19 記憶の残り香①
昔々、竹の中から生まれた美しい姫は、五人の求婚者たちに難題を出し、退けた。姫は月の世界に帰ったとされるが、その後の姫は幸せになったのだろうか。
「何、たそがれてるの」
お店の窓から空を眺めていたわたしは、マナがいつの間にか隣にいたことに気づかなかった。店から見えるあの月は、月ではないのだという。
「このお店が月の上にあったなんて、信じられなくて」
「魔法が存在するんだもの。わたしはこのぐらいのことじゃ、驚かないよ」
マナが言うと、背後で鐘のような音がして振り向いた。
「ぎゃあ」
マナが叫んで、腰を抜かしたように座り込んだ。恐ろしげな怪物の顔があったからだ。
「ビックリした?」
怪物のお面の下から、ハルカちゃんの顔が現れて、ちろっと舌を出す。
「それ、どこにあったの?」
「ミコトさんの机の上だよ。これと一緒に」
ハルカちゃんはハンドベルのような物を手にしている。
「どこかのお土産かな」
ミコトさんは只今お出かけ中だ。わたしたちは留守番で、お客様が来たら待ってもらうようにと言われている。
「ミコトさんって謎だよね」
「うん、このお店の最大のね。正体はかぐや姫だったりして」
「あはは、かぐや姫は日本人でしょ」
「いやいや、ミコトさんも日本人……だとわたしは思ってるけど」
改めて思い出してみると、ミコトさんの風貌は日本人離れしている。艶のある黒髪に、ミステリアスな瞳。いつもエキゾチックな占い師のような服装なので、中東系の匂いがしなくもない。
そんな話をしていると、今度は入り口の鈴が鳴った。入ってきたのは、ミコトさんではなく、若い男の人だった。
「あのう、こちらは魔法店でよろしいんですよね」
彼は少し気後れした様子で店の中を見渡した。
「ええ、どうぞ。店主が出かけているので、お座りになってお待ち下さい」
わたしが応接用の椅子に案内している間に、マナがお茶の用意を始め、ハルカちゃんがテーブルを布巾で拭く。狭い店内に三人の従業員は多すぎる気もするが、家族経営みたいで少し嬉しくなる。
「あ、それは」
彼は、ハルカちゃんがテーブルから片付けようとした例のお面を見て、声を上げた。
「このお面が何か?」
「お願いしていた物、見つかったんですね! 良かった」
「お客様の物ですか?」
彼にお面を渡すと、ホッとした様子で胸を撫で下ろしている。
「父の形見なんですよ」
こんな不気味なお面が形見なんて、どんなお父さんなのだろう。
「父はいわゆる、UMAを探す冒険家なんです」
「ゆーま? 未確認生物のこと?」
流石、博識のハルカちゃん。興味があるらしく、目を輝かせている。
石橋コウジと名乗った彼は、お面にまつわる伝承を聞かせてくれた。
『使者のお面』を身につけ、夜空に向かって『約束の鐘』を鳴らすと、それを合図に『アカガイ』が現れるという。
オカルト的な伝承のようだが、彼のお父さんは、そんなものを本当に信じていたのだろうか。
「仰りたいことはわかります。でも、父は本気だったんですよ」
お面を見つめて彼は言った。
「『アカガイ』って?」
「僕も結構調べたんですが、詳しいことはわからないんです。伝承自体の出どころも不明で。動物かも知れないし、もしかしたら宇宙人なのかも」
いよいよ怪しい話になってきた。
「子供の頃、『アカガイ』を見るために、父と何度も出かけました。このお面は思い出深い品なんです」
お面と鐘は質に入れられていたらしく、長い間所在不明となっていた。依頼を受けて、ミコトさんが見つけてきたようだ。
「ねえねえ、アカガイ、見つけに行こうよ」
ハルカちゃんが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、彼の服を引っ張った。
「いや、見つけに行くと言っても、条件があるからね。まず、星が見える高い場所じゃないといけないし。今から行くのは……」
「ふふふ、そういうことなら、お任せ下さい。ここは魔法店ですからね」
マナが腰に手を当てて胸を張るので、わたしはため息をついた。
「マナ、ミコトさんに待ってるようにって言われてるでしょ」
「大丈夫だよ、書き置きしとけば」
そう言って、マナはテーブルの上のメモに走り書きをした。
石橋様がいらっしゃいましたので
少し接待をして参ります
マナ
「接待って」
「魔法体験は接待の内でしょ。いいからいいから」
マナは強引にわたしたちを近くに集めると、瞬間移動の魔法を発動した。