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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT97 奴らの切り札【菅 公隆】

 馬と如月がどうなったかなんて確認する必要はない。本気出したハンターの実力を知らないわけじゃないからね。


 意識を本体に戻した時、わたしは本館の中に居た。1階の中央部、あの絢爛な大広間を参議院側から見渡す位置だ。

 ……へぇ。場がこんなにも張り詰めてるよ。いま戻って正解だった。

 視界はいたって悪い。暗い空間は光源がほとんどなくて、その上硝煙の煙が色濃く立ち込めてる。この匂いにはいつも閉口させられる。喉と鼻が酷くヒリヒリするからね。そしてこれは……新鮮な血の匂い。大勢のそれではない。一人の……いや、微かに……もう一人。そういえば沢口の奴、朝香を撃ったと言ってたけど……違うな。どちらも男のものだ。


 眼の感度を少しだけ上げてみる。

 広間の中央に、やはり。スーツ姿の男の死体。原因の大元はこれだ。胸部からの出血が酷い。

 もうひとかたは何処だ。少量の出血、流れ弾に当たったか。

 朝香がしゃがみ込んでいる。遺体の検分でもしてるのか、血だまりに両膝を付いて、てきぱきと手を動かす彼女には……やはり怪我はなさそうだ。彼女の後ろには包帯で右腕を吊った初老の男。って良く見たら総理? 肩口に巻かれた包帯に滲んだ血液。そうか、沢口が指示した銃撃で怪我を負ったのは、朝香でなく総理。ああ見えて女の子大好きだから、反射的に庇っちゃったのかな。それを朝香が処置した。やっかいな銃創の応急処置をやってのけるのは彼女だけだ。


 まあいい。問題はあの死体。壁際に銃を手にしたハンター達が立っている。その銃口から立ち昇る硝煙。撃ったのは彼らで間違いない。胸部を狙うのはヴァンパイア戦の基本。つまり、彼をヴァンパイアだと誤認した。

 だとしたら何故だ。一応の訓練を積んだ優秀な対ヴァンパイア要員が、いくら視界が悪いからって、人間とヴァンパイアを間違える、そんなヘマをするか?


「噛まれた痕は無いわ。この人は人間。代議士の一人だったみたいね」


 代議士だって? 


あらためて死体を見る。そういや見覚えのある、なんて思えばいつか廊下で挨拶交わした宮野とかいう衆議じゃないか。よく見れば頭部にあるべき筈の部位が無い。滑らかな断面。明らかに銃撃によるものじゃない。


「これってどうなるの? 緊急時のどさくさって事で済むの? 済まないの?」

「済むまいね。無論、居合わせた私の責任だがしかし、事は収束には向かうまい」


 朝香と総理のやり取りと彼等の視線。それを追ったときに納得したのさ。

 そうか。だから彼等は撃ったんだ。宮野の背後に佇むもう一方の人影。それに気づいてしまったんだ。修練を積んで会得した能力、ヴァンパイアの放つ殺気を感じ取る能力故に、撃たずには居られなかった。


 天井を仰ぐ。6階まで吹き抜けの、あの高い天井には瀟洒なステンドグラスがそのまま。四方に貼られた四季の壁画、壁の細工。破損なく、血の滲みひとつ無い。見なよ、台座に立つ大隈さんや伊藤さんが怖い眼でこっちを見てる。由緒ある設え。政治の基盤。国会議事堂。


 ここが戦場になる? 

 冗談じゃない! いままでわたしが積み上げて来た地位も、準備立ても、ぜんぶ無駄だったって?

 なんでだよ田中さん。何故今頃になって彼に手出しを?


 一歩前に進み出た彼を睨みつけ、わたしも一足前に出る。


「何のつもりですか田中さん」


 何も言わず、静かにわたしの眼を見つめ返している田中さん。凄い殺気だ。空間が歪んでみえるほどにね。

……いやいや、来るかなぁとは思ってたよ。沢口には「来ない」なんて言っちゃったけど、仮にもわたしは伯爵だ。こんな風に捕まったら黙ってる筈なんか無いってね。近場で待機してるんじゃないかなあとは思ってたんだ。

 ただ田中さんには「万一の時も手を出すな」って言ってあったんだよ。共存案優先。戦争になったら我々には道がないってね。もちろん如月が地下に兵隊を送らないはずもないから……ぶつかりはしただろう。人間側は殺す気で来てるから、流石の彼も被弾したかもしれない。

 でも、でもだ。田中さんなら抑える事が出来る。長く生きた者ほど抑制が効く。それもヴァンパイアだ。ていうか、田中さんの力を以てすれば、広範囲の防弾も思いのままだ。命を取らずに制圧する事なんか「お茶の子さいさい」だろう。

 なのに――


「答えてください。何故手を出したのか」


 わたしの質問は踏むべき手順をひとつ飛ばしている。宮野の顔の傷は田中さんの仕業だと端から決めつけた上で、その理由を尋ねてるんだからさ。でもさ、間違いないよ。鼻と耳を削ぐなんて、そんな真似をする習慣は我々にはない。もちろんまともな人間にもね。けど田中さんが生きていた時代――戦国の世にはそんな処罰があったらしいじゃないか。思いつくの、彼以外に誰が居るって言うのさ。

 田中さんは低く唸ってさ。チラチラと赤い火の灯るその眼をゆっくり閉じた。


「しばし錯乱致した次第、お許し下さい」


いったい彼に何があったのか。閉じた瞼を重たそうに上げ、じっとりと見返すその眼は言葉と裏腹だ。


「貴方ほどの人が、いったいどうしたと言うんです?」

「あの兵器のあの波動。我が内なる傷を疼かせる恐るべき手段なれば」

「兵器だって?」

「おや? あれは伯爵様の御手によるものでは無いと?」

「……何の事だい?」


 いつもの田中さんじゃない。声にはいつもの余裕は無いし、わざと癪に障る言い回しで問いかけて来る。


「ほう? わたくしはまた、彼奴らの司令塔でもあられた貴方様の指示かと」

「何を言ってる? 兵器ってなんなんだ!?」


 そうしたら田中さん、答える代わりに下の絨毯に眼を落として、そして上の壁画たちを見まわしたんだ。それらの隙間、継ぎ目から白い埃が舞い上がるのが見える。そうさ、絶えず感じていた震度0の振動が、いまやはっきりと感じる揺れとなってこの議事堂を揺るがしている。

 しかもただの地震じゃない。壁がまるで柔らかいゴムか何かみたいにぐにゃぐにゃ曲がって揺れ始めた。床も。立っていられず座り込む輩で場が騒然となった。

 逃げろ! と誰かが叫ぶ。さらに大きくなる振動。同時に耳に飛び込んできたのは針金で金板を引っ掻くような不快音。

 酷い音だ。それが鼓膜を突き破って脳味噌をかき回すのさ。耳を塞いでも音は聞こえる。両膝を折った。吐き気もそうだけど、襲って来た痛みがあんまり酷くてね。

 ……どんな痛みかって? そうだね! 身体中の骨という骨を金ヤスリみたいなザラザラした物で擦られる、そんな感じかな!!

 なるほどこれが!? 田中さんをも狂わせた兵器の正体! おそらく音波を利用した破壊兵器! ヴァンパイアの優れた聴覚を逆手に取った奴らの切り札!


 眼の感度を上げてもいられない。視界が闇に溶けていく。そんな時、わたしの両腕を力強く掴んだ者が居る。

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