14 瞬間移動の魔法①
魔法の教科書によると、瞬間移動の魔法は行ったことがない場所でも、行くことが出来る。行き先の大まかなイメージさえあれば、提示される候補の中から絞り込んで、目的地にたどり着けるわけだ。
その女性は、中島エマと名乗った。遠く離れた家族と会うために、瞬間移動の魔法を得たいのだと言う。
ミコトさんはいつものようにカードを取り出すと、ペンを走らせた。
ご注文 No・025 瞬間移動の魔法
現金でのお支払い 600万円
時間でのお支払い 250日
「時間での支払いというのは?」
彼女の質問に答えるため、わたしは契約書を差し出して、三種類の支払い方法を説明した。
一つ目は寿命。未来の時間を代価とする方法。
二つ目は労働。現在進行形の時間を代価に充てる方法。
三つ目は記憶。過去の時間を代価とする方法。
この手順を初めて見るハルカちゃんが、隣で興味深そうに聞いていた。一方のエマさんは、食い入るように契約書を見つめていたが、ふと顔を上げて、わたしを見た。
「あなたなら、どれを選ばれますか?」
不意に質問されて、わたしは言葉に詰まる。
「……そうですね、どの方法でもそれなりに覚悟が必要かと」
店側の人間である以上、無責任なことは言えない。彼女はしばらく答えを待っていたが、ふっと笑みを浮かべてうなずいた。
「……では、寿命で支払います」
また、寿命を選ぶお客様が現れてしまった。二百五十日とはいえ、人の寿命が縮むのは見たくないのに。そんな気持ちが顔に出ていたのか、エマさんはずっとわたしを見ていた。
エマさんが小さな砂時計を握って、残りの寿命を測っている間、わたしはずっと落ち着かなかった。彼女は若いし、何もなければ二百五十日の寿命も大したことはないのかも知れない。しかし、自分が契約するとき、わたしはどうしても割り切って考えることが出来なかったのだ。
時は金なり。時間とは、とてつもなく貴重なものだと考えて、わたしは生きてきた。
「そろそろいいでしょう」
ミコトさんが手を差し出し、エマさんが砂時計を返した。中を観察するミコトさんの瞳に、ランプの明かりが映り込む。いつもなら、にこやかに微笑んでうなずくところだが、今日はその表情が、少し曇った。
「対価としては十分です。ただ、申し添えて置かないとならないことがあるようです」
ミコトさんは神妙な面持ちでエマさんを見据えると、耳打ちをした。彼女はすぐにはっとした表情をした後、腕を組んだ。ミコトさんがお客様と内緒話をすること自体が意外だった。わたしやハルカちゃんにも言えないことなのだろうか。
エマさんは大分長い間、何かを考え込んでいたが、大きく深呼吸をしてから、顔を上げた。
「わかりました。お願いします」
「よろしいんですね?」
ミコトさんが念を押すと、エマさんはゆっくりうなずいた。
「では、契約の間へご案内しましょう」
ミコトさんが前に出て、天井に人差し指を向ける。わたしは自分の鼓動の音がどんどん大きくなっていくのを感じていた。
「アヤさんたちはここで待っていてください」
契約の間へ向かう前、ミコトさんは何故かわたしがついてくるのを拒んだ。
「立会人として、見届けなくてもいいんですか?」
「今回は結構です」
それだけ言うと、ミコトさんはいつもの微笑みを浮かべたまま、光の輪の中に消えていく。残されたわたしとハルカちゃんは、顔を見合わせるしかない。
「どうしたんだろうね。今日のミコトさん、ちょっと様子がおかしい気がするけど」
「大人の事情があるんだよ」
「意味深な事を言うね」
ハルカちゃんが言うとおり、何か裏事情があるのは確かだ。ミコトさんは、寿命を計測したあと、エマさんに何かを告げた。それを聞いたエマさんは悩んでいる様子だった。
わたしの中で、ひとつの考えが浮かぶ。もしかすると、残りの寿命が少なかったのではないだろうか。胸のドキドキが再び激しくなる。
しばらくして、再び空中に光の輪が現れ、二人が帰ってきた。契約が終わったのだろうか。わたしが視線を送ると、ミコトさんは目で制してきたような気がした。何も言うな、と。
以前、ミコトさんから言われたことがある。わたしたちは魔法を提供する側に過ぎない。お客様が望むのなら、叶えてあげる義務がある。
そうだとしても、わたしはどうしても納得しきれない。わたしが大人になりきれていないということなのだろうか。