表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
3/45

3 消したい記憶①

 わたしが魔法店の助手になって二週間。今のところ、やるべき仕事は、ほぼ雑用しかない。夜にしか店を開けないので、勤務時間は必然的に深夜帯になる。予想外だったのは、労働に対する賃金が発生することだ。お金を貰ってしまうと、支払うべき対価が目減りしないのか心配したが、特殊な勤務形態に適用するための必要経費ということらしい。そのおかげで、昼間に別のバイトをする必要もなく、わたしは魔法店に勤める従業員として生活をすることになった。

 労働環境自体に不満はないのだが、一つだけ気になるのは、今のところ、一人もお客さんが来ていないことだ。

「明日はお客様がいらっしゃいますよ」

 わたしの心配を見越してか、ミコトさんが優雅に笑いながら言った。

「予約でも入っているんですか?」

「来るべき時に、お客様はやって来るのです」

 わたしの質問ははぐらかされたのだろうか。ミコトさんが言うのだから、間違いないと思えてしまう自分もいて、なんとも言えない気持ちになる。


 翌日の午後八時。ミコトさんに紅茶を淹れていると、入り口の鈴が鳴る音がした。

「あの、すみません」

 消え入るような小さな声だった。眼鏡をかけた細身の女性が、怯えた表情で入り口に立っていた。

「いらっしゃいませ。こちらにお掛けください」

 わたしの時と同じように、ミコトさんが彼女に椅子を勧める。彼女は軽く頭を下げると、椅子に座って背中を丸めた。わたしはハーブティーの用意をして、彼女の前にカップを置いた。

「今日はどのようなご要件ですか」

「ここで魔法が買えるというのは……」

 彼女はミコトさんの顔をうかがいながら聞いた。

「取り扱っておりますよ」

 ミコトさんがわたしに目配せする。わたしは後の棚から魔法事典を取って、テーブルの上に置いた。ミコトさんが手をかざすのに反応して、ページがめくれていく。わたしは先日、この魔法事典を読破していた。ミコトさんの助手をやるために必要な知識になるので、自分用に一冊貰ったのだ。

「なるほど、読心の魔法をご所望ですね」

 読心の魔法とは、人の心を読み取る魔法だ。そんな魔法を欲する彼女の悩みが気になってくる。

「お支払いはどうなさいますか?」

 ミコトさんは、立ち入った事は一切聞かずに、カードにペンを走らせた。


 ご注文 No・095 読心の魔法

 現金でのお支払い 720万円

 時間でのお支払い 300日


 女性はカードを見て少し驚いたようだ。わたしの治癒の魔法よりさらに高い。この価格設定については何も聞かされていないが、どこに基準があるのだろう。

 ミコトさんは、時間で支払う方法と、契約変更のルールを彼女に説明した。この手順は助手のわたしがやるべきかも知れない。わたしは復習の意味も込めて、頭の中で反芻した。


 一つ目は寿命。未来の時間を代価とする方法。

 二つ目は労働。わたしも選んだ、現在進行形の時間を代価に充てる方法。

 三つ目は記憶。過去の時間を代価とする方法。


 さて、彼女はどれを選ぶだろうか。当事者でもないのに、ドキドキしてきてしまった。

 彼女は契約書をしばらく見つめていたが、顔を上げてミコトさんと視線を合わせた。その表情には決意が満ちているように見える。

「記憶で支払いたいです」

 躊躇する様子もなく、彼女は答えた。先程までのおどおどした雰囲気が無くなっている。

「よろしいのですか? 先程も説明した通り、一度失った記憶は二度と戻ることはありませんよ」

 ミコトさんの表情から笑みが消えている。

「構いません。わたしの過去の記憶なんかに価値はありませんから」

 吐き捨てるように彼女は言った。わたしには怒りの感情が混じった口調に聞こえた。

「記憶の価値とは一つの側面からだけではわからないものです。あなたにとって辛い記憶だったとしても、ある人には重要な意味を持つこともあります」

「そんなこと、あり得ません」

 ミコトさんは断言する彼女をしばらく見ていたが、小さくうなずいてわたしに目配せした。

「記憶でお支払いの場合、何点か注意事項がございます」

 支払う方法によっては、細かい注意事項があって、専用の説明書が用意されている。わたしは、棚の引き出しから記憶で支払う場合の説明書を取り出して、彼女の前に置いた。

「失った記憶が二度と戻らない点についてです。例えば、あなたが一年前の今日から、三百日分の記憶を失ったとします。基本的には、その次の日の三百一日目からの記憶は残るわけですが、失った記憶に繋がる事項も連動して思い出せなくなります」

 この点については、わたしも完全には理解仕切れていない。理屈はわかるが、どのぐらいの影響があるのかが推し量れないのだ。

「失った記憶の期間に新しく出会った人がいた場合、その方の記憶を留めて置くことができなくなります。例え、今日の時点で交友があったとしてもです。結果的に代価以上の記憶を失ってしまいますので、この方法はあまりおすすめ出来ません」

 記憶とは時間的に繋がっている。出会った事を忘れると、その人が誰かも、何故一緒にいるのかも忘れる。少しでも失った記憶に関わる事があれば、すべて認知出来なくなるのだ。

「わたしは全部忘れたって構いません」

 詳しい説明を聞いても、彼女に記憶で支払うことに迷いは無さそうだった。余程辛い過去を持っているのだろうか。

「もう一つ説明しておくと、記憶での支払いは、特定の事柄に絞る方法がございます。例えば、特定の人物、特定の場所などです。この場合は、関連する記憶を束ねた結果、代価相当の時間に足ることが条件となります」

「それなら、是非記憶から消したい人がいます」

 彼女は険しい顔をして、両膝の上の拳を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