-Vermillion Double Caster-① プロローグ
題 二人の紅き魔女
箸 シエル・ヴァーミリオン
この度私が筆を取ったのは少しずつ曖昧になっていくであろう私の記憶を形にして残しておきたかったのと、王国一のリーブル出版社に声をかけてもらったからです。両親の偉業が本になるというのはとても嬉しいことですし、この国の人々にも忘れて欲しくないのです。前置きはここまでにして、まず自己紹介させて頂きます。私の名前はシエル・ヴァーミリオン、王立魔法学園中等部に所属する13才の女の子です。物語の主役である二人の魔女の娘です。え?変じゃないかって、そうですよね、二人の魔女が両親って、でも紛れもなく二人は私のお母さんとお父さんなんですよ、その辺は説明するのが難しいので後回しにしましょう。まずお母さん、名前はネージュ・クリムゾン、真っ赤でストレートのロングヘア―と透き通る様なな青い眼が素敵な、見た目は17才ぐらいのスラッと背の高い女の子です。次にお父さん、名前はレイネ・スカーレット、プラチナブロンドのショートへアー、碧眼で背は低く私と同じくらいです。ちなみに私はこの国では珍しい黒髪、眼は茶色、見た目だけだとどう見ても親子には見えません。
「あっ!」
私は大きな声を上げて立ち上がる。夕暮れの魔法学園の教室内、私以外の生徒は帰ってしまった様です。これでわかった人も多いでしょう、私は友達が居ません。
この見た目と能力の特異性が原因かも知れないが些末な問題である。お父さんもお母さんも転生前は友達少なかったって言ってたし、遺伝もあるのかもね。私は大事な事に気づいた、お父さんとお母さんにも了承してもらわなきゃいけませんよね、後はアリス様にも。お母さんは別にいいけどお父さんには話しておかなかゃね、私は眼を閉じてお父さんの領地の場所を思い浮かべて囁く様に詠唱する。
「テレポート」
眼を開くと荒野が広がっていた、間違い無い、ここはお父さんの居るスカーレット領だ。20メートル程先に体長5メートル程の巨体が見える。あれは北の大地の固有モンスターノースオークだ、あれ一匹で国が滅びる事もある危険なモンスターだ。その正面に真っ赤でぶかぶかなコートを着て腕を組み仁王立ちしてる少女がレイネ・スカーレット、私のお父さんだ。娘の気配を感じとり、格好良いところを見せたいのかも知れないが、そこに威厳はなく、ただただ可愛いだけである。
それは一瞬だった。強い風が吹いたと感じたのだが違っていた。お父さんがノースオークに跳び廻し蹴りを放った余波だった様だ、憐れノースオークの上半身は消し飛び下半身だけが残っていた。
「どうしたのシエル、何かあったの?」
「うん、お父さん、ちょっと相談があって」
私は簡単にここまでの経緯を説明した。
「お父さんは良いけどお母さんは嫌がるかもね」
「やっぱりそう思う?」
「お母さんにはお父さんから話しておくよ、今この領に来てるから」
「え?また?少しはお父さん離れして欲しいんだけどなぁ」
「今回はちゃんと仕事の範囲内の事だからね、あんまり言わないであげてね。」
「お父さんはお母さんに甘過ぎだよ、一回バシッと平手打ちぐらいして突き放しても良いんじゃない?」
「シエル、それがご褒美になる人も居るんだよ…」
お父さんが小声で何か言ったみたいだけど聞こえなかった事にしておく。
「ありがと、お父さん、後はアリス様にも話して来る。」
「そっか、行ってらっしゃい。」
お父さんは可愛く微笑み手を振ってくれる。
私は手を振り返しながらアリス様のところへテレポートする。
お父さん、お母さん、私の3人共別々の領地ですが、同じ国に住んでいます。
国名はアリスティア王国、王都を中心に8つの領で構成されてます。
アリス様が居るのは王都の遥か上空にある雲の上に建てられている教会です。
どういう原理で浮いてるのかアリス様に聞いてみたことはあるのですが、私には全くわかりませんでした。でもお父さんとお母さんは何となくわかっている様でした、もっと勉強しなきゃですね。
