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月明かりの魔法店  作者: 神楽一斗
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13 魔法の教科書③

 ハルカちゃんは、わたしのアパートのすぐ近所に住んでいるという。すっかり暗くなったので、お店はミコトさんに任せて、送っていくことになった。


 案内されたのは小さめのアパートの二階だった。ドア前まで送ると、ハルカちゃんはわたしの袖を握ってきた。

「アヤさん、一緒にご飯食べていかない? わたしが作るから」

「料理作れるの? 嬉しいけど、ご家族は?」

「お父さんは、いつも夜いないから」

 そう話すハルカちゃんの表情は寂しそうだった。わたしは彼女の普段の生活が気にかかったので、お邪魔することにした。


 キッチンで、ハルカちゃんが手際よくネギを刻んでいる。今日は親子丼を作るのだそうだ。

 部屋は1Kで、一家で住むにはかなり狭い印象だ。キッチンにはカップが二つ。食器類もいつも使っていそうな物は二人分しかない。

「もしかしてお父さんと二人暮らし?」

「そうだよ」

 そっと隣の部屋をうかがうと、隅のテーブルの上に、写真立てと小さな仏壇が設けられていた。この子は、いつも夜をひとりで過ごしているのだ。魔法を求めている理由の一端はそのあたりにあるのかもしれない。


 食卓に出来立ての親子丼二つと、麦茶を並べる。ハルカちゃんと向かい合って座ると、彼女はじっとわたしを見つめてきた。

「どうかしたの?」

「ううん、二人で食べるの久しぶりだから」

 このアパートは近いし、わたしの家に呼んでも良いかもしれない。

「よかったら、明日から夕方はわたしの家に来ない?」

「……いいの?」

 ハルカちゃんはぱっと表情を明るくしたが、すぐに首を横に振った。

「どうして? ひとりだと寂しいでしょ」

「お父さんに怒られるもん」

 確かに同僚も当然の立場とはいえ、わたしや魔法の事を説明するのは、難しいだろう。


 夕飯をいただいて、洗い物を済ませる頃には、既に八時を過ぎていた。

「もう遅くなるし、そろそろ帰るけど……」

 わたしが言うと、ハルカちゃんは明らかに寂しそうにうつむいた。うちに連れて行ってもいいのだが、お父さんに断りなく預かるわけにもいかない。

「じゃあ、また明日来るからね」

「……うん」

 玄関で手を振って、その日は後ろ髪を引かれる感じで自分のアパートに帰った。


 次の日の朝、ミコトさんから仕事のメールが来ていた。しばらくの間、ハルカちゃんからの報告を受けることがわたしの仕事、ということらしい。結果的に、わたしはハルカちゃんのアパートを毎日訪れることになった。


 この日見たハルカちゃんのヘアピンは、宝石の色がほんのりピンク色になっていた。

「深紅に染まるまでは、まだまだって感じだね。ハルカちゃんはどんな魔法を使いたいの?」

 夕飯の支度をしながら、ハルカちゃんは首をかしげた。

「ひとりだと大変だから、家事が楽になる魔法とかかな」

 今までの魔法を求めていた姿からすると、随分と現実的な使い方だ。


 しばらくハルカちゃんの所へ通っていたが、一週間経っても、宝石の色は中々変わっていかなかった。

「ハルカちゃんは毎日家事も頑張ってるのに、どうしてだろうね」

「……うん」

 ハルカちゃんは何かを隠しているとき、視線をそらす癖があることに、わたしは気づいていた。宝石の色が変わらない理由は、おおよそ見当は付いている。

「ハルカちゃん、そのヘアピンだけど、いつもつけてる?」

 わたしが聞くと、彼女ははっとした表情をして、目を泳がせた。

「どうしてつけないの? 魔法を使いたいんでしょう?」

 彼女はしばらく黙っていたが、そのうち、ぽとりと床に水滴が落ちた。肩を揺らして泣いている。

「……だって、魔法が使えちゃったら、アヤさんはもう来ないんでしょ」

 思った通りだった。この子は寂しくて仕方ないのだ。十歳の子供が、ずっとひとりなんて耐えられるはずがない。

「そんなことないよ。わたしたちはもう、同じ魔法店の従業員じゃない」

「でも、わたしが本当に使いたい魔法は、教科書に載ってなかったもん」

 顔を上げたハルカちゃんの瞳から、大粒の涙がこぼれている。

「使いたいのは、お母さんに関係する魔法かな」

 この子が望むことはよくわかる。しかし、人の命に関わる魔法は魔法辞典にも載っていない。

「わかってるもん。魔法でも、死んだ人は生き返らないんでしょ」

 事故に遭った妹が、もし助からなかったら、わたしはどうしていただろうか。わたしは魔法の力で助けることが出来たが、この子の場合はそれも出来ないのだ。

「……ハルカちゃん、これからは夕ご飯はうちにおいで。妹もたまに来るし、賑やかな方がいいでしょ」

「でも……お父さんが」

「そのことなんだけど。ひとつ試したい魔法があるんだよね」

 読心の魔法は、目を見た相手の心を読む魔法。その逆に、自分の考えている事を相手に伝える魔法がある。伝心の魔法だ。意識下で同調することになるため、言葉で伝えるよりずっと正確に相手に伝わるのだ。


 ヘアピンの宝石は、二日で真紅に染まった。魔法使いの見習いになった日からの出来事をお父さんに伝えてもらう作戦。

 結果として、お父さんはハルカちゃんと同調しすぎて、号泣してしまったらしい。さらにわたしは、娘をよろしくと書かれた手紙と、食費代わりの商品券までいただいてしまった。


 ハルカちゃんをもてなすため、わたしは料理が得意な妹のマナをアパートに呼んだ。

「わあ、かわいいじゃん」

 マナは、ハルカちゃんを見るなり、思い切りハグした。

「ちょっと、困ってるじゃない」

「そんなことないよねぇ、ハルカちゃん」

「う、うん」

 ハルカちゃんは満更でもなさそうだが、留学経験があるマナは、どうもスキンシップが激しすぎる。


 わたしとハルカちゃんとマナの三人で食卓を囲む。魔法店で繋がった不思議な縁だ。幸せを感じているということは、わたしの魔法の代価は、まだまだ減りそうもない。

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