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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
9/45

9 若返りの魔法①

 人類の永遠のテーマ。その一つが不老不死である。誰しも一度ぐらいは、ずっと若い姿でいられたらと考えたことがあるだろう。不老不死は不可能だが、若い姿のままでという部分だけなら、解決出来る魔法がある。


 店を訪れたその女性は、ミコトさんを見つけるなり駆け寄ってきた。

「あの、ここで魔法を売っていると聞いたんですけど」

「取り扱っておりますよ。どうぞ、お掛けになってください」

 座りはしたものの、女性はじれったそうにミコトさんを見た。

「慌てなくても、魔法は逃げませんよ。アヤさん、事典を」

「はい」

 わたしは棚から魔法事典を取り出して、テーブルの上に置いた。

「この魔法の事典は、貴方の心の内にある願いを察知して、最適な魔法を示します」

 ミコトさんが説明するのに合わせて、ページが勝手にめくれ、とある魔法を示す。ミコトさんはいつものようにカードにペンを走らせた。


 ご注文 No・008 若返りの魔法

 現金でのお支払い 3万円/日

 時間でのお支払い 1日/日


「……若返りの魔法?」

 彼女はカードを見ながら呟いた。

「貴方の望みを解決する方法は、大切な方に『過去の姿』を見せること。事典はそのように教えているようです」

 ミコトさんの言葉を聞いて、彼女は中空を見つめて考え込んでいたが、急に立ち上がった。

「なるほど、そういうことですね。売ってください、今すぐ!」

 ミコトさんが迫力に押され気味の様子で、その顔を見上げている。

「ご説明しますから、ひとまずお座りください」

 わたしはなんとかなだめて彼女を座らせ、三通りの支払いの方法を説明する。


 一つ目は寿命。未来の時間を代価とする方法。

 二つ目は労働。わたしも選んだ、現在進行形の時間を代価に充てる方法。

 三つ目は記憶。過去の時間を代価とする方法。


「寿命でお願いします」

 彼女はほとんど悩むことなくそう答えた。

「この魔法は、使い切りの魔法です。若返る年数分の寿命を失うことになりますが、よろしいのですか?」

「もちろんです。まだ、二十年程度の寿命なら、残ってますよね?」

 彼女は即答した。見た目は四十代くらいだろうか。女性の平均寿命を考えれば大丈夫だとは思うが、心配になる。

 ミコトさんは砂が青い方の砂時計を取り出して、彼女に差し出した。

「代価分の寿命が残っているか、確認させて頂きます。これを手のひらの中に握ってみてください」

 前に見たときもそうだったが、誰かの寿命を測るという行為は、心の奥がギュッと痛む。

「誰かのために、自分の寿命をなげうつ覚悟、素晴らしいと思います」

 ミコトさんがそう言って、優しく微笑んだ。誰かのため、という言葉がひっかかり、わたしはつい、横から口を挟んでしまった。

「あの、それってどういう意味ですか」

「わたしの母、認知症なんです。今ではわたしのことさえわからなくなってしまって」

 彼女は、自分と母親の事を話してくれた。彼女の名前は花崎マナミ。母親とは姉妹のように仲が良い間柄だったが、五年前に認知症を患ってしまう。マナミさんは看病を続けてきたが、最近になって症状が酷くなってしまったらしい。

「若返りの魔法で病気前の状態に戻すということですね」

「いいえ、若返りの魔法は病気を治す効果はありません」

「じゃあ、どうやって……」

 わたしが首を傾げていると、彼女の砂時計を握っている手から僅かに光が漏れた。

「測り終わったようですね。お返し頂けますか」

 ミコトさんが、受け取った砂時計をランプの明かりに照らす。

「結構です。十分な寿命を確認しました。では、契約の間へ参りましょう」

 砂時計をテーブルに置いて、ミコトさんはすぐに立ち上がった。その動きがあまりにも早いので、わたしはつい、呼び止めた。

「もういいんですか? もう少し確認した方がいいんじゃないでしょうか」

「何を確認するんですか?」

「いえ……」

 ミコトさんはわたしの言葉など意に介さない様子で、マナミさんを促して、テーブルの前に立つ。わたしは慌ててその側に駆け寄った。

「では、参りますよ」

 ミコトさんが天井に人差し指を向けて、円を描く。現れた光の輪がわたしたちの頭上から降りてきて、契約の間へと誘った。


 銀色のフレームの鏡が置いてある、質素な部屋。この店で働き始めて二ヶ月になるが、ここを訪れるのはまだ二回目だ。最初に入ったのは、わたしが魔法を契約した時。他のお客様は、みんな魔法を契約する前に満足して帰ってしまったのだから、当然ではあるのだが。

 要するに、わたしは寿命を対価とした魔法の契約に立ち会ったことが無い。当のマナミさんは少し緊張気味に見える程度だが、わたしは気が気でなかった。人の寿命が目の前で無くなる事に、どうしても抵抗感が拭えない。

 ミコトさんはそんなわたしの心配などどこ吹く風で、鏡に向かって祈りを捧げた。


『今この時より、この者に魔導の力を分け与える。契約せしめるは、若返りの力なり』


 天井のステンドグラスから降り注ぐ光が、マナミさんを包む。契約が、成されてしまったのだ。

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