教会の中に入ると床から3メートルぐらいのところでアリス様はプカプカ浮かびながら本を読んでいました。アリス様は見た目はお母さんと同じ年齢ぐらいでウェーブのかかった美しい金髪のロングヘア―に純白のドレスが似合う素敵な女性です。
「アリス様、お久しぶりです。」
「シエルちゃん、久しぶりだね、領主の仕事にはもう慣れた?」
「いいえ、まだまだです、隣の領地のローズ様に助けてもらってます。」
「ああ、あの子か、少し変わってるけど面倒見良い子だものね。」
」
「はい、とても頭の良い方で尊敬に値します。」
「それで、何の用、本の事かしら?」
「はい、そうです。」
「シエルちゃんが判断して決めて良いよ、まぁ一応テストしておこうか、」
そういうとアリス様は読んでいた本をパタンと閉じて私に問いかける。「この世界には2種類の人間しか居ません、それは何でしょう?」
う~ん、お父さんやお母さんみたいな人がいますから男と女ではないですね、ここはやっぱり…
「インサイダーとアウトサイダーですか?」
「正解です、それでは、インサイダーとアウトサイダーを説明出来ますか?」
「魔法を作用させることが出来る対象が違います。インサイダーは自分にのみ、アウトサイダーは自分以外のものにしか魔法を使えません。」
「正解です、私とシエルちゃんだけは例外ですけどね。」
「知ってましたけど、本当に私とアリス様だけですか?」
「ええ、シエルちゃんは特別な生まれだからかなぁ…調べてみたけれど原因は不明なの、ごめんね。後一人例外も存在してるんだけどね…」
「アリス様と一緒なら嬉しいことですし、謝らないでください。」
「そう?ありがと、私たちみたいなのはダブルキャスターと言います。格好良い呼称でしょう?」
「ダブルキャスターのことは秘密ってことですね。」
ちなみに私は世間ではインサイダーだということになってます。
「そうです、それ以外のことはシエルちゃんの判断に任せます。」
「了解です、ありがとうございます。」
「それではアリス様、また遊びに来ます。」
「うん、またね、シエルちゃん。」
私は天空の教会から自分の領地の私室にテレポートする。
私はテレポートで学園に通っている、他の学生は王都の学生寮から通ってるというのも私に友達が居ない要因の1つかな…と考えつつベッドに寝ころんで天井を見つめながら思案を巡らせる。うとうとと眠気がやって来はじめた時、ドアをノックする音が聞こえる、多分マリーだろうと思いつつ返事をする
「マリー、何の用事?」
ちなみにマリーは、お父さんが選んでくれた私の一番大切な、頼りになるメイドさんです。
「シエル様、やはりお帰りになってたんですね。ローズ様がいらっしゃってますよ、客間にお通ししています。」
「わかったわマリー、すぐに行きます。」
私はベッドから起きると鏡の前でパパッと身だしなみを整えると客間にテレポートする。
ローズ・ブラッドリー様はとても40歳には見えない程若々しく美しい女性です、優雅に足を組んで紅茶を飲んでいる。
「いらっしゃいませローズ様、遅れてごめんなさい。」
「そんなに待っていないさ、構わんよ。ところでシエル、レイネは元気だったかい。」
「はい、レイネ様は相変わらず可愛いかったです。」
ローズ様はお父さんと魔法学園の同期であり、お父さんの数少ない友人です。
「そうか、やはり時間を無効化しているのか、ネージュ共々化け物だな、」
「それなら私も化け物ですね、三人共化け物です。」
「うむ、シエルもやはり無効化されてるのか、仕方ないさ、魂を覚醒させないわけにもいかないからな。」
この世界では10歳になると魂を覚醒させるのが一般的であり、覚醒させると霊画が起動して魔法を使える様になるが、副作用があります。例えば火の霊画をもっている魂の場合は火の魔法を使える様になると同時に火に対する抵抗力を得るのである。これは火の魔法を使う為に魂が肉体に与える副作用と考えられている。それと同じく私とお父さん、お母さんは時空間魔法を使える様になった副作用で、時間をある程度無効化してしまうのである。
ローズ様はそんな私たちの事を思って、魂や魔法の事をずっと研究しているのです。
