ACT94 姫、お前もか!【如月 魁人】
広場の連中はすっかり奴の信者だ。眼力だけじゃねぇ。声とか仕草にも「魅了」の効果があんに違ぇねぇ。
俺には通じねぇかんな?
意味もほとんどチンプンカンプンだったし?
――違ぇよ! 法律に疎ぇわけじゃねぇ!
俺は指揮官として周囲に眼ぇ配ってっからよ? 奴の与太話聞くヒマなんかねぇんだよ!
ブルルルル! っと姫が啼いたが、広場の連中は見向きもしねぇ。報道も、沢口含めた議員も、戦闘員もみんなだ。軽い催眠状態って奴だ。たぶんメディア通して視聴した奴らも同んなじ状態になってるぜ?
俺ぁ返り血でも浴びたみてぇに赤く染まった議事堂を見上げた。この場の奴らに俺の言葉は届きそうもねぇが、流石に沢口と狙撃は無事だろ。
『ボス、やっぱやっちまおう。いいな?』
『やる? 何をだ』
『決まってんだろ。伯爵を始末すんだよ』
『待て。こちらは伯爵様の意見を最大限に取り入れる用意がある』
ぞっとしたぜ。沢口の奴、伯爵をサマ付けで呼びやがった。しかも用意だと? 見ろよ、吹きっ晒しの野っぱらで鍛えた俺の二の腕に鳥肌が立ってやがる。
赤かった議事堂が見る間に紫に変わってく。不味ぃ。夜行性の方々の時間だぜ?
『狙撃! 伯爵の心臓ぶち抜いちまえ! 俺が許す!』
『拒否します! そんな事をしたら伯爵様が――』
――狙撃……お前もか!?
俺は震える手で沢口と狙撃に繋がる無線を切った。
動転したときぁ……深呼吸だ。……そうだ。落ち着け。俺。
肌を刺す夜風。
頭の上を飛び退るコウモリ野郎。
群衆は動かねぇが、フラッシュの音と光は健在だ。
一帯の電気が付かねぇ。奴らが電源を落としたのかも知んねぇ。
そういや結弦が降りた……地下はどうなってる?
そうだ! 地下に配置した奴らが居たじゃねぇか! 特に射撃の上手い奴を厳選した精鋭部隊! あそこなら伯爵の演説は聞こえてねぇ!
なんて俺が気を取り直した瞬間、結弦からのコールが来た。さっすが結弦! グッタイミング! だがな?
『教えてくだ――。僕を――我々人間をどうするつもり――か』
『……は? お前なに言って・』
『貴方が――にされた仕打ちを思えば、人間を――悪鬼と――のが自然――伯爵の――に賛同するとは思え――』
声が遠くて切れ切れにしか聞こえねぇが……どうやら結弦の奴、俺じゃなく他の誰かとしゃべってら。
(誰か、なんて分かんねぇが……どうやら人間じゃねぇ。人間をどうするつもりかなんて人間にゃ訊かねぇだろうからな!)
結弦のこった。うっかりスイッチ入れるヘマぁしねぇ。わざわざ俺に聞かせたくてコールしたんだぜ?
俺ぁもう一度スピーカーに耳当てた。雑音がひでぇ。時々聞こえる単語は……秀吉? 朝鮮出兵? なんのこった?
だがその話の中身と例の余裕の高笑いで相手の正体解っちまった。田中大先生だ、奴が地下に潜んでやがった。
こりゃコトだぜ? 地下はたぶん制圧済み。生き残りは結弦のみ。それを知らせたくて俺に音声寄越したわけだ。俺ぁ即座に対処した。相手が田中じゃ結弦のやるこた決まってら。
「全隊員!! 退避だ!! 近くの非戦闘員を伴って速やかにこの場を撤退しやがれえええ!!!!」
退かせる理由は後から話す! とにかく今は避難が先だ!
だが俺の声はこいつらには届かねぇ。互いの背中追っかけて右往左往するばっか。まだ伯爵の支配から抜け切れてねぇ。俺は姫を走らせながらケツ叩いて回ったぜ? なんだかんだで敷地は広ぇ。奥行48間、幅113間もあるんだぜ?(あ? 間だと解りにくい? 88mに206m! うちの爺様、何でも尺間で教えてくれたからよ!)
そうこうするうち銃撃音がしやがった。1人じゃねぇ、一斉射撃。さっき女医の居た奥のあたりだ。スクープだとばかりに報道が中に入ってく。
「おおおおい!!! 中に入んな!! どけ!!」
俺は奴らに向かって叫んだ。棒立ちになる姫を必死こいて抑えたぜ。たてがみ掴んで、耳の根っこを捕まえたりしてな。
ピンっ……!! と音を立てて外れた銀のピアスが、キラリと闇に飛んで消えた。そん時だ。背を向けて雪崩れ込む連中に混ざる伯爵が一瞬だけ振り向いて、その眼を赤く光らせたんだ。
≪ギュオオオオオオオオォオオオオオオオ!!!!!≫
姫が吠えた。すげぇ声でだ。
「ひ……姫ぇ!?」
俺は姫の首に抱き着いた。引き絞られるみてぇな振動が胸に直に伝わって、うへぇ……張り裂けそう。
んな俺を横目でギロッと睨んだ姫が、一度眼ぇ閉じてな? ゆっくり瞼を上げたんだ。金の眼だった。静かだが底の知れねぇ眼だ。んで解っちまったのよ。この眼は伯爵だ。麗子さんに乗り移ったそん時の眼だってな。さっきのあれか? 赤い眼でこっち見た、そん時に姫に入ったってのか?
