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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
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7 運気誘引の魔法①

 時に人は、思いもよらない不運に見舞われる。傘を持っていない時にゲリラ豪雨に遭ったり、バッグが壊れて財布を落とした日に、ヒールの踵が折れたりするのだ。

 もし、人生で訪れる幸運の量が決まっているのなら、うまくコントロールして、ここぞという時に幸運を集中出来ればどんなにいいか。魔法辞典には、それに近い魔法が存在する。

 『運気誘引の魔法』。魔法習得に払った代価を、そのまま運気に変換する。この魔法は、どのぐらい代価を支払ったかで使える時間や効果が変わる。


 その若い男性はキリヤと名乗った。包帯で右腕を吊った状態で、顔にもいくつか擦り傷がある。交通事故にでも遭ったような姿だ。

「お見苦しい格好ですみません」

 しきりに恐縮している彼の前で、魔法辞典のページがパラパラとめくれていき、『運気誘引の魔法』を示した。いつものように、ミコトさんがペンを走らせる。


 ご注文 No・116 運気誘引の魔法

 現金でのお支払い 36万円/日

 時間でのお支払い 15日/日


「この魔法は使い切りになります。お買い上げ頂いた日数分を使用されたら、魔法の力は失われます」

 彼はミコトさんが差し出したカードに視線を落として、難しい顔をしている。

「『運気誘引の魔法』は、その人の運気を最大まで引き上げます。運気とは、幸運を引き寄せ、不幸を退ける力の事です」

 ミコトさんの説明を聞いていた彼は、不安気に目を伏せた。

「僕にそんなものがあるんでしょうか。自分で言うのもなんですが、僕はとことん運がないんです。この怪我だって、たまたま落ちてきた植木鉢を避けたら、その先のマンホールの蓋が開いていたんですよ」

 話しながら、彼はとても悔しそうに眉をしかめた。確かにお気の毒ではあるが、マンホールに落ちて、腕の怪我程度で済んだのならば、むしろ幸運なのではという気もする。

「なるほど、ご自分は不幸体質だと感じられているわけですね」

「そうです。この手のエピソードには事欠きませんよ」

 彼は妙にいきいきして答えた。

「では、運気がどういうものか、実際に体験して頂きましょうか」

 そう言って、ミコトさんは引き出しから細長い化粧箱を取り出して蓋を開けた。中にはシンプルな銀色のネックレスが入っている。

「これは運気を高めるネックレスです」

 ミコトさんがにこやかな表情で紹介しているが、わたしは少し心配になった。巷にはこういう系統の怪しい商品がある。ただでさえ普通とは違うお店なのに、変な勘違いをされたりしないだろうか。

「これをつけて、一日過ごしてみてください。運気が上がったことを実感出来るはずです」

「本当ですか」

 彼は目を輝かせてネックレスを見つめた。どうやら、ものすごく信じやすい性格のようだ。わたしの心配は杞憂のようだが、別の意味でちょっと心配になってくる。彼はネックレスをじっと見つめていたが、恐る恐るミコトさんの方をうかがった。

「でも、これも高価なものなんでしょう?」

「いいえ、あくまで運気を体感して頂くのが目的ですので、気軽にお持ちいただいて結構ですよ」

 ミコトさんが微笑むのを見て、彼はようやくネックレスを手に取って、首からかけた。

「少し派手ですね。僕には似合わないような……」

 と、彼が言うやいなや、着信音が鳴った。彼の胸ポケットに入っているスマートフォンから聞こえてくる。彼はディスプレイを確認して、怪訝そうな顔をした。

「どうぞ、お出になってください」

「すみません」

 ミコトさんに促され、彼が電話に出る。

「……はい、黒崎ですが」

 電話の向こうの声ははっきりとは聞こえないが、何か話しているのはわかる。最初は怪しむ素振りを見せていた彼の表情に、段々と驚きの色が見えてくる。

「それ、僕で間違いないですか? そんな応募をした覚えはないんですが」

 彼はしばらく電話の相手とやりとりをしていたが、最後の方はかなり興奮した様子で通話を終えた。

「海外旅行が当たってしまったみたいです」

「それはおめでとうございます」

 ミコトさんがニッコリ微笑む。

「ひょっとして、これが運気なんでしょうか」

「一日は長いですから、ゆっくり確かめられるといいでしょう。ただし、効果は明日の同じ時刻に切れますので、くれぐれもご注意ください」


 彼が帰っていくのを見送りながら、わたしはいつになく不安を感じていた。

「運気って本当にあるんですか? いくら魔法のネックレスでも、つけただけで急に幸運なことが起こるとか、漫画じゃないんですから」

「そう思うのでしたら、あなたも確かめてみますか?」

「……え、わたしがですか?」

 てっきり、いつものパターンで、彼のモニタリングをさせられると思っていたので、わたしは思わず聞き返した。

「わたしの助手を名乗るのなら、勉強しなければならないことはたくさんあるのですよ。このネックレスをつけてご覧なさい」

 ミコトさんがわたしに差し出したのは、紫色のネックレスだった。

「これ、さっきのお客様のものとは違うんですか?」

「そちらのネックレスは、運気が見えるようになるものです。人々の間で運気がどのように流れているのか、体感できると思いますよ。丁度いい機会ですから、明日一日は、研修期間としましょう」

 いつの間にか、わたしは怪しげな研修を受けさせられることになってしまった。

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