない! だから少し覚悟しといてね!」


「へっ? 目まいに吐き気、頭痛に胃潰瘍だって? おいおい、なんでそんな大事なことを今更になって……」


「ごめんごめん。すっかり忘れてた。まあでも、Sランク冒険者のみんなならきっと大丈夫! だって私達ヒポクラーンは世界一! こんなことぐらい、どうってことないでしょ! 

 そういうことで、みんなよろよろ~」


 最後の最後に来て、妹が至極不安にさせることを言った後に、アレス達はクリスティンの作成した紋章に身体ごと吸い込まれていった。目まいに吐き気、頭痛に胃潰瘍といった術後の副作用のことについて、妹からの突然のカミングアウト。アレス含め、おそらくメンバーのほとんどが不安な気分にさせられたと思うが、それでも問題なくカッペ山の山頂にはたどり着くことができた。

 山頂に到着するなりアレスは、


「ク、クリスティン! すげー! ほんとにワープ出来ちまったよ! 仰天だ!」


 まるで航海士が新大陸を発見したのと同じようなテンションで、アレスはそう声を上げた。それだけ妹は離れ業をやってのけたのである。山の頂上から地上を見下ろすと、さっきまでアレス達が滞在していたキャンプが雑穀米のように小さく見えた。


「これはすげー! 大革命だ! まさか魔法でこんなことができるとはな! すげーや!」


 あまりの離れ業にアレスはテンションアゲアゲだったのである。


「でもよ、それだったらなんで最初の移動の時から、この紋章魔法使わなかったんだよ。そうすれば、俺達が馬車に2週間も揺られることもなかったのに……」


 アレスが率直な疑問を口にしていた、その束の間のことだった。恐れていた事態が、ここに来て起こってしまったのである。


「うううう、ぎぼぢわるい。うげぇぇえ」


 体に異変が起き始め、アレスはこの紋章魔法が使われた代償と言うべきか、先ほど妹クリスティンが言っていた目まいや吐き気、頭痛に胃潰瘍といったありとあらゆる副作用がドッと波のように押し寄せてきたのだ。


「ゲンゲロゲー! ぎぼぢわるい……」


 妹クリスティンを除くメンバーも全員、術後の副作用に苦しみだし、中には地面をのたうち回っている者も居た。


「グゲー! オロロロロ……。やべー! 俺様の筋肉が二日酔いを起こしてるぞ!! 助けてくれ!」


 生粋の筋肉馬鹿の意味不明な言動はさておき、紋章魔法の瞬間移動の代償はあまりにも大きかったのである。


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