猛烈な尻っぱねが俺を跳ね飛ばした。反動で結弦と俺を繋いでた無線もどっかに飛んだ。あわや地面に激突ってトコでギリで体勢立て直す。司令仕込みのバック転だ。俺の真上で棒立ちになった姫は……うは……でっけぇのなんの。
「姫! 悪ぃ!」
しゃがんだまま上に銃を構えた。姫の背後に真っ黒な影がぶわっと見えたが構やしねぇ。撃鉄は起立済み。心臓の位置は解ってら。
引き金引いたぜ。同時に2発。だが2発とも質量のでけぇ盾に阻まれたんだ。
「うわわわわ!!」
俺ぁたまらず後退した。パタパタした小っせぇもんが大量にぶつかって来たからだ。
「やめっ! ぅわっ!!」
小せぇっつったってバカに出来ねぇ。目も口に開けてらんねぇ! キィキィ言うこれ、コウモリか? 影の正体こいつらか?
兵士どもの掩護はまったくねぇ。ただ呆然突っ立ってる。号令かける間もなく俺ぁまたまた吹っ飛んだ。今度は胴体まともに喰らった。馬の蹴りよ。なんぼ鍛えた腹筋でもやられりゃ内臓破裂する。着地は間に合わねぇ。せめて頭守って転がんのが一杯よ。
攻撃は緩まねぇ。横っ腹ガンガン蹴られて、そんたびに俺は地面を這いずった。んで仰向けにされたとこをトドメの一発が来たわけだ。
「がはっっっ!!!」
踏みつけられたのはちょうど胃の真上だ。まともに体重かけられたらペシャンコの筈だが……加減してやがる。加減して蹄鉄履いた蹄の先っちょでグリグリやりやがった。
やっぱ伯爵だぜ? 今朝も尖ったヒールでこんな風に踏まれたっけ。
景色が変わった。利尻の島が水平線の向こうに浮かんでんのがはっきり見えたんだ。カモメまで飛んでら。
……俺、死ぬんかなぁ。
口から溢れてやがるこの熱いもんも……さっき飲んだコーヒーじゃあ……ねぇだろなぁ。
なあ姫。
もし死んで生まれ変わったら……また俺とひとっ走りしてくれね? 宗谷まで突っ切って、道東行って道南までぐるっと回んのもいいかもな。知ってっか? 根室はすっげぇ朝が綺麗だと。お日様が水平線からブワッと昇るの最高らしいぜ。朝日で真っ赤に染まったお前の髪も……なまら……綺麗だろうなあ……
「いてっ!」
いきなり意識がクリアになった。米神をビシッ! っとやられたせいだ。首を巡らせハッとしたね。俺目掛けて礫を投げた奴が居たもんだ。見た目はフリーのライターみてぇな恰好だが、俺にはすぐにピンと来た。司令の報道記者バージョンだってな。
司令! いつの間に! って驚くのが礼儀かも知れねぇが、今更だ。神出鬼没は司令の十八番だかんな。
『そんな所で終わる君かい?』
司令の口がそう動く。面目ねぇ。俺はどっかで死んでもいいって思ってた。姫は俺の家族だぜ? 可愛い妹で、恋人だ。んな相手に本気になれっかよ。そしたらボタボタっと、これまた熱い何かが俺の顔に降りかかるわけよ。何かと思って上を見りゃあ……姫が泣いてやがる。血の涙だ。あん時の司令だ。金に光る眼が……赤い血で真っ赤に濡れてやがる。
姫……俺……俺は……
「分かったぜ、姫。先に行って待ってろ」
姫が咆哮した。司令の姿は無ぇ。伯爵んとこにでも行ったか?
俺ぁヴァンプになっちまったもんの気持ちなんぞ分からねぇ。司令が何であんな風に泣いた訳もさっぱりだ。理解なんか出来っこねぇ。この俺にやってやれるこたぁ……ひとつだけ。終わらせてやる、ただそれだけよ。
両眼を凝らす。夜目が利くわけじゃねぇが、平野で鍛えた視力をナメんなよ? そこここ飛びまわる蝙蝠の金の眼と、どっかで焚かれるフラッシュの光源。これさえありゃあ十分だぜ。
左、右のトリガー引いた。前は姫の足で塞がれてっから、狙いは斜め左と右だ。何処狙ってるって言われりゃあ、さっきから突っ立って俺ら眺めてる奴等、の持つライオットシールド? あの長四角の楯。そりゃ真正面からぶち当てりゃあ……マグナム弾だ、あんなん簡単に貫通しちまう。が角度つけりゃあ平気だ。ガシッと当たって跳ねた弾頭が飛びまわる蝙蝠どもをかいくぐる。後はもう見ての通りよ。
俺に乗っかる体重が軽くなる。フワッと溶けるみてぇに霧散する身体。クリーム色の鬣も、肌も、白い蹄も、なんもかんもが消えて無くなった。な~んも残さねぇでこの世から消えちまった。
「……なんでヴァンプってのは死ぬとこうなるのかねぇ」
楯に俺の弾当てられた野郎が近づいてきて、俺の手を取った。眼ぇ覚めたんだろ。「流石ですね!」なんてほざきやがって。
そりゃまあ簡単にやれる事じゃねぇ。跳弾使う技術もそうだが、いま肝心だったのは馬の解剖学だ。馬の心臓のど真ん中――第4から第5肋骨の隙間が何処にあるか知ってねぇといけねぇ。馬の胸は人と違って縦につぶれた形状だ。正面は頑丈な胸骨ってもんが邪魔で、心臓は狙いにくいのよ。だからま横から撃ちこむのがベストってな。脇の下が空いた瞬間を狙ったわけだ。
俺を誰だと思ってやがる。司令に次ぐHランクの免状持ちだぜぇ?
跳弾使いの名は伊達じゃねぇ!! 畜生!! 畜生ーーー!!!!!!!