33 天候操作の魔法①
わたしの学生の頃の記憶。勉強に関してはそれなりに自信があったが、運動面はそうでもなかった。特に球技は苦手で、球技大会などがある日は憂鬱で仕方がなかった。
最初、その少女は迷子なのかと思った。魔法店に続く道の途中で立ち止まって、そわそわしていたからだ。
「こんばんは。大丈夫?」
わたしが声をかけると、彼女は驚いてこちらを振り返った。よく見ると、膝を少し擦りむいているようだった。ハルカちゃんと最初に出会った時のことが脳裏をよぎる。
「怪我してるの?」
「大丈夫です。転んだだけなので……」
「良くないよ、すぐに手当しないと」
わたしは少し迷ったが、彼女の膝に手をかざした。こんなところにいる以上、魔法店のお客様に違いないからだ。
彼女を連れてお店のドアをくぐると、ハルカちゃんが目を丸くしてこちらを見た。
「もしかして、同じ学校の子?」
「うん、隣のクラスの本田さん、だよね?」
彼女はわたしとハルカちゃんを交互に見ながら、うなずいた。
本田フウカちゃんは、ミコトさんの前に座ると緊張した様子でうつむいた。確かにこのお店は、小学生がひとりで来るにはハードルが高い気がする。わたしがジュースを出してあげると、やっと顔を上げてくれた。
「学校に関するお悩みがあるとお見受けします。事典に聞いてみましょうか」
ミコトさんの合図に合わせて、わたしは魔法事典をテーブルに置いた。頁がめくれていき、彼女が必要としている魔法を示す。
事典が示したのは、「天候操作の魔法」だった。
ミコトさんはカードを取り出して、サラサラとペンを走らせる。
ご注文 No・060 天候操作の魔法
現金でのお支払い 480万円
時間でのお支払い 200日
わたしの治癒の魔法と同じ価格と日数。こんな大金を小学生のフウカちゃんが払えるわけは無い。そうなると、時間で払うことになるのだが。
「ミコトさん。わたしはあまり気が進まないんですけど」
「何がですか?」
「こんな小さい子に、時間の価値を判断するのは難しいと思うんです」
わたしが言うと、ミコトさんは真剣な顔になった。
「何かを得るということは、対価を払わなければならないのです。それは立場や年齢に関わらずです」
「いや、それはそうなんですが」
いつになく、ミコトさんが厳しい気がする。
「フウカちゃんはどうしてこの魔法が必要なの?」
「……明日、運動会なんです。わたしは運動が苦手で、きっと失敗しちゃうから」
彼女はハルカちゃんを気にしているのか、か細い声で答えた。
「そっか、雨になれば延期になるもんね」
わたしも球技大会を体調不良を名目にパスした経験があるので、気持ちは凄くわかる。でも、楽しみにしてる子もいるだろうし、自分の都合で行事を中止にするのは問題がある。今日のミコトさんが厳しめなのはそういうことなのかも。
「ハルカちゃんはどう思う?」
「わたしは楽しみにしてたけど、明日の天気予報は雨だったよ」
「あれ、そうだっけ」
わたしは慌ててスマホを確認する。確かに、明日は大雨予報になっている。
「それなら、魔法を使わなくても良さそうだね」
わたしが言うと、彼女は何かを言いたそうな顔をして、うつむいてしまった。何か思うところがありそうだ。
「どうかした?」
「いえ、あの……」
彼女は口ごもりながら、仕切りにハルカちゃんを気にしている。どう聞けばいいのか迷っていると、ミコトさんが代わりに声をかけた。
「魔法とは、陽のエネルギーが起こす奇跡なんです。つまり、正しい心で無ければ、その効果を発揮出来ません。偽りの言葉を使っているうちは魔法は使えない、という事です」
フウカちゃんの目が泳いでいる。何か隠している事があるのだろうか。
「慌てなくても大丈夫です。あなたにとって、一番大切な事が何か、ご自身の心に聞いてみるといいでしょう」
ミコトさんはいつもの柔らかい微笑みを浮かべた。フウカちゃんはしばらく考え込んでいたが、ちらりとハルカちゃんを見てからゆっくりと話し始めた。
「……ごめんなさい。本当はわたしの為じゃないんです。明日の運動会を楽しみにしている人がいるから、中止になると困るんです」
ハルカちゃんの事かと思ったが、二人は親しいわけでは無さそうだ。落ち着いて話を聞くため、わたしはお茶とお菓子の用意を始めた。




