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てのなるほうへ  作者: 幻中六花
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忍び冬

 僕は普段、桜吹雪(さくらふぶき)(さくら)という名前で家に引きこもって文章を書いている。所謂(いわゆる)作家ってやつだ。


 外に出るのはごくたまに。こんな生活は断じて身体に悪い。けれど、長年、紙と向かい合わせで生きてきた僕には、軽いノリで集まる友達などおらず、外で誰かと外食をしたり、酒を飲み交わすこともあまりない。

 そもそも、酒というものは今日思い描いていた作品の世界を一瞬にしてぶっ壊すから、あまり好きではない。


 食べ物はいつも適当に(こしら)えている。言い忘れたが僕には妻も子供もいない。さっきも言ったが、長年、紙と向かい合わせで生きてきたが故、出会いもないし、誰も僕になど興味を示さない。


 今日は食材があまりにも少なかったので、久しぶりに外に出た。

 部屋でずっと着ている部屋着に薄手の上着を羽織り、普通の人は仕事に行っているであろう平日の昼間にサンダルを突っ掛けて、ポケットに手を入れて歩く。隠しきれない猫背が、一層僕を世の中から孤立させるようだ。


 ペンネームに表れているように、僕は日本の四季の中で、春が一番好きだ。そして、春から一番遠くて淋しい印象のあるこの秋が、一番嫌いだ。


 家から少し離れた頃、僕はこの格好で家を出てきたことを後悔した。

 ずっと家の中にいたから気づかなかったけれど、いつの間にか冬がすぐそこまで来ている。

 僕は北国出身なのだが、そこで幼い頃嗅いだ、懐かしい冬の香りが、ほのかに漂っていた。


 その夜、夕方まで静かだった空が突然不機嫌になり、僕の部屋の窓を激しく叩き始めた。

 まるで意思を持っているかのように、まるで命が宿ったみたいに、バンバンバン! バンバンバン! と激しく叩いた。

 時々家を大きく揺らしては、突然無口になって、僕に

「冬を忘れるんじゃねぇぞ!」

と叫んでいるようだった。


 ──パラパラパラ! パラパラパラ!


 また無口になったかと思えば、今度は光のシャワーのように窓を細かい白いものが襲ってくる。

 まるでライブ会場のように、光のシャワーは僕の方へ襲ってくる。


「あぁ、もしかして、この激しいライブは(みぞれ)の仕業だろうか」


 僕はわざわざ確認するためにカーテンと曇ったガラスがはまった窓を開けたりしない。

 もしも霙の仕業だったなら、明日僕が目覚めた時には、きっと外は銀色世界のはずだ。


 寒いのは嫌いだけれど、窓を開けて眼前(がんぜん)に広がる銀色の世界は、田舎を彷彿(ほうふつ)させてくれるからいい。

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