11 魔法の教科書①
次の日の月曜日。夕日が沈むのを見届けて、わたしは出勤する準備をした。魔法店を開ける条件は、月が出るかどうか。今夜は満月だし、綺麗な月が見えるだろう。
アパートを出て、魔法店のある森までは、歩いて十五分くらい。森に入って、湖にたどり着くまでに更に五分はかかる。不思議なことに、この五分の間に、空には必ず月が現れているのだ。
魔法店は、湖の畔でお客様を待つように佇んでいる。扉を開けると、チリンと聞き慣れた鈴の音が頭上で鳴る。
「いらっしゃいませ」
ミコトさんが優しい声でわたしを出迎えた。
「やだなあ、わたしですよ、ミコトさん」
その所作が、お客様に対応するものだったので、わたしは思わず笑ってしまった。
「お客様をお連れしたのでしょう?」
ミコトさんはにこやかに微笑みながら、わたしの方を見ている。その視線を追って振り返ると、入口前に少女が立っていた。
「あなた……昨日の?」
それは治癒の魔法で足を治してあげた女の子だった。
「どうしてここに?」
「お姉さんの後をついてきたのよ」
まったく気づかなかった。というか、誰かに後をつけられる覚えなどないので、警戒もしていなかったが。
わたしはミコトさんに怒られるのを覚悟で、昨日の出来事を告白した。
「治癒の魔法が役に立って良かったじゃないですか」
ミコトさんは気にした様子もなく、そう言った。
「それはそうなんですけど……」
わたしは、出されたジュースを飲んでいる女の子の横顔をちらりと見た。
「……いいんですか? 魔法やこの店の事は、あまり堂々と世間に広めるべきじゃないのかと」
「そんな事はありませんよ。この店は望むべきお客様は全て受け入れますし、あの少女がアヤさんに出会ったのも、運気の為せる所ですから」
ミコトさんはそう言うと、一冊の本を手にして少女の横に座った。
「お嬢さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「ハルカだよ」
「では、ハルカさんに、この本を差し上げましょう」
ミコトさんが少女に本を差し出した。彼女は受け取った本の表紙を眺めて、首を傾げている。
「その本は魔法の教科書です。もし、魔法に興味があるなら、その本に書いてある事を全て覚えて下さい」
「わたしに魔法を教えてくれるの?」
少女が目を輝かせてミコトさんを見ている。
「二週間経ったら、そちらのお姉さんと一緒に、試験を受けてもらいますからね」
「試験?」
わたしは思わず少女とハモってしまった。