8話
あたしは翌朝の午前6時頃に目が覚めた。
ふわぁと欠伸をしながら掛け布団をはね上げて腕や肩を伸ばす。コキッと骨が鳴り身体がちょっとは解れる。それをした後でふと辺りをキョロキョロと見回した。
……あれ。ここはどこだっけ?
思い出した。ここは皇宮だ。昨日は夜会があって。皇太子殿下の婚約者選定のために開かれていた。
そいであたしは何故か来ていたオースティンやサラに絡まれたんだ。激高したサラがいきなりあたしにワインを掛けてきて。そして後で2人は連れて行かれてあたしは駆けつけた皇太子殿下――ルーカス殿下に客室へ行くように言われた。
メイド達が甲斐甲斐しくお世話をしてくれたんだった。お風呂に入れてもらい、夜着まで貸してもらって。んで皇宮に一泊して今に至ると。
……両親やギリアム兄上は凄く心配しているだろうな。そこまで考えていたらドアがノックされた。
「……おはようございます。お嬢様。お目覚めですか?」
「……おはよう。ええ。さっき、目が覚めたところよ」
「そうですか。では。失礼します」
ドアが静かに開かれた。スージーや昨日にお世話してくれたメイド達が入ってくる。あたしはベッドから降りた。スージーが歯ブラシや歯磨き粉、コップに洗顔料、タオルを手渡してくれる。洗面所はどこかを訊いてみた。
「……洗面所は。寝室の奥に2つのドアがありますよね。そちらの内、右側のドアがそうです」
「ありがとう」
お礼を言って寝室の奥にあるドアで右側を開けた。確かに洗面所があり中に入る。まずは手渡された洗面セットを脇に置く。コップを手に取り蛇口を捻って水を出し、中に入れた。歯ブラシを手に歯磨きを始めた。
しばらくして歯磨きを済ませたら口の中を何度かコップの水でゆすいだ。歯ブラシをすすいだりもしてから脇にまた置く。洗顔セットにあったヘアピンで前髪やサイドを留めた。髪紐で一束ねにもする。出した水で顔を濡らし、洗顔料が入った容器を取る。蓋を開けて適量を出したら閉めた。水を加えて洗顔料を泡立てる。それで洗顔も済ませたら顔をゆすぐ。
「……あー。さっぱりした」
そう呟きながらタオルを取り顔の水気を拭き取った。ほうと息をついた。ヘアピンや髪紐を外したら洗顔セットを持ち、洗面所を出る。寝室にてスージーが待ち構えていた。
「お嬢様。歯磨きや洗顔は終わったようですね」
「ええ。何から何まで悪いわね」
「……殿下のご命令ですから」
スージーは苦笑いしながら言った。あたしはこれ以上は言わない方がいいなと思う。スージーを困らせるだけだ。
「なら。次は着替えね」
「はい。殿下がイブニングドレスを選んでくださっていますので。そちらをお召しになってください」
「わかったわ」
頷くとスージーやメイド達が動く。夜着を脱ぎ、コルセットを装着した。ぎゅうぎゅうに締め上げられて悲鳴をあげたが。パニエは控えめにしてイブニングドレスを着付けてもらう。それは濃い紫ではなく淡い水色のタートルネックで長袖のドレスだった。ちなみにエンパイアラインの上品な一品だ。
「……これ。殿下の」
「……こちらをと殿下はおっしゃっていました」
スージーはそれだけを言った。これは。殿下の瞳の色じゃないの。これって暗に自身の色を纏わせたいという殿下の意思の表れとかじゃないわよね。そう思いながらもされるがままになるしかなかった。
お化粧水などを塗り込み、マッサージをしてもらう。メイクもしてヘアセットをして。気がついたら時刻は午前8時頃になっていた。
「お嬢様。朝食を召し上がりになりますか?」
「そうねえ。軽くは食べたいわ」
「でしたら。今からお持ちしますね」
スージーはにっこりと笑いながら客室を出ていく。他のメイド達は気を利かせて壁際に控える。食前にと出された紅茶を飲みながら至れり尽くせりだと思った。紅茶自体、香り高く味もすっきりしていて高価な品だとわかる。
あたしはメイド達や皇太子殿下の意図がわからず、ため息をつく他なかった。
朝食を軽くすませ、とうとう帰る時刻になる。スージーが皇宮の停車場まで案内してくれた。何でも皇家の馬車で送ってもらえるらしい。あたしは恐縮しきりだ。
待たせてあった馬車に向かう。するとどなたかが騎士や侍従らしき人々を引き連れてこちらにやってくる。よく見るとルーカス殿下だった。
「……クリスティーナ殿!」
「……殿下」
あたしが呟くと殿下は足早にあたしの近くにまで来た。そうして驚くべき事にいきなり跪いてみせたのだ。
「……クリスティーナ殿。私は君を一目で好きになってしまった。どうか私の妃になってくれないか?」
「……え。妃ですか?」
「ああ。唐突にすまないが」
あたしはあまりの事に言葉が出ない。それでも何か答えを口にしないと。
「……わ、わかりました。私でよろしければ。お願いします」
「……クリスティーナ殿。ありがとう」
あたしはそっと殿下に片手を差し出した。すると殿下はあたしの手をギュッと握る。にっこりと満面の笑みを浮かべた。それにしばらくは見惚れてしまうのだった。