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第一話「俺は冒険者になりたい」

「お母ちゃん! 俺、アスピリッサに行って冒険者になりたい! そんで金をじゃんじゃん稼いで、畑と山を買いたい!

 だからお願いお母ちゃん! 俺を都会に行かせてくれよー!」


 小さい頃からの彼の夢。それは大都会アスピリッサで冒険者になることだった。帝国コンキスタ随一の港湾都市アスピリッサで冒険者となり、大金を稼いだ暁には、アスピリッサの一等地で大きな畑と山を買う。片田舎(辺鄙な村)の少年ことアレスは、生まれてこの方、そんな都会ドリームを抱いていた。


「はあっ!? あんた、なんばいっとっとねっ!? アスピリッサに行って冒険者になって、畑と山を買うだって? 完全に井の中の蛙やんけね!

 そんなのうまくいくわけなかろうが! 冒険者なんてごく限られた人しかなれんし、ごく一部の人しかそれで飯食っていけねーんだわさ!

 あんたみたいな世間知らず、アスピリッサに行ったって、どうせすぐに野垂れ死ぬさね!

 やめときな! このバカチンが!」


 冒険者になるため、生まれ故郷を出たいといった話を、アレスが持ち掛ける度、母はいつも猛反対してくる。アレスにとって母はまさに鬼親毒親だった。普段はいつも物優しく、畑仕事に精を出している彼にキンキンに冷えた水を差しいれてくれるし、彼が母の好物のハチミツをタンスから盗み出し、コソコソと舐め回していても、ちっとも怒らないくらいだ。

 まあ要するに、そんな豊満な大地のような広い心を、母は持っていると言える。

 だがしかし、アレスが冒険者に関することを口にした時に限り、母はまるで、家の近くに特大の雷が落ちてきたかのように怒りを露わにしてくる。ふくよかで一見穏やかそうに見える母の形相も、その時に限っては、ゴブリンやゴーレムのように大変いかめしくなる。

 そういうわけで相変わらずアレスは、母に都会行きを反対されている。今日という今日もアレスは、家の玄関前で、都会に行きたいという旨を必死に訴えているが、肝心の母は首を縦に振ってくれない。


「なんでだよ、お母ちゃん! このわからずや! 俺は冒険者になってあの領主みたいにでっかい畑とでっかい山を持って、優雅な暮らしをしてみたいんだよ! 大都会のあのアスピリッサで!」


「このバカチンが! そもそもあんたみたいなバカチンに、冒険者やってそげいな大金稼げるわけないっさね! 都会を甘く見とったら、あかんぞよ!

 いくらあんたが強力な魔法を使えるからと言っても、それはここだけの話さね! 

 都会に住む冒険者連中はあんたなんかよりも、もっともっと戦闘力があって、もっともっと強力な魔法を使えるに決まってるさね! そのことちゃんとわかっとう?」


「お母ちゃん! わかってないのはお母ちゃんの方だよ! 俺は都会の奴らなんかより断然強い! 都会の奴らなんて俺からしてみれば屁でもないよ! 本当にわかってないなー。お母ちゃんは俺のことを見くびりすぎなんだよ!」


「このバカチンが! そういうのを自意識過剰って言うさね! 身の程知らずも大概にするさね! あんたみたいなバカチンが都会の奴らより強いわけないっさね!

 この身の程知らず、身の程知らず!」 


「全然身の程知らずじゃないやい、お母ちゃん! だって俺実際、毎日畑を荒らしにくる魔獣をたった一人で殲滅できるんだよ!?

 魔獣なんて人間が束になってかからないと、そもそも追い返すことすら中々できないのに、それを俺は全部1人でやってのけてるんだよ? 

 いくら世界広しと言えども、そんなことができるのって俺くらいだと思うんだけどなー」


「呆れた! あんた本気でそう思ってるのさね!? そもそもワテらみたいな田舎者、都会に行ったところで通用するはずがないっさね! 世の中そんなに甘くないっさね!