「ローズ様、お父さんも私も全然気にしてませんから自分の好きな事を研究してくださいね。」
「ああ、わかっているよ。単純に私が興味あるだけで、お前達の為に研究している訳じゃない。」
そういうローズ様の眼はやはり寂しそうに見える。
ローズ様にとってお父さんは学園時代に唯一楽しい会話が出来る人だったらしく特別な存在の様です。
「シエル、くれぐれも蒼の貴族共には注意しておきなよ。」
「はい、お父さんとお母さんの話となるとさぞ蒼の貴族達には都合が悪いんでしょうし…」
「そうだ、リーブル公爵だけだろうな、蒼の貴族で信用出来るのは…」
アリスティア王国では古くから基本的に蒼の貴族が内政を、紅の貴族は外交担当だったのですが、近年では紅の貴族、特にお母さん、お父さん、私が内政にも関わってきており、蒼の貴族にとっては目の上のたんこぶなのです。世襲やコネでの成り上がりが基本の蒼の貴族と違い紅の貴族は完全な実力主義、私達は国の為になる事をしているだけなのですが、蒼の貴族共は納得出来ないらしく、何かにつけて紅の貴族を敵視、国から排除しようと考えているようだとお父さんが言ってました。仕事が出来ない癖に人の上に立ち、支配しようとする馬鹿が多くて辟易しているとは、お母さんの談。国民には赤の貴族を支持する人達が増え、赤の貴族の領地に移住する人が後を絶たないらしいです。そのほとんどがお母さんのクリムゾン領への移住ですけどね。お父さんの領地は竜の森と、強力な魔物が多い北の大地に隣接しているので人気がありません。私はまだ若輩者の領主だし、ローズ様のブラッドリー領と同じく娯楽設備がほぼ無く秩序重視の領地なので人気があまりありません。でも私はそんな領地を気に入っています。
「なぁシエル、建物内にマリーの気配が感じられないが何か用事でも頼んだのか?」
そう言われて私も周囲を探ってみる、居ない。マリーは、いつも屋敷を出る際には一言言ってくれるのに…嫌な予感がする。
「ローズ様、すみません、マリーを探して来ます。」
「ああ、私は構わないから、急ぎなさい。」
アリスティア王城、円卓の間にて、アリア・オタンティステ・リーブルはとてもうんざりしていた。
円卓の間に居るのは5人、蒼の貴族当主3人と国王リーゲンベルク・アリスティアである、ちなみにリーゲンベルクはアリアの実父である。蒼の貴族の一人、ロマリア・ワイマールは国王に訴えている。
「国王、あの赤の小娘共は危険です、今の内に何か手を打たなければこの国が乗っ取られてしまいます。」
「あのスカーレット家の女は我が領地の半分を破壊しつくしたあげく領民まで何百人も殺戮した化け物ですよ。」
それは因果応報だろうが、とアリアは思ったが、めんどくさいので黙っていた。
「ふむ、そうはいってもお主が今言ったようにあの女共は化け物よ。何か策は有るのか?」
と国王は返す。
アリアは国王=父を心底軽蔑していた。
古くからどうする事も出来なかったこの国の血の呪いを解いてくれた恩人であるレイネ様を化け物だと…僕の大切な妹の命が今有るのもレイネ様のおかげだろうが。それだけではない、レイネ様とネージュ様はこの国に深く浸透していたインサイダーへの差別を解消、人権を取り戻した英雄なんだぞ。
「国王、どんな人間にも弱点は有るものです」
「して、その心は?」
「今、ヴァーミリオン領に一人スカーレット領からメイドが来ているのです、その女を人質にするのです。」
「ふむ、あの女ならば効果的ではあるだろうが、失敗すれば間違い無く命は無いな。」
「国王、失敗した時の事を考えていては何も出来ませぬぞ。」
「それもそうだな、では念の為、我が国最高の暗殺部隊に誘拐させる事にしよう。」
アリアは心底呆れていた、確かにあの魔眼部隊なら女一人誘拐する事など造作もないだろう。だがそのメイドはレイネ様のお気に入りだと聞いたことがある、特に警告するまでもないか…だが、このクソ共はもう放置する事は出来ない、そろそろ僕もこの国の為に行動しなくてはなシエルさんの本も無事出版させてあげたいし…一応あいつらに連絡しておくとしよう。今日計画を実行するのも良いかも知れない。そう考えたアリアはレイネの確立した索敵魔法を応用した連絡魔法を使用した。
