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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT89 憲法違反さ【菅 公隆】

 ……ため息が出たよ。大学のキャンバスで、先輩後輩として議論を交わす仲だったわたしには良く解る。沢口の言葉は明らかな難癖で、そして彼自身そのことを知った上で喧嘩を売ってるってね。売られた喧嘩は買えば、ここは会見という名の法廷になる。

 被告に原告、役者は揃ってる。これを見ている人間すべてが判事ジャッジさ。


 沢口を見ていた記者らがこちらに視線を移す。フリーのライター風――黒い帽子を目深に被った男だけがこちらに視線を合わせない。傾いたが群衆の影を長く伸ばしている。ざわめく植木。葉の落ちない木もいくつか。その一点がキラリと光るのは……おそらく狙撃手。あそこと……あそこにも。自分は依然、薄い氷の上に立っている。

 視界が揺れる。気を許せば倒れてしまいそうな心もとない足元。胸の中から……刺し込まれるあの痛み。いっそのこと、今この場で楽になってしまおうか。彼らにトリガーを引かせるのは簡単だ。


 でも……まだだ。

 17年前のあの夜がわたしを変えた。我々が生きるすべ、人との共存という新たな目標に目覚めたあの日。今でもはっきりと思い出せる。あの教会で、この私の手を力強く握りしめてくれた神父の手を。

 3年前のあの時も。血に染まるこの手を取り、わたしの言葉に賛同してくれた田中さん、駆け寄ってきた同胞達。その歓喜と期待に満ちた眼差し。


 守ってみせるよ。闇の中、人目を避けて生きるしかなかった我等を、同胞を守ってみせる。この日本で我々が堂々とやっていく手段、それは法的権利の確立しかないんだ。


「いいでしょう。この姿勢が問題だと仰るなら、現在施行済みの吸対法を廃止すべきという、その根拠をお示します」


 馬上の如月がこっちを見てる。まるで御預け喰らった犬の顔してね。君はさっさと撃つべきだった。国民がわたしの話を聞きたがる、その前にさ。もし沢口がわたしに負けたら……覚悟しといてよ? 最初の犠牲は如月魁人、君だ。



「是非お聞きしたいですね。ご自分が作成した法を否定する理由を」


 沢口の、マイク無しでもはっきりと聞き取れる張りのある声音。外さぬ視線。君もたいしたタマさ。その言動ひとつで日本の運命が決まる。ひとつ間違えば戦場になるだろうこの局面に。


「では逆にお聞きします。吸対法における『ヴァンパイア』とは何ですか?」

「……流石に関連法規は頭に叩きこんでありますよ」

「では仰ってみてください」

「吸対法第2条第2項、吸血鬼、いわゆるヴァンパイアとは、主に人の血液を摂取し栄養源とする、人型の非独立栄養生物をいう」

「excellent(素晴らしい)! 一字一句間違いない!」

「茶化さないで頂きたい。この短い一文が何だと言んです?」

「おや? この文言に疑問が無いと仰る?」

「疑問も何も、全くその通りじゃありませんか。ヴァンパイアは人の血を吸う化け物だと」 

「そうです。法律上、ヴァンパイアはただその曖昧な一文によって定義されているに過ぎない」

「曖昧ですって?」

「おや? 気付きませんか? 現ハンター協会の副元帥ともあろう御方が、字面を追う事しか出来ない?」


 ジリジリと頬を焼いていた陽の光が翳る。ヒンヤリした空気に混じるのは微かな「夜」の気配。


「御教示願えませんか? 当の貴方が御作りになった、その定義の曖昧さについて」

「面目ない。当時のわたしは大変に勉強不足だったと反省しています。生物学的な根拠について全く触れずに済ませてしまった」

「必要でしょうか? 生物学的な根拠など」

「必要でしょう。この定義はヘマトフィリア、つまり血液嗜好症を患う人間にもそっくりそのまま当てはまる」

「そうでしょうか? ヘマトフィリアの人達は無理やりに人を襲って血を吸ったりしないのでは?」

「それもどうでしょう? 欲しいものを力づくで手に入れるのは、ヴァンパイアだけでは無いのでは?」

「もちろん、暴力を以て欲求の手段とする輩も居るでしょう。しかし彼らは法の下に裁かれ、その行動を規制されます」

「その通りです。我々ヴァンパイアも彼らと同様に裁かれる権利がある。問答無用でこの命を奪う権利は貴方がたに無い」


 大型の蝶のような生き物が眼の前をパタパタと横切った。蝙蝠だ。学校の体育館の裏で良く見かける種だ。彼らの活動時間は我々のそれに近い。


「無い? 御冗談を。問答無用で我々人間の命を奪ってきたヴァンパイアに、それを主張する資格などありはしない」

「確かに我々には、人を襲いたいという……如何ともし難い衝動がある。しかしそれはこの枷で抑制可能だ」

「人の作った抑制装置などいつか簡単に外れるものです。想定外の事態が起こってからでは遅い」

「我々を原子炉か何かと勘違いなさっていませんか?」

「ある意味それより質が悪い。貴方がたには人並み、いや時にはそれ以上の知能がある」

「知能の有無が問題ならば、アインシュタインやダビンチは危険な駆除対象者、という事になりますが?」

「妙な方向に話が逸れていませんか? 彼らは人を襲う凶暴性を持ち合わせていない」

「ですから、我々もこの枷で凶暴性を抑制出来ると言っています」

「……いい加減話を最初に戻しましょう。吸対法を廃止できる根拠は何ですか?」

「単純な理由ですよ。吸対法が日本国憲法に違反しているからです」

「……憲法……違反ですって……!?」


 会場が湧く。ほんと、憲法違反って言葉には破壊力があるね!


「先ほど申し上げた通り、我々は単なる伝染性疾患を患った人間だ。我々は歴とした日本の国民だという事です。

 憲法第14条、すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。同法第18条、何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。

 わたくしは吸対法廃止理由を掲げると同時に、この奴隷的拘束を直ちに解くこと、そして本部の速やかなる撤収撤退を要求します」

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