10話
あたしはまんじりとしない中で自室にてため息をついた。
イザベルから思いもよらぬ告白をされてから早くも1週間が経っている。あたしは悶々としていた。イザベルがギリアム兄上を好きな事。兄上に言うべきか否か。
……やっぱり言うべきじゃないわよねえ。ギリアム兄上の恋人はあたしより3歳上の子爵令嬢で名をケレンさんという。綺麗な栗毛色の髪に淡い水色の瞳の可愛らしい女性だ。仕方ない。ギリアム兄上にケレンさんと上手くいっているかをそれとなく訊いてみよう。たぶん、上手くいっているとは思うが。あたしはよしっと小さく気合いを入れた。
まだ、皇都の邸にギリアム兄上は滞在している。訊くなら今がチャンスだ。そう思い、早速兄上の部屋に行く。あたしの部屋から廊下を歩き、角を2つくらい曲がると。兄上の部屋だ。ちなみにお妃教育は今日から5日後に始まる予定だが。
あたしは兄上の部屋の前に着くと。ドアをノックした。
中から返答があったのでゆっくりと開ける。中には入ったが。立ったままであたしは用件を告げた。
「……兄上。ちょっと話したい事がありまして」
「……ティーナの方から来るのは珍しいな」
「はい。単刀直入に言いますが。兄上はセルジ公爵令嬢と私が仲良くさせて頂いているのはご存知ですよね」
「ああ。知っているよ」
「……実は。セルジ公爵令嬢には長年の想い人がいるらしくて。その件で兄上にちょっと相談をしたいのです」
あたしが訊くと。兄上は戸惑ったような表情をした。ちなみに兄上は黒のスラックスに白のシャツという簡素な服装だ。
「ティーナ。セルジ公爵令嬢が誰を好きなのかは訊いたのか?」
「はい。その。兄上らしいです」
「……もしや。カイル兄上か?」
「……違いますよ。ギリアム兄上です」
「え。マジか?!」
あたしはやっちまったと頭を抱えたくなった。何でバカ正直に言っちまうかな。こんな事をしたらかえってややこしい事態になるだけなのに。イザベルの事に首を突っ込む余裕はないのにね。あたしはあっちゃあと額に手を当てた。
「……まさか。イザベル嬢がな」
「ごめんなさい。兄上。ケレンさんというれっきとした相手がいるのに」
「……な。クリスティーナ。お前、何か勘違いをしていないか?」
「勘違いですか?」
「ああ。ケレンは顔こそ綺麗だが。あいつは男だぞ。俺とは色々と噂があったがな。けどケレンには奥方がいる。同い年のな」
「はい?!」
あたしはあまりの事実にまたも開いた口が塞がらない。ケレンさんが男だって?!
しかも奥様がいるですって?
嘘でしょ!
「あ、兄上。ケレンさんの奥方って」
「……やっぱり驚くよな。ケレンの奥方はコリーンさんと言う。なかなかに明るくて朗らかな女性だぞ」
「へえ。お2人はいつご結婚されたんですか?」
「確か。今から5年前だったかな」
「そうですか」
あたしが相づちを打つと。兄上はその後もケレンさんについて教えてくれた。
ケレンさんにはお子さんが2人いて。上の子は4歳で下の子が2歳らしい。奥様のコリーンさんは3人目を懐妊中でケレンさんは毎日、早めに自宅に帰っているとか。
説明が終わると兄上はこう言った。
「……ティーナ。もしよかったら。イザベル嬢に我が家に来てもらえるかを訊いてくれ。彼女には俺から事情を話すよ。後、婚約してほしいと頼んでみるかな」
「あ、兄上?!」
「俺も7つも下の子から好かれるとは思っていなかったが。向こうが受け入れてくれそうなら。婚約を申し込むのもありかなと思ったんだ」
兄上はニカッと笑った。あー、これは完全にイザベルをロックオンしたな。あたしは乾いた笑いを浮かべた。
数日後にイザベルは本当に我が家であるアルペン伯爵邸にやってきた。ちなみに兄上がイザベルに話したい事があるらしいとは知らせてある。彼女は不思議がりながらも了承してくれた。まさか、兄上が婚約を考えているとは知らないイザベルはあたしに笑いかける。
「……今日は私を招いてくれて嬉しいわ。ティーナのお邸に来るのも久しぶりね」
「そうね。あの。早速で悪いんだけど。応接室でギリアム兄上が待っているの」
「……ギリアム様が?」
イザベルは心底わからないという表情になる。それはそうよね。あたしは内心で思いながらも彼女を応接室に案内した。
応接室に着くとイザベルとギリアム兄上を2人っきりにさせる。とはいえ、イザベルはまだ未婚の若い女性。ドアは開けてあった。あたしはこっそりドアの影から覗き込む。
「……久しぶりに会うね。イザベル嬢」
「……はい。そうですね」
「その。実は妹からあなたが俺を好きらしいと聞いてね。唐突で申し訳ないが」
「え。どうかなさいましたか?」
「……イザベル嬢。俺と婚約してくれないか?」
あたしは事情を話すんじゃなかったの?と内心でツッコんだ。けどイザベルは黙り込んだままで。非常にびっくりしているらしいのはわかった。
「……あの。これは夢でしょうか」
「夢じゃないよ。ちなみに俺には恋人はいない。ケレンを知っているよな?」
「はい」
「あいつは訳あって女装をしていてな。れっきとした男だ。俺とは恋人同士だとか噂はあったが」
「まあ。ケレン様は男性だったのですね。ではギリアム様と恋人だというのはデマだったと」
イザベルはそう言ってほうと息をついた。
「……わかりました。ギリアム様の申し出は了承します。こちらこそよろしくお願いしますね」
「ありがとう」
「後でティーナにもじっくりと訊いてみます」
イザベルはそう言ったら後ろを振り返る。にっこりと笑っているが。目は「後で覚えてなさいよ」と訴えていた。あたしは冷や汗をかいたのは言うまでもなかったのだった。