シエルは索敵魔法を使用してマリーを探していた。
「見つけたっ、でもこの反応は…」
索敵魔法とはお父さんがインサイダーの為に自ら確立した無属性魔法の一つだ、現在は魔法使い達の基本魔法の一つとなっている。無属性の魔素を使用する魔法で、現在は身体強化、索敵、連絡の三つが無属性魔法の基本となっていて、レベルが8段階に分かれている。三つの基本無属性魔法をレベル5まで使用出来る様になればノースオークを素手で討伐出来ると言われていて、その域に達している人間は王国で10人に満たないと言われています。それほど無属性の魔素は扱いが難しい。因みに私は三つ共レベル3といったところです。マリーはレベル7だと言っていたので、それほど心配はしてないが、厄介な魔眼持ちが相手だと危険だ。
索敵の結果からマリーの周囲に魔眼持ちの反応が最低でも二人居る。
「とりあえず先手必勝です」
マリーに敵意を向けている奴の背後にテレポートする。そして手持ちのナイフを心臓に突き立てた。まず1人。
敵に魔眼持ちが居るなら必ず一番先に殺せ、この世界の戦場の鉄則の一つだ。数秒見つめるだけで相手の命を奪う様な奴も居るらしいから油断は出来ないのだ。もう1人の背後にテレポートしようとした時、爆発音と共にマリーの背後に5つの焼け焦げた死体が転がっていた、それともう1人、鋼鉄の鎧に身を包み身長の倍はある斧を持った人間が立っていた。
「あなたがマリアンデール・スカーレットですね。」
声色で女性だと言う事が分かった。
マリーはまったく動揺を見せず頭を下げて言う
「ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「良く言いますね、自分を囮にして敵を誘き寄せていたくせに」
「ええ、ですが何人いるか特定出来ていませんでしたので。」
そう言うとマリーは私を見て微笑み言う
「シエル様も、ありがとうございます」
「ヴァーミリオン様の奇襲のおかげで奴らパニクって全員で彼女を確保しに出てきたみたいだったッスよ。」
「マリーの事、ありがとう。あなたは?」
鎧の女性は鉄兜を脱ぐと凛とした声で言った。
「私は司法の蒼、リーブル公爵家処刑部隊セブンス、炎のフレイヤって言われています。リーブル様の命令でマリアンデール様を誘拐しに来たブラックアイズの奴らをぶち殺しに来ました。」
「あっ、因みにブラックアイズは蒼の貴族御用達、国王直轄暗殺部隊の一つで、魔眼持ちばかりで構成されてる糞共ッスよ。」
国王直轄という事はリーゲンベルクの命令か…
この国の国王といえど一線を越えてしまった様ですね。
私は国王を殺しにテレポートを…
「あっ、ヴァーミリオン様待って欲しいです。ここは私達セブンスとリーブル様に任せて頂けませんか?」
「あなた達とリーブル君に?どうして?」
「リーブル様は今回の事で決断したッス、腐りきった膿をこの国から全て排除する事を。」
「そっか、遂に決断したんだ。でも実の父親をリーブル君は殺せるの?」
「リーブル様を舐めないで欲しいッス、リーブル様が国王になった時には赤の貴族の方達にも協力してもらうって言ってたッス」
「わかりました、でも待つのは1日だけです。」
私はキッパリと言い放った。マリーに危害を加えようとした時点で国王と他の蒼の貴族共の死は確定している。
変わるとしたら誰がどうやって殺すかだけだ。
「シエル様、殺気を押さえて下さい。フレイヤが動けなくなってます。」
マリーは私に駆け寄ると耳打ちした。
「あっ、ごめんなさいマリー、フレイヤも、ごめんね。」私はフレイヤに軽くウィンクした。
「やっぱり赤の貴族の当主様は皆おっかないッス…」
心外だなぁ…お母さんじゃあるまいし。私はマリーの手をとり一緒にローズ様が待つ客間にテレポートする。
「お待たせしましたローズ様」
「うん、おかえり、ちょうど紅茶をいれたところだ。」
テーブルには私とマリーの分の紅茶とお菓子も準備されていた。
「ありがとうございます、ローズ様」
