13話
卒業記念パーティーの会場に到着した。
あたしのエスコートはルーカス様がしてくれている。馬車から降りた際に手を貸してもらったし。今回は断罪されることもない。イザベルにはギリアム兄上が側にいるはずだ。ヒロインのサラは既に退場したようなものだし。
それでもちょっと不安ではあった。あまりにも物事が順調に進み過ぎているというか。あたしは馬車から降りるとルーカス様と一緒に会場内に入った。
「……ティナ。どうした?」
「……いえ。ちょっとこれからの事が心配になっただけです」
「そうか。けど。せっかくのパーティーだ。楽しんだらいいと思うぞ」
あたしは頷いた。確かに彼の言う通りだ。そう思いながら足を進めた。
ルーカス様と一緒に会場内を歩いていたら。あたしに近づいてくる人物がいた。よく見るとルーカス様の弟君の第二皇子であるレイモンド殿下だ。ルーカス様はあたしより3歳上で21歳で。レイモンド殿下は19歳だったはずだ。
「……兄上。卒業記念パーティーにいらしていたんですね」
「ああ。レイモンドか。そうだ」
「側にいる女性はどなたでしょうか?」
レイモンド殿下は赤みがかった紫色の瞳をこちらに向けながら問いかける。表情は訝しげだが。
「こちらは。婚約者のクリスティーナ・アルペン嬢だ。アルペン伯爵の娘さんでもある」
「あ。かのギリアムの妹御ですか」
「そうだ。ララベルの騎士だったギリアムの妹だよ」
やはりギリアム兄上はルーカス様やレイモンド殿下の覚えがめでたいらしい。陛下や皇后陛下も兄上の名前をご存知だったし。
「……初めまして。アルペン伯爵が娘でクリスティーナと申します」
「ああ。初めまして。クリスティーナ嬢。僕の婚約者のエレナから話は聞いているよ」
「ソルバー侯爵令嬢ですか。確か。学園でクラスは一緒でした」
「そうなんだよ。エレナが言っていたんだ。クリスティーナ嬢が兄上の婚約者に選ばれて凄く驚いたって」
「……まあ。そうなんですか」
あたしが驚きながら言うと。ルーカス様が割り込むように前に立った。
「もういいだろう。ティナ。行くぞ」
「えっ。ルーカス様?」
ルーカス様はそう言ってスタスタと行ってしまう。あたしは慌てて追いかけた。どうしたのだろうか。首を傾げたのだった。
ルーカス様は会場を出た。そのまま庭園へと向かう。あたしは仕方なく後を付いて行く。空には綺麗な満月が出ていた。
「……ティナ。君はレイモンドとは初対面だろう」
「……ええ」
「なのに。私よりも親しげなのは何故だ?」
ルーカス様は蒼い瞳を細めながら問うた。あたしはそれを見つめながら逡巡する。どう答えたものか。
「……レイモンド殿下を特別に見ているわけではありませんよ。あたしが特別に見ているのはあなただけよ」
「ん?あたし?」
「元はこういう言葉遣いなんです。あたしには前世の記憶もありますし」
「……そうだったのか。君に前世の記憶がね」
ルーカス様はそう言うと一歩あたしに近づいた。あたしはしまったと我に返る。ルーカス様の表情はわからない。満月が風に流された雲に隠された。
「ティナ。君の名は何だい?」
「……里奈子。相原里奈子よ」
「リナコか。それが前世の名なのか」
ルーカス様はそう言うと。黙り込んだ。あたしも口を噤む。気まずい時間がしばし流れた。
雲が晴れてまた満月が姿を現した。ルーカス様はこちらを振り向く。
「……ティナ。いや。リナコさん。行こうか」
「はい」
ルーカス様は先程と同じようにあたしに腕を差し出す。あたしはそれに手を添えて歩き出した。
会場に戻ると探していたのかイザベルとギリアム兄上の姿があった。
「あ。ティーナ!探したのよ!」
「ベル。心配をかけたわね」
「それはそうよ。ルーカス殿下がご一緒で良かったわ」
「イザベル嬢。悪いね。私がティナを庭園に連れ出したんだよ」
「まあ。そうでしたか。何事もなくて良かったです」
イザベルはほうと息をついた。けどルーカス様は口元は笑っているが。目が笑っていない。あたしはヒヤリとしたのだった。
しばらくしてパーティーはお開きとなる。結局、ルーカス様とダンスはしなかった。あたしはほっとしたが。
帰りの馬車にルーカス様と乗り込む。あたしが座るとルーカス様は隣に腰掛けた。
「……リナコさん。あなたはいつ頃からティナの中にいたのかな。訊かせてもらえるかい?」
「……あたしがクリスティーナさんに転生していると気づいたのは。去年の春頃です。それまではあたしは日本で暮らしていたはずでした」
「ニホン。聞いた事がないな」
「それはそうでしょうね。あたしもホワイティ皇国という国名は聞いた事がありませんでした」
「ふむ。けど。あなたは私や他の人々の名前も知っていたようだが」
あたしは観念した。ポツポツと前世について説明をする。
ここが前世でプレイしたゲームにそっくりな世界であること、元婚約者のオースティンやルーカス様、宰相の息子や魔術師団長の息子、騎士団長の息子の5人が攻略対象であることにサラが主人公でヒロインなことも。
ついでに日本が魔法や魔力がない世界で代わりに科学技術や医学などがかなり発達していたことなども話した。
そこまでを言うと。ルーカス様は考え込んだ。しばらくはまた沈黙が続いたのだった。