12 魔法の教科書②
魔法がどのようにして効果を現すのか。治癒の魔法を習得しておきながら、わたしは何も理解していない。魔法の発動のそのものには、原理は全く関係ないのだ。
ミコトさんから唐突に言い渡された、魔法の試験。まさかこの仕事に就いて試験勉強をすることになるとは思わなかった。
ハルカちゃんはかなりやる気のようだったが、先生から頂いた魔法の教科書は、難解だった。魔法辞典に載っている魔法が、この世界にどう影響を与えるのか。魔法を発動させるための条件や、ルールが事細かに書かれている。
例えば、治癒の魔法。
治癒の魔法は、原理的に二段階の効果を発揮する。まず、生物の身体を構成する細胞に蓄積された、身体の変化に関する情報を引き出す。それを設計図として、不整合を起こしている部分を補うために必要な成分を抽出し、補修する。
わたしは都合、二回ほど治癒の魔法を使ったが、もちろんこんな原理は知らない。習得してしまえば、出来るものは出来るのである。
教科書には、こういうレベルの記載がぎっしりと詰まっているのだ。魔法辞典の全ての魔法を網羅している訳ではなさそうなのが、唯一の救いか。
こんなものを、まだ小学生のハルカちゃんが覚え切れる訳がない。そう、その時のわたしは油断していたのだ。
二週間後、ハルカちゃんが店を訪れた。わたしたち二人は、ミコトさんの前に座らされる。
「では、試験を始めます」
試験は筆記試験かと思いきや、面接形式らしい。途端に緊張感が高まってくる。傾向も対策も何もない状況で面接だなんて。わたしはただでさえあがり症だというのに。
「お二人とも、教科書はきちんと読み込んで来られましたか?」
「一応、一通りは……」
「完璧だよ」
わたしの返事をかき消すように、ハルカちゃんが自信ありげに答えた。
「それは頼もしいですね」
ミコトさんが微笑んで、チラリと見てくるので、つい、わたしは視線を外してしまう。
「では、第一問」
いきなりクイズが始まって、わたしは慌てた。
「『瞬間移動の魔法』についての問題です。発動に必要な、最初の情報はなんでしょう」
「はいっ」
わたしが考える間もなく、ハルカちゃんが元気よく手を挙げた。
「ハルカちゃん、どうぞ」
「大まかな移動先地域の情報」
「正解です」
ミコトさんがニッコリ微笑む。
「では、その後のプロセスについて、先輩はわかりますか?」
完全に学校の授業の雰囲気だ。瞬間移動の魔法についての記載があったのは覚えているのだが、改めて問われるとすぐに出てこない。要するに、ただ読んだだけで、身についていないということだ。
わたしが答えあぐねていると、ハルカちゃんが代わりに答えた。
「……頭の中に投影される候補地の中から、目的地を絞り込むんだよ」
「そ、そうなんだ」
わたしは苦笑いするしかなかった。
結局、十問出された問題に、ハルカちゃんが一人で答えてしまった。先輩形無しである。
「すごいね、ハルカちゃん」
「このくらいの厚さなら、学校の試験より簡単だもん」
彼女はそう言って教科書を指でつまんで見せる。わたしだって、勉強は出来る方だったのだ。それが十歳に完敗するとは。
「ハルカさんの方が、魔法を必要とする気持ちの面で、勝っていたんですよ」
その言葉を聞いて、ハルカちゃんは真剣な眼差しをミコトさんに向けてきた。
「わたし、魔法使いになりたいの」
お客様がこういう顔をするとき、いつもなら、魔法辞典を取り出して、契約の話をすることになるのだが。今日は様子が違った。
「試験は合格です。ハルカさんを魔法使いの見習いとして採用しましょう」
「ええ?」
わたしは変な声を出してしまった。別に反対するつもりはないのだが、急展開についていけない。
「このヘヤピンをつけていただけますか」
ミコトさんは白い宝石のあしらわれたヘアピンを差し出した。ハルカちゃんはヘアピンとミコトさんの顔を交互に見比べている。
「これをつけて徳を積むと、先端の宝石の色が変わっていきます。真紅に染まったら、一度だけ魔法が発動出来ます」
「徳? 良い行いの事?」
「そうです。魔法は多種多様ありますが、共通的な原理として、発動には陽のエネルギーが必要となります。それは、蓄積された徳による陽のエネルギーを魔法へ変換する道具です」
ハルカちゃんはヘアピンを前髪につけて、少し嬉しそうにはにかんだ。
「発動する魔法は任意です。勉強した成果を試してみてください」
「このお店には毎日来たほうがいいの?」
「いえ、ハルカさんは、無理に営業時間に来店する必要はありません。こちらのお姉さんに報告をお願いします」
「え?」
ミコトさんはわたしの肩に手を置いた。