マリーはペコリと深く頭を下げる。
ローズ様に経緯を簡単に説明した。
「セブンスを動かすか…リーブル公爵は本気でクーデターを起こすつもりだな。」
「ローズ様はセブンスを知っているのですか?」
「ああ、古くは蒼の貴族に反抗する勢力を犯罪者に仕立て上げ、処刑する為に編成された部隊だ、今も罪人を処刑する事には代わりないがな。合法的に人を殺せる数少ない部隊だね。今のセブンスは歴代でも一、二を争う実力者揃いらしいよ、確か…炎のフレイヤ、水のアクエリアス、大地のタイロン、風のリムス、雷のトール、闇のレイヴン、神光のジャンヌの7人だったはず、そして、トールとジャンヌはインサイダーだよ。」
「因みにマリーを襲ったブラックアイズは…」
「あいつらは魔眼持ちを集めてはいるが、元々蒼の貴族の血筋でエリート意識が高く、アウトサイダーの魔眼持ち故にそれにあぐらをかいて鍛練を怠っている愚図の集まりでしかない。とはいえ魔眼は警戒すべきだがな。」
そっか、やっぱり雑魚だったか…お父さんが王国に広めた無属性魔法を覚えようともしない時点で生きてる価値無いですけどね。
そしてマリーも聞きたい事があるらしく口を開く
「ローズ様、シエル様が放った殺気、私は動けましたけどフレイヤは威圧されて動けなくなっていました、あれはどういう事でしょう。私じゃあどんなに殺意を持って威圧しようとしても同じ事は出来ません。」
ローズ様は私を見つめる、私が説明しろと、そういう事ですか。
「マリー、魂には個人差があるのは知ってるよね、今はD~Sクラスの五段階で評価されてる。」
「はい、私は霊核と霊殻がBクラス、霊画はAクラスです。
」
「うん、霊核は魔素を生み出す速度で、霊殻は殻の強度で、霊画は魔素の変換効率で、それぞれ評価されるよね。私は霊殻のクラスだけは最高のSクラスなんだ。」
マリーは私の眼をじっと見つめてしっかり聞いてくれている。女同士なのにドキドキするのは何故だろう。
「霊殻の強度が高い程、霊殻内にかかる圧力を高くする事が出来る。霊殻内の圧力が高ければ高い程、周囲にその魂の感情や思考が伝わりやすくなるって書いてました、ローズ様の研究書に。」
と簡単にマリーに説明し終わった後、ローズ様を見た。
ローズ様は頷いて言う
「マリー、わかったかい?」
「はい、シエル様の説明、分かりやすかったです、ありがとうございます。」
「私だって一応赤の貴族の当主の一人です、そのくらいは勉強してるんですよ。」
そう言うと、手を腰に置き少し胸を張る。
「そういう細かい仕草がレイネ様に良く似てて愛おしいんですよね…」
そう言うとマリーは顔を赤く染め、両手を頬に当てて私を見つめている。
「ローズ様もそう思いませんか?」
「全然思わんよ、レイネは威圧するだけで大抵のモンスターを殺せてしまう様な化け物だぞ。」
同意を求めるマリーにローズ様は冷静に反論する。
前から思っていたけれどマリーのお父さんへの感情はお母さんに似てる気がする。正直、お父さんへの想いはマリーにも、お母さんにだって負けたくない私だった。
その日の深夜…アリスティア城の城門前に3つの人影があった。
「それじゃ、まず私が突撃して暴れるので後からジャンヌちゃんとリムスが続いて下さいッス」
フレイヤはそういうと巨大な斧を肩に担ぎ上げる。
「フレイヤ、ダメ、その役は私にこそ向いている。」
とジャンヌは異論を唱える。
「年長者のフレイヤの気持ちは分かるけど、ジャンヌが最初に突撃するのが最善手だと僕も思うよ。」
とリムス。
「分かったッス、でもジャンヌ、くれぐれも無理しないで下さいッス」
「うん、分かってるよ、フレイヤ、絶対無理しない。」
ジャンヌは微笑むと連絡魔法を使用して王城の全ての人間に言葉を届ける。
「我々は司法の蒼リーブル公爵直轄部隊セブンス、あなた方は他国との人身売買、臓器密輸、婦女暴行、その他多数の犯罪を犯した証拠が挙がっています。よって、リーブル公爵の名において、我々セブンスが処刑します。」
「ではセブンス神光のジャンヌ、作戦を開始します。」
そういうとジャンヌは身体強化魔法を使用、さらに光属性の治癒魔法を自分にかけながら
