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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
16/45

16 見果てぬ夢①

 妹のマナを加えて、従業員は四人になり、店もかなり賑やかになってきた。それに反して、お客様は全く来ない。

 実際のところ、どうやって切り盛りしているのかは、わたしも知らない。ミコトさんに聞いてみたいのだが、従業員の規定の中に、内部事情に関して詮索をしないという旨の一文があるのだ。

 何か恐ろしい組織なのではないかと勘ぐってしまうが、代価の事もあるので、逆らうわけにもいかない。ミコトさんは優しいし、労働環境にも文句はないのだが。


 マナが従業員となってニ週間程経ったある日、その眼鏡の老紳士は、杖を付きながら店に入ってきた。足に不自由があるようで、七三分けの永瀬さんが補助をしている。

「いらっしゃいませ、山野様。お待ちしておりました」

 ミコトさんが頭を下げるのを見てうなずくと、彼は一歩ずつゆっくりと歩を進めて、椅子に腰掛けた。


 いつもなら魔法辞典を取り出すところだが、今日は既にアポイントがあるようだ。

 彼は姿勢を正すと、上着のポケットから何かのチケットを取り出して、テーブルに置いた。

「お手紙に書いたのは、これなんですが」

「はい、承知しております」

 ミコトさんはチケットを手に取って、裏面を確認した。

「使用期限が今日までとなっていますね」

「ええ、頂いたのをすっかり忘れておりまして」

「……あの、なんのチケットです?」

 わたしが聞くと、ミコトさんは表面を見せてくれた。『優待チケット』と書いてある。

 要するに、通常の代価を払う買い取り方式とは異なり、チケットと交換で魔法を体験出来るシステムらしい。


「ご希望はございますか?」

 ミコトさんが聞くと、老紳士は窓の方を見た。

「……月に行くことは出来ますか?」

「月?」

 わたしとマナは一緒に声を出してしまった。


「月に行きたい、というのがお望みですか?」

 ミコトさんの問いに、老紳士ははっきりとうなずいた。

「いかに魔法と言えど、流石に無茶な願いだとは思っているのですよ。しかし、長年の夢なものでね」

 しばしの沈黙の後、マナが遠慮がちに手を挙げた。

「ミコトさん、わたしの魔法で月に行けませんか」

「瞬間移動の魔法でしたら、距離の制限はありませんので、行くことは可能ですね」

 ミコトさんがニッコリ微笑む。

「お客様、わたしの魔法でお連れ出来るかもしれません」

 マナは得意気な顔で言った。

「ほう、そんなことが出来るのですか」

「実際にお見せしましょう。少しだけお立ち頂いても?」

 老紳士はマナの手を借りて椅子から立ち上がった。

「お試しで、沖縄あたりに行ってみましょうか」

 マナは何故かわたしの手も取って、魔法を発動させた。光る球体に包み込まれたわたしたちは、あっという間に南国の海岸に到着していた。こちらはまだ夕日が沈む間際で、海に伸びる赤い帯が、キラキラと輝いている。

「これは凄い」

 老紳士は感心して目を細めた。

「お嬢さんは本当に魔法使いなんですな」

「はい。まあ、瞬間移動(これ)しか使えないんですけどね」


 魔法店に戻ると、老紳士はヒゲを触りながら考え込んでいた。

「つまり、月まで魔法で瞬間移動する、ということですかな」

「そうなりますね」

「それが可能だとして、月面で活動出来るという保証はしてもらえるんですよね」

「え?」

 マナは調子の外れた声を出した。この子は昔から短絡的なところがあり、後先考えずに行動してしまうのだ。

「瞬間移動の魔法は確かに、身を持って体験させていただきました。しかし、月面に着いた途端に死んでしまっては、困るわけです」

「まあ、それは……そうです……よね」

 途端にマナの勢いが萎んでいく。

「月にはほぼ大気がないのです。限りなく真空に近いと言っていい。そんなところに生身で移動するのですか? 宇宙服を着るか、それと同等の効果を持つ魔法を使う必要があると思いますが、そういう魔法はありますか?」

「宇宙服の魔法……は辞典にはなかったような」

「少なくとも、気圧と気温のコントロール、酸素の供給、宇宙線からの防護ぐらいは出来なければ、どうにもなりませんね」

 マナがすっかりしょげ返っている。ちょっとかわいそうに思えてきた。仕方がないので助け舟を出す。

「要するに、今いるこの場所と同じ環境が保たれれば良いわけですね」

「そのとおりです」

「ハルカちゃん、確かそういう魔法があったよね」

「うん、『安全地帯の魔法』だよね」

 ハルカちゃんは得意気に腰に手を当てた。

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