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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
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6 時戻しの魔法②

 イチョウの葉が折り重なって、黄色い道を作っている。わたしはイチョウの木が並ぶ遊歩道に立っていた。右手にはミコトさんに渡された懐中時計を握っている。ここが過去の世界なのかどうかは、辺りの風景からは伺い知れない。

 並木道を少し歩いたところで、わたしはアキオさんの後ろ姿を見つけて、声をかけた。

「ここはどこなんでしょうか」

「銀杏公園ですよ。四十八年前のね」

 そう言って、彼は目配せをした。彼の視線の先に、イチョウの木にもたれて天を仰ぐ若い女性の姿があった。長い黒髪のその女性は、少しレトロな花柄のワンピースを着ている。よく見ると、小刻みに肩を揺らしているようだった。

「あの人は?」

「かつての婚約者です」

 そう言って、彼は寂し気な笑みを浮かべてため息をついた。

「この日、彼女と海外に行く約束をしていたんです。お互いの両親に相談せずにね」

 いわゆる駆け落ちということだろうか。わたしがかけるべき言葉を探していると、彼が言葉を繋いだ。

「私は彼女より、家を選んでしまった。彼女を裏切ってしまった訳です」

 泣いている彼女を見つめながら、彼も感情を押し殺しているようだ。

「お話、されないんですか」

「こんな老いさらばえた身で会っても仕方ないでしょう。私は彼女の姿をひと目見れただけで十分ですよ」

 わたしは懐中時計の文字盤を確認した。針は二分過ぎを指している。

「これは幻なんですから、遠慮せずにお話しするべきです」

 わたしは若干強引だと思ったが、女性の方に駆け寄った。

「突然すみません。あなたに会わせたい人がいるんです」

 戸惑う彼女の手を引いて、アキオさんのところへ連れてくる。彼女は彼の姿を見て驚いたようで、口に手を当てた。

「アキオ……さん?」

 アキオさんは一度気まずそうに目を伏せたが、ハンカチを取り出して、彼女の頬を拭った。

「……今更だが、謝っておくよ。すまなかったね、カスミ。絶対に泣かせないという約束を破ってしまった」

 カスミと呼ばれた彼女は、真っ直ぐアキオさんを見据えていた。何かを言おうとしたようだったが、すぐに口を閉ざしてしまった。

 懐中時計の針が間もなく三分を指そうとしている。ミコトさんからは三分経ったら竜頭をひねるように言われていた。それで元の時代へ戻れるという話だったが、こんな中途半端な形で二人が別れてしまうのは忍びなかった。せめて、二人が胸に秘めているものを打ち明けて欲しい。わたしは懐中時計をポケットに仕舞って、二人を見守った。

「私は四十八年後の未来から来たんだ。信じられないだろう」

「いいえ、信じるわ。どう見てもアキオさんなのに、すっかりお爺さんなんだもの」

 カスミさんは目をこすりながら、笑顔になった。

「恥ずかしいな。私だけこんなに歳を取ってしまって」

「そんなことないわ、素敵よ」

 二人が見つめ合っているのを見て、こちらも恥ずかしくなってくる。わたしはその場を離れるため、そっと背中を向けた。

「君」

 急にアキオさんに呼び止められて、わたしは思わず背筋を伸ばした。

「もう、三分経っているんじゃないかね。これはあくまでお試しなんだろう?」

「さあ……」

 とっくに過ぎているのは知っていたが、わたしはとぼけながら懐中時計を取り出した。何故か時計の針が二分五十秒で止まっている。最初は壊れたのかと思ったが、これは、ミコトさんの策略なのかもしれないと感じた。わたしは丁度三分を指したら竜頭をひねるように、としか言われていない。

「まだ、みたいですね」

 わたしは懐中時計をアキオさんに見せた。彼は動かない時計を見て目を丸くしていたが、苦笑しながらわたしに頭を下げた。


 少し離れたベンチでどのくらい待っただろうか。何しろ時計が動かないのだから、知る術もない。そして、二人が何を語り合ったのかも、わたしは知らない。再開したアキオさんたちの表情は晴れやかだったので、きっといいお話が出来たのだろう。

 わたしが懐中時計にもう一度目をやると、それが合図だったように秒針が再び動き出した。

「カスミ、どうか幸せにな」

 アキオさんの言葉にカスミさんがうなずいたのを確認してから、わたしは竜頭をひねった。


「如何でしたか」

 ミコトさんの声でわたしは我に返った。目の前のテーブルにミコトさんが座って微笑んでいる。隣の椅子にはアキオさんがいて、満足そうな表情で頭を下げた。

「とても長い三分でしたよ」

「そうですか。ということは、あまり満足いただけなかったですかね」

 ミコトさんは表情を変えずにそう答える。なんとなく、ミコトさんのやり方が見えてきた。

「カスミはあの後、海外に移り住むことになりましてね」

 アキオさんは宙を見つめてつぶやいた。カスミさんの姿を思い描いているのだろうか。

「大分前にあっちで亡くなったと聞いています。だから、『三分』でも話せて本当に良かった」

 そう言って、アキオさんはもう一度頭を下げた。

「せめてお礼をさせて頂きたいのですが」

 アキオさんが言いかけたとき、チリンと入口のドアの鈴が鳴った。振り返ると、白髪のお婆さんが立っていた。上品な雰囲気を纏う、こちらも素敵な女性だ。

「お待ちしておりました」

 ミコトさんが彼女に声をかけ、アキオさんの方を手で指し示す。彼女はアキオさんの元に歩みよると、優しく微笑んだ。

「……まさか、カスミなのかい」

 アキオさんは信じられないといった表情で、彼女を見上げた。彼女がカスミさんであることはすぐにわかった。若い頃の面影がある。

「わたしが死んだだなんて、ウソですよ。きっと、貴方のご両親が意地悪をされたのでしょうね」

 カスミさんは失笑した。

「……そうだったか。良かった、本当に良かった」

 アキオさんは、何度も噛みしめるようにうなずいた。

「アキオさん、あのときのままね」

「……私にはついさっきの事だからな」

「長かったですよ。四十八年間は」

「そうだろうな。本当にすまなかったね」

「いいえ、貴方も同じ時間、待ったのでしょう。四十八年後に貴方に会えることを信じていたから、わたしも頑張れたのよ。沢山、女を磨いてきたわ」

 カスミさんが手を差し伸べ、その手をアキオさんが取って立ち上がった。

「お帰りになる前に、記念にこちらをお持ちください」

 ミコトさんは、テーブルの端のビンから虹色のキャンディを取り出して、二人に差し出した。

「お世話になりました。貴方がたにも幸せがありますように」

 わたしは、帰っていく素敵な二人を見送りながら、ここで働かせて貰えることに、幸せを感じていた。そうなると、わたしが払うべき代価はいつまでも減らないことになるのだが、それはそれでいいかも知れないと思ってしまった。

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