城門を片手剣で細切れにして突撃する。途端に城内に多数仕掛けられたトラップ魔法が発動し、ジャンヌに襲いかかる。炎に焼かれ、氷の槍が突き刺さり、風の刃に切り裂かれても、ジャンヌは止まらない、受けた傷はたちどころに完治、立ちはだかる無数のゴーレムを凪払い彼女は進む。
そう、フレイヤにもジャンヌが一番の危険地帯に飛び込むのが一番効率的で、被害も少ない事を知っている。だけどジャンヌは痛みを感じないのではない、我慢してるだけだ。私より年下の少女が自ら痛みの中に飛び込んでいくのを見るたび心が抉られる様だった。ジャンヌが突撃、リムスが索敵魔法で敵の位置を把握、フレイヤが連絡魔法でジャンヌに伝えて、ジャンヌが処刑する。それがセブンスの基本戦法だ、最も危険で最も心を痛める事をジャンヌは愚痴を一言も言わず、いつも微笑みを絶やさない。そんな彼女が居るからこそ他の六人はそのサポートを、あるいはその代わりになれればと努力を惜しまない。だから今のセブンスは歴代最強と言われるまでになったのである。
「ジャンヌ、次は二階東の応接間っ。」
「了解です」
ジャンヌが応接間に飛び込んだ瞬間、彼女の体は痺れ、倒れ込んでしまう。
「しまった、魔眼持ちか…」
「油断したな女」
そう言ったのは行政の蒼、ロマリア・ワイマール、視界に入った人間の生体電気を止める事が出来る強力な魔眼を持っていた為、自分は神に選ばれた人間だと考え、他者を見下していた。ジャンヌは身体強化魔法のおかげでまだ死んでいなかった。が、後数秒止めらたら死んでしまう。ジャンヌは自分はもう駄目だと覚悟して、呟いた。
「ごめんねみんな、油断しました。後はお願いします。」
ジャンヌは自分の主に渡されていたネックレスを握ると魔素をそれに流し込んだ。
「ネージュ様、ごめんなさい、私はここまでの様です。」
ジャンヌ・クリムゾンは命が危険だと感じたら迷わず使用しろと言われていたネックレスに魔素を流し込んだ、それはどんなに離れていてもネージュに命の危険を知らせる事が出来る魔道具である。
その頃、シエルは私室のベッドに腰掛けて、思案していた。リーブル君に任せたままでいいのか?自分も加勢すべきなのではないかと。だけど、リーブル君の気持ちも分かるのだ。この国がここまで堕落したのは間違いなく蒼の貴族達が原因だ、更に広く要因を探すと、東西の隣国である、チューニジア共和国やカンドルニダ帝国の圧力も大きな要因だ、北の森に居座っていた邪竜ブラッドペインとの契約もそうだったが、あれはお父さんが殺してくれた。
国の内部の問題は腐った蒼の貴族達だけだ、それを同じ蒼の貴族であるリーブル公爵が排除する事に意味がある、この国に自浄作用がある事を国民と他国に示す事が出来るのはとても価値のある事だと私にでも分かる。
でも、昼間会ったフレイヤは良い子だった、恐らくセブンスの人間はああいう子が多いのだろう、だが敵となる蒼の貴族の上部には恐らく強力な魔眼持ちもいるはず、何人かの犠牲は避けられないだろう、フレイヤみたいな子が命を落とすのは正直耐えられない。
そんな事を考えていた時、時空間魔法使用時に感じる空間の揺らぎを感じた、この異常な規模の空間の揺らぎ…間違いない、お母さんだ。お母さんが出てくるなら私の出番はない、私はベッドに横になり安心して眠りについた。
倒れ、息も絶え絶えなジャンヌを見下ろすロマリアの後ろには歪んだ醜い笑みを浮かべた初老の老人がいた、あれは立法の蒼、レドニア・シュバルツだ、レドニアの眼は怪しく赤く揺らめいている。こいつも魔眼持ちか…その時応接間の扉が破壊され、フレイヤが入って来た。
「フレイヤ、逃げて」
叫ぼうとするが、ほとんど声がでない。
「ジャンヌ大丈夫、もうすぐ皆来るから。」
駄目だ、このままじゃ皆殺られる。レドニアの眼が一層赤く光った、その瞬間、フレイヤの首がねじ切れてゴトリとジャンヌの目の前に落ちる。まだ立ったままのフレイヤの首から血が吹き出しジャンヌの体に降りかかる。
「いやあぁぁあああ」