 あんたみたいな身の程知らずなら特にそう! 都会に行ったって絶対に失敗するさね! やめときな、絶対にやめときな!」


 ……こんな感じで、都会行きを猛反対されている彼。世の中は甘くないだとか、田舎者は都会に行っても通用しないとか、そんな言葉を彼は、今まで耳がタコになるくらい聞かされてきた。彼にとって、母は石頭というか、とにかく頭が硬すぎて、目の上のたん瘤のような存在になってしまっているのだ。長年田舎に住み続けると、こうした狭い価値観に囚われ、誰もがトコトン頑固になってしまう。ホント田舎の良くないところといったのが、彼の心情である。


 そんな寂れた田舎町に住むアレスは、普段鍬や鋤を手に、地元の領主に与えられた土地を耕し、生計を立てている。領主らに土地を借りて、生計を立ててもらっているその対価として、アレスの家族は、定期的に麦や野菜などの作物を、彼らに納め続けている。だがしかしその生活は、決して裕福とは言えず、いざ一生懸命畑を耕しても、得られるのは領主達からの雀の涙ほどの見返りだけ。労働と対価がまるで見合っておらず、その結果、家族だけが負担を強いられ、いけ好かない田舎の領主だけが私腹を肥やしている。実にけしからんというのが彼の心情だ。

 そういうわけで、彼は生まれた時から、そんな領主らの駒のような生活を強いられていることに対して、不満を持っている。生まれた時から、まるでそのことが宿命づけられている感じが、たまらなく嫌なのだ。


 人生50年時代と言われる昨今。彼もつい先日、25歳の誕生日をこんな寂れた田舎の中で迎えた。彼が住んでいる田舎町には、都会のアスピリッサのように、空飛ぶほうきに跨って空中を移動する人達も居なければ、近所の茶店に集まり、精霊を連れながら魔法談義をするような人達すらいない。寂れに寂れ、本当に何もないのがまさしく彼の生まれ故郷と言えるのだ。

 彼は残りの人生を、そのような寂れた町で過ごしたいとは、これっぽっちも思っていない。

 いけ好かない田舎の領主らに、ペコペコと頭を下げ続けることも、奴らの生活をただ支えるためだけに、作物を納め続ける日々もまっぴらごめんだと思っている。そんな領主らに虐げられ続ける人生を送っていて、いったい何が面白いのかまるで理解できないし、一刻も早くこんな惨めな生活から抜け出したいと、彼は切実に思っているのだ。


「いいやお母ちゃん! 俺は絶対に失敗しないね! 世の中なんて言うほど大したことないって! それを俺が今から都会に行って、この手で証明してみるよ! だからいいだろお母ちゃん!? いい加減、俺を都会に行かせてくれよー!」


 彼は都会行きの熱い思いをこれでもかというほど、母に全力でぶつけ続けた。

 しかしその奮闘はむなしく、肝心の母から返ってきた返答はというと、


「それはそれ、これはこれっさね! このバカチンが! それとあんたが都会で通用するかどうかは全く別問題さね!

 あんたはおとなしく、ワテらとここで畑仕事しながらのどかに暮らしていけばいいさね! アスピリッサに行って、無理に冒険者になる必要性がどこにあるさね!?

 人は命が一番大事さね。わざわざ危険を冒して、都会に出なくていいさね!

 ……さあ、そろそろ畑の見回りの時間が来たさね! ほら、とっとと畑の様子を見てきんしゃい! このバカチンが!」


 母はそう言うなり話を切り上げると、家に引っ込んでしまった。まもなく玄関のドアにはカギがかけられ、彼はポツンと1人、家の外に取り残されてしまったのである。

 そんな余所者みたいな扱いを実の親から受けても、彼は全く心折れることなく、引き続き、家の外から何度も声を上げ続けた。しかし肝心の母はというと、うんともすんとも言葉を返してくれなかったのである。

 

「クソ、もうお昼の時間かよ!」


 家の中からは、カレーを煮込んでいる匂いがほんのりと、外まで漂っている。

 カレーは彼の好物だ。もうこうなってしまえば、こちらから手の出しようがないのである。


「お母ちゃん! ……クソ! あのわからず屋め!」


 結局今日も彼は、頑固で石頭な母を説得しきることができなかったのである。

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