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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT90 世界に先立つ法案【菅 公隆】

 さらに高まるどよめき。顔を見合わせる隊員達。唇を噛んだ沢口が口を開く。


「待って下さい。仮に貴方が人間であればなおさら拘束は解けません。刑法第198条の殺人罪、又は204条の傷害罪が成立します」


 大衆の視線が今度は沢口に向けられる。そうだね。そこに気付かなかったら沢口じゃない。


 思い出すなあ……

 大学のゼミでさ、沢口が被告の代理人、わたしが原告側の代理人役で演習したことがあったんだけど、いやいや、夜が更けても終わらなくてさ。呆れかえった教授にストップかけられた事思いだすよ。言われたっけ。君達は政治家志望を考え直した方が良くないかって。検事や弁護士に向いてるんじゃないかってね。実を言えばその気になりかけたんだ。でもそんなわたしを引きとめたのが沢口なのさ。どっちが先に出世するか勝負だ、なんてね。


 彼の言うとおり。人であればそれなりの義務も責任も負わなきゃならない。人を殺せば殺人罪、傷つければ障害罪だ。

 けどさ。ヴァンパイアって生き物は哀しいかな、人間を殺さずに生きていくことは出来ないんだよ?

 病院で見かけるパック詰めの保存食じゃダメなのさ。ほんと、あれで事が済むんだったら話の持って行き方が大分違ったんだけどね?


「そこなんですよ。だからこそ、我々を人間だと認めた上での新しい法案――ヴァンパイアの人権擁護法が必要なんです」

「それがさきほど仰った、新法案というわけですか?」

「そうです。ヴァンパイアの行動を制限すると同時に、栄養の摂取手段……つまり新鮮な血液を得る行為を合法とする」

「御冗談を。貴方方の吸血行為を法的に認めろと?」

「ご存知ですか? 世の中には進んで自分の喉を差し出す人間も少なからず居ることを」


 記者たちの眉間にもれなく(・・・・)しわが寄る。そうさ。ここからさ。非常にデリケートな交渉が必要になるのはね。


「この場におられる、いやこの映像をご覧になっているすべての方々は思われるだろう。吸血行為はおぞましい行為だと。だがこれだけはどうしようも無いのです。我々は生きた動物の血液しか受け付けないのですから! 血液バンクを当てに出来ればどんなに良かったか! 

 無論、制約はそれだけではありません。我々は十字架や大蒜、流水などを嫌います。特に日光は大敵だ。大多数は夜に限定された生活を送らざるを得ない。これは我々の責任でしょうか? 罪でしょうか?

 我々は忌み嫌われ、虐げられてきた存在です。正体を暴かれればハンターに追われ、問答無用で駆除される。1000を超すと言われた我らの数は今や数を減らし、現在はそのコロニーも神戸、新宿を含めて数えるほどだ。

 知恵を絞り、人の世に紛れ、かろうじて生き延びてきた仲間を……真祖であるわたくしがどうして見捨てる事が出来ようか?

 幸いわたくしは政治に携わる家に生まれました。恵まれた環境と支持する方々が現在の職に就く事を許してくれました。わたくしがやるべき事はあなた方人間と喧嘩をする事ではない、我らの正当なる権利を訴える事です。我らの居場所を作る事です。

 ですからもう一度言います。ヴァンパイアは人間です。多くの障害を抱えますが、その一方で身体能力は人のそれを上回ります。

 いいですか? 我々は人類の寄生虫ではない。相利共生(互いに利益を得られる共生関係のこと)が可能な存在、同じ人間なのですよ? 我々を問答無用に淘汰する現在の法体制は……非常に時代遅れで不条理だと言わざるを得ません」


 沢口が何事か言おうとして……だが。あともうひと押しか?


「貴方方は覚えておいでだ。40年前、長崎のとある(・・・)島で起こった痛ましい事件のことを。

 丘の上に立つ教会で、ヴァンパイアも人も、神のもとに平等だと説いた神父が居ました。彼を慕っていた島民はとうぜんの如く彼の言葉に感銘を受け、支持したと聞きます。しかしその神父がどうなったか?

 殺されました。200を超える島民ごと。皆が皆、喉に傷を負っていた。だからヴァンパイアの仕業だと報道された。しかし事実は違います。全国に向け、ヴァンパイアの権利を訴え始めた島民の……その影響を危惧した政府が動いたんです。まるでヴァンパイアの仕業のように見せかけ、闇から闇へ葬ったのですよ!」


 肌を刺していた紫外線が……温かな赤い光に取って替わる。こんなにも鮮やかに染まる空をかつて見ただろうか。

 その色を映し出す群衆の眼が赤い。


「ただ一人、まだ幼い少年だけが生き残った。彼は今でも悩んでいる。ヴァンパイアか人間か。誰を恨んでいいのかと。

 当時の内閣を責めるのは簡単です。しかしそうではない。誰が悪いわけでもない、強いて言えば……我々の存在を許した神か。

 もう止めにしましょう。争いはどちらに取ってもマイナスにしかなりません」


 空を仰ぐ。一面に染まる血色の空の向こう。遠ざかる3羽のハト。


「もしこの法案が可決されれば、日本はアメリアやロシア、EU諸国に先立つことになる。追従を常とする日本が世界に先駆ける良い機会だと思いませんか? この映像はリアルタイムで世界各国に配信されています。おそらく各国は戸惑うでしょう。国連が急遽審議を行うかもしれない。しかし必ずや賛同し賢明なる決定を称賛するはずだ。闇雲に排斥し合う時代では無いのですから」



 ざわめく木々。ざわめく群衆。一人だけ……敵意を向ける男の眼。馬上の彼の眼だけが闇を映したように黒い。

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