ジャンヌは叫んでいた。それにジャンヌは違和感を感じていたが、それどころではなかった。自分のミスのせいで大切な仲間が殺されてしまったのだ。
「ネージュ様…?」
ジャンヌは信じられない事象を見た。フレイヤの体から吹き出た血が彼女の体に戻っていく、その後フレイヤの落ちた頭が宙に浮き、体にくっついた後先刻とは逆に頭がねじれたかと思うとフレイヤの顔に生気が戻っていく。
ジャンヌはフレイヤに抱きつくと泣きじゃくる。
「ちょ、ちょっと、ジャンヌ、どうしたの、大丈夫だった?」
「フレイヤこそっ、良かった、良かったよぉ…」
ジャンヌは強くフレイヤを抱き締める。
「ちょっ、痛い痛い、ジャンヌ、嬉しいけどこんな事してる場合じゃないでしょ。」
「あっ、そうだっ、ロマリアとレドニアが魔眼持ちで…」
「フレイヤ、ジャンヌが危なかったからってここまでやることないでしょ」
リムスは信じられないといった表情で頭を抱える。
リムスの周囲には良く分からないが元は人間だったであろう肉塊が散乱していた。ロマリアとレドニアの眼球は潰れ、両手足は引きちぎられ、頭はとても強い力でねじ切られた様に見える。
「何これ?私じゃないよ。」
とフレイヤは言う。
「多分だけど、ネージュ様だと思う。」
とジャンヌ。
「クリムゾン領はここから100キロは離れてるんだよ。信じられない。」
とリムスは首を軽く振りながら言う。
「ネージュ様にとって距離は問題にならないよ。それに、この容赦の無さは間違いないと思う。」
ジャンヌはネックレスを握りしめると祈る様に言った。
フレイヤは再び口にする。
「やっぱり、赤の貴族の当主様はおっかないっス…」
アリアが王の間に踏み込んだ時、玉座の前に真っ紅な長い髪を揺らしながら1人の女性が立っていた。
彼女は振り返りアリアを見た、それだけでアリアは自分が威圧されているのを感じる。強い怒気を感じアリアはすぐに頭を下げる。
「申し訳ありません。ネージュ様、ジャンヌを危険な目に合わせてしまいました。」
ネージュはそれに答える事なくフンと鼻を鳴らすと玉座に向き直り玉座に座ってピクリとも動かない国王だった物の首を掴むと無造作に放り投げた。その死体は一度天井に当たった後、床に頭から落下して転がりアリアの前で止まった、それは恐怖の影響か髪は全て真っ白になり、カッと目は見開かれていた。ネージュは玉座に座ると足を組み頬杖を突いて、アリアを射竦める。
「血の繋がりは無くともジャンヌは私にとって大切な家族です、次に同じ様な事があれば貴様もそこに転がっている生ゴミの様に失禁し、鼻水と涙を撒き散らしながら命乞いをした挙げ句、死ぬことになる。忘れるなよ。」
アリアは声を出すことも、指一本動かす事も出来なかった。なんて怒気を孕んだ殺気だ。恐らく父は威圧されただけで死んだのだろう。これでは無理もない。
「後は好きにしなさい、用は済みました。」
「恐れながら、ネージュ様がこの国を治めて頂ければ…
」
「自分の未熟さを知り、人は成長するのです。それにそんなめんどくさい事を私にさせるつもりですか?私やレイネ、シエルも手伝ってあげますから、協力してこの国を良くしていきましょう。」
「はい、ありがたき御言葉、胸に染み入ります。」
アリアは姿勢を正し、敬礼して言った。
アリアから数分遅れてジャンヌ達も王の間にたどり着いた。
そこには玉座に座るアリアが居た。その足元に転がっているのは元国王だ。
「なんかアリア様の様子変じゃない?」
と、リムス。
ジャンヌはトコトコとアリアに駆け寄って言う。
「アリア様、もしかしてネージュ様と会いましたか?」
アリアは疲れた声で答える。
「ああ、君の事で釘を刺されたよ。」
「ネージュ様は極度の人見知りですから、初めて会った人はいつも威圧しちゃうんですよ、本当は臆病で、優しくて、フレンドリーな人なんですよ。」
そう言うとジャンヌは屈託なく笑う。
「本当か?信じられん、殺されるかと思って肝を冷やしたよ…」
アリアはそう言うと玉座からズルズルと滑り落ちた。
そんなアリアを見てフレイヤとリムスも笑う。
アリスティア王城、王の間に笑い声が響く中、夜は明けていった。
朱の魔法使い プロローグ -完-