表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
18/45

18 見果てぬ夢③

「月面旅行を体験して頂くにあたっての注意事項です」

 実際に月に行くにあたり、ミコトさんは山野さんに書類を手渡した。

「皆さんにも」

 何故か、ミコトさんはわたしとマナ、ハルカちゃんにまで同じ注意書きを配った。


 月面旅行体験規則

 一、探索できる範囲は添付の地図に示す区画のみとする

 一、安全のため、魔法補助具を装着すること

 一、前項の補助具は入場許可証を兼ねるものとする

 一、本体験で知り得た事実は口外してはならない


「ミコトさん、魔法補助具というのは?」

 わたしが聞くのを見越してか、ミコトさんは、ケースに収められた銀色のブレスを既にテーブルに用意していた。

「これは安全地帯の魔法と同等の効果を発揮する、魔法の腕輪です。念の為に身に着けておいてください」

「わたしたちもですか?」

 言われるまま、腕につけてみる。マナが魔法を使った時と同じような青色のオーラが身体を包み込んだ。

「アヤさん、目的地は地図の通りですので、お客様をご案内頂けますか」

「え?」

 わたしは注意書きの裏面を確認した。確かに、『探索可能区画』への道順が示してあるのだが。

「あの、出発点がこのお店になっているようなんですけど」

 ミコトさんはニコリと微笑んだ。


 店のある湖の畔から森の方へ向かう道。いつも通る帰り道なのだが、地図によると脇道があるらしい。

「ここですね」

 知らなければ気づかなかっただろう。道と呼べるか怪しいぐらいの狭い小道が、森の奥の方へ続いている。

 わたしが先頭に立ち、懐中電灯で照らしながら、一列になって進む。少し行くと、森の出口に差し掛かる。

「え?」

 そこで、わたしは混乱した。森の出口の向こうに、何もない荒野が続いているのだ。それも、ただの荒野ではない。灰色の地平線の向こうに闇が広がっている。

「月面……ですよね」

「……ええ。間違いないです」

 後ろでマナがつぶやくと、山野さんがそれに答えた。


 森の入口は、淡い青色に光るベールのようなもので覆われていた。そっと手を近づけると、魔法補助具が反応して輝く。

 このブレスは入場許可証を兼ねるということだった。わたしは思い切ってベールの向こうに手を入れてみた。魔法に守られている感覚がわかる。

 このまま入っていけそうだったので、わたしは先陣を切って森を抜けた。

「大丈夫みたいです」

 振り返って手を振ると、ハルカちゃんが駆け寄ってきて、その後にマナと山野さんが続いた。


 改めて地平線を端から端までぐるりと確認する。

 それを見つけた瞬間、わたしは息を呑んだ。真っ暗な空の中に、青い星が浮かんでいる。あまりにも現実離れした光景に、言葉を失ってしまう。

「……月は、私の夢だったのです」

 山野さんは青い地球を見ながら、目を潤ませているようだった。

「子供の頃、父親に買ってもらった望遠鏡で、毎日月を見ていました。いつかあそこに行くのだと、根拠のない自信を持ってね」

 彼は少し恥ずかしそうに笑った。

「宇宙飛行士になろうと必死に勉強しました。ところが、選抜試験に受かった矢先に、事故に遭ってしまいましてね。神は居ないのだと、その時は思いました」

 わたしは彼の足に目をやった。彼が事故に遭った直後に治癒の魔法を使えたら、彼の運命も変わったのかも知れない。

「それが、こうしてこの星に立って、この光景を見ることが出来るとは」

 そう言って、山野さんはしゃがみ込んだ。わたしが手を貸そうとするのを遮って、彼は地面に手を付けた。

「地球から見た月はとても神秘的で、私の知らない鉱物や、宝物が沢山眠っているに違いないと期待していたものですが」

「……違いましたか?」

 わたしが聞くと、彼は微笑んで首を横に振った。

「もちろん、気持ちは変わりません。ただ、ここに立って改めて思ったのです。……やはり、私たちの地球こそ美しいと」

「そうですね」

 わたしたちはしばらく、地球の青い姿を眺めていた。


 わたし達が体験したのは、本物の月面旅行だったのか。店に戻ってから、わたしはミコトさんに聞いた。

「どう感じられましたか?」

「わたし、動画で見たことあるけど、雰囲気はそっくりだったよ」

 ハルカちゃんが答える。

「というか、どうして森が月に繋がっているんです?」

「簡単ですよ。貴方がたは初めから月にいらっしゃったからです」

 わたしは一瞬、思考が停止した。

「いやいやいや、月ならここから見えてますよね」

 窓の外の夜空に燦然と輝く満月。そこで、わたしはある引っかかりを感じた。

「……そう言えばあの月、いつも満月ですよね」

「あれは、月ではありません」

「じゃあ、なんだと……」

 わたしが聞こうとすると、ミコトさんは唇に人差し指を当てた。

「月面旅行体験規則の最後の項、お忘れなきよう」


 規則の最後の項、そこにはこうある。


  一、本体験で知り得た事実は口外してはならない


 まさか、このお店があるのは、月の上なんだろうか。わたしが顔をうかがうと、ミコトさんはいつものように優雅に微笑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