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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
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2 契約完了

「魔法のことはわかりました。確認したいのは、支払いのことなんですが」

「時間でのお支払いですね。時間の価値というものは、人それぞれです。例えば、200日の寿命をどう考えるか、それはその方がどのように生きてきたかに直結します」

 そう言うと、彼女はテーブルに置いてあった小さな砂時計をひっくり返した。音もなく砂が落ち始める。

「寿命、労働、記憶。どの方法で支払われるにしても、貴方にとっての貴重な時間に変わりはありません。寿命は未来の時間。いわば時間の後払いです。労働は現在進行形の時間で、時間の先払い。そして、記憶は過去の時間の切り売りです」

 寿命はわかる。単純に生きていられる時間が短くなるだけ。ただし、この場合の問題は未来のことであるからこそ、今のわたしには、その価値の判断がつきにくいということだ。

 労働の場合、今から200日相当の時間を代価として支払うことになる。覚悟した上で働くのならば、心の準備も出来るかも知れない。

 記憶は難しい。200日分の記憶を失ったら、どうなるのだろうか。その間に体験したすべてが無かったことになるとして、その先の時間を生きているわたしにどんな影響があるのだろう。

「労働で支払う場合、どんな仕事をすればいいんですか?」

「我々魔導師の業界は人材不足なのです。労働を選ばれるのでしたら、我々の依頼を受けていただくことになります」

 200日分だから、毎日8時間働いたとしても、600日。休みも考えたら3年近くにはなるか。

「出来れば、すぐに魔法を使えるようになりたいんですが」

「その点に関してはご心配なく。どのお支払いを選ばれても、契約成立の時点で、魔法は伝授させて頂きます」

 そういうことなら、わたしとってはやるだけの理由と価値がある。生活費もバイトしながら稼ぐことになるだろうが。

「それなら、わたしにも出来るかもしれません」

 わたしが答えると、少しだけ彼女の笑みが薄れた。

「注意点をお読み頂いた通り、貴方自身の為に消費された時間は、代価として認められません。つまり、仕事を通して、貴方が何かを得たり、幸福を感じられたとしたら、その時間も代価足りえません。それでもよろしいですか? 申し添えておくと、労働を選ばれて、最後まで労働のみで支払われた方はいらっしゃいません」

 楽しい労働など存在しないという考え方か。確かに、あまり時間がかかり過ぎるようでは困るが。

「先程のお話だと、途中で契約変更も可能、ということですよね」

「可能ですが、その場合は変更手数料が発生します」

 彼女は、文字がたくさん並んだ契約書をテーブルに置いた。彼女がペンの先で指した条項にこうある。


 契約成立後、支払い方法の変更を可能とする。変更を希望するものは、契約時点の代価の2倍を手数料として支払うこととする。


 つまり、途中で変更したら、実質支払いが3倍になるということだ。

「契約の取り消しの場合も同様ですので、ご注意ください」

 そうなると、現金で支払うことも考えた方がいいだろうか。しかし、480万円はフリーターの身には重すぎる。寿命にしても、記憶にしても、妹のことを考えると今すぐに決められることではないし。そうなると、労働しか選択肢が無くなってしまうのだ。

「お決めになられましたか? 一度じっくり考えられてからでも問題ありませんが」

 ここで決めれば、妹の体をすぐにでも治してあげられるのだ。わたしは持ち帰るつもりは無かった。わたしの悩みなど、あの子に比べれば些細なことなのだから。

「いえ、労働で支払わせてください」

「本当によろしいんですね?」

 彼女の顔から初めて笑顔が消えた。その瞳はわたしを見据え、わたしの心の中に迷いがないかを確かめているようだった。

「はい。妹の為に寿命や記憶を失ったら、きっと本人に責められます。かといって、わたしにはすぐにお金も用意できませんから」

「かしこまりました。ではこちらの契約書にサインを頂きます。内容をよくお読みになってください」


 わたしは細かく書かれた契約書の内容を読んだ。大筋は、彼女が説明してくれた通り。ペンを取って名前の欄に署名する。支払い方法の欄の『時間』に丸を付け、『労働』と直接書き込む。彼女に渡すと、署名を確認してから彼女もサインをした。『魔導協会日本支部長 夢名ミコト』と読める。

「これで契約完了となります。それでは、魔法の伝授に移りますので、契約の間へご案内します」

 この店には奥に簡素なキッチンがあるくらいで、他に部屋があるようには見えなかった。彼女はわたしのそばに立つと、人差し指を天井に向けて大きく円を描いた。その軌跡をなぞるように光の輪が現れ、わたしたち二人を囲むほどの大きさに広がった。光の輪はゆっくりと頭上から下降を始め、足元まで下りきったところで消えた。わたしが顔を上げると、いつの間にか、祭壇のある小部屋に立っていた。

「鏡の前にお立ちください」

 祭壇と言っても、銀色のフレームの大きな鏡が置いてあるだけで、何かを祀ってあるわけではなさそうだった。鏡の前に立ったわたしの姿が映っているが、隣に立っている彼女は映っていない。やはり、この人は人間ではないのだろうか。


『今この時より、この者に魔導の力を分け与える。契約せしめるは、治癒の力なり』


 彼女が天を仰いで、何かを唱えた。天井のステンドグラスから光が降りてきて、わたしを包み込む。身体がぽっと暖かくなった後、一瞬だけ全身の神経に電気が走ったような感覚があった。

「魔法が使えるようになったはずです。先程ご覧に入れたように、手のひらから魔法を発動してみてください」

 わたしは自分の手のひらを見つめた。どこも変わったような様子はない。ただ、頭の中でわたしは理解していた。息をするように、わたし自身が魔法を使おうと思えばいつでも使える。上に向けた右の手のひらから光の玉を生み出してみる。これが治癒の力なのだ。


 夜の病院の個室。チューブに繋がれた妹がベッドの上で眠っていた。彼女は信号を無視したトラックから、わたしをかばって事故にあった。頭を強く打ち、意識が戻らなくなって間もなく一年。医者もさじを投げていた妹に、本当に魔法が効くのだろうか。

 わたしは祈りを込めて、妹の頭に右手をかざした。


 別の日の月夜。わたしは再び魔法店を訪れていた。妹の意識が戻ったお礼と、今後の話をするためだ。

「お礼は必要ありません。貴方は相応の代価を支払われたのですから」

 店主は相変わらず、優しい笑みでわたしを見た。

「それで、わたしはどんなお仕事をすればいいんでしょう」

「そうですね。依頼は沢山あるのですが」

 彼女はしばらく砂時計をいじっていた。

「妹も治せたので、わたし、なんでもやりますよ」

「……では、ここで助手をやってみませんか?」

「え?」

 わたしは思わず、彼女の笑顔を見つめ返した。

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