7話
ルーカス殿下は茫然としていたオースティンやサラを睨みつけた。
ツカツカと近づくとオースティンに言い募る。
「……確か。君はイアシス侯爵子息のオースティン卿だったね。何故、
クリスティーナ殿はワインをかけられたのかな?」
「そ。それは」
「答えられないのかい?」
「……隣のサラ嬢がやりました」
「そうか。なら。衛兵達。この者達を外へ連れて行け!」
ルーカス殿下がそう言った途端、オースティンとサラはやってきた衛兵達に囲まれた。衛兵は素早く2人の両腕を掴むと連行する。最初は何事かを喚いていた2人だが。殿下が冷たく睨むと怯えたのか口を閉ざした。
2人が連れて行かれると会場は静寂に包まれる。
「……クリスティーナ殿。今すぐに着替えた方がいい。メイド達を呼ぶから」
「……すみません」
「謝る事はないよ。客室にすぐに案内させるから」
ルーカス殿下が言うと。急ぎ足で数人のメイド達がやってきた。
「……彼女にお湯を使わせてあげてくれ。後、着替えなども頼むよ」
「……承知致しました」
「さ。行きなさい」
ルーカス殿下はあたしの背中を軽く押した。軽くお辞儀をするとメイド達と共に会場を辞したのだった。
メイド達の内、一番年上なのがスージーと言うらしい。まあ、今は寒いのでこのままでいたら間違いなく風邪をひく。スージー達は速歩きで客室へ案内してくれる。けど身体はガタガタと震えた。確かに外は雪が降っていないとはいえ、凍りつきそうなくらいに気温が低い。会場から一番近いらしい客室にたどり着く。
「……お嬢様。今日に付き添っていらしたのはどなたか教えてください」
「……ああ。兄のギリアム・アルペン卿よ」
「左様ですか。後でお嬢様が皇宮に滞在なさるのをお伝えしますね」
あたしはとりあえず頷いた。スージーはすぐに客室のドアを開く。他のメイド達もテキパキと動いた。
「急いで湯浴みをなされるように準備を致します。それまでは少々お待ちくださいませ」
「わかったわ。何から何までごめんなさいね」
「……謝罪の必要はございません。では」
スージーは軽く一礼するとパタパタと走って湯浴みの支度を始め出した。あたしは客室の隅でぼんやりと待った。
あれから20分と待たずに脱衣場へと通された。ストールやドレスを脱ぐ前に、イヤリングやネックレスにブレスレットを外してもらう。ヘアピンやヴァレッタなども。
そうしてからストールを外してドレスを脱いだ。幾枚も重ねたパニエやコルセットなども脱いで。生まれたままの姿になったらスージーが片手を握って引いてくれた。
「さ。湯浴みをしましょう」
「そうね」
頷いて付いて行く。スージーは浴室の椅子にあたしを座らせてくれる。そうした上で洗面器に浴槽に張ったお湯を掬い、あたしの身体にかけた。何度か髪や全身にすると。まずはスポンジに石鹸をつけて泡立てる。それで身体から洗ってくれた。適度な力でされる。はっきり言って軽くマッサージされていて心地よい。うっかり軽く寝てしまいそうになった。
次に髪の毛を洗ってもらい、全身泡まみれになったが。スージーはまた洗面器でお湯をかけ、髪や身体をすすぐ。まんべんなくすると髪の毛の水気をタオルで優しく拭いた。
「全身は洗えました。御身体が冷え切っていますし。お湯に浸かってください」
「ありがとう」
あたしはお礼を言って椅子から立ち上がりお湯に浸かる。お湯には何かが入っているらしく良い香りが鼻腔をくすぐった。
「……お湯にはラーヘンというハーブの香油が入れてあります。気持ちを落ち着かせてくれるのですよ」
「そう。本当に良い香りね」
「気に入って頂けて良かったです」
スージーはそう言ってにっこりと笑う。あたしはしばらくお湯に浸かっていた。
のぼせない内にとお湯から上がり髪や身体の水気を拭く。メイド達が軽く香油やクリームなどでマッサージもしてくれた。そうしてから下着や夜着も着せてくれるが。
……え。夜着?
ちょっと待てい!なーんで夜着――ネグリジェを着せてんのよ。あたしを泊まらせる気か?
本気かよ。あたしは戦慄しながらもされるがままになっていた。
その後、客室にある寝室にまで案内された。スージー達は「お休みなさいませ」と言って退出していく。既に髪も温風魔法で乾かしてあるが。ほうと息をついた。
(……皇太子殿下はどういうつもりなのかしら。あたしは構わないけど。殿下が世間で何を言われるか)
ちょっと心配にはなる。ベッドまで歩いていったら。寝室のテーブルには軽食にとレモン水とサンドウィッチが置いてあった。たぶん、あたしが夕食を食いっぱぐれたと向こうは気づいているのだろう。有り難くサンドウィッチをちょっとだけ摘んだ。レモン水を水差しからコップに入れてゴクゴクと飲む。
ふう。お腹はちょっとは満たされた。コップをテーブルに置く。ベッドに歩いていき、端に座った。
カーテンは閉め切ってあり部屋の中は適温に保たれている。これなら風邪はひかない。あたしは再びため息をついてベッドに上がり潜り込んだ。
眠りについたのだった。