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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT78 力の源【佐井 朝香】

「どうしたのさ。その辺の覚悟はして来たんだろ?」

 

 吐息を耳に感じながら、あたしは思う。そうよ、覚悟。確かにそんな覚悟もしてた。柏木さんの話を聞いて、事情があんまり気の毒で。だからこんなあたしでも役に立てるかなって。

 いいじゃない、晩餐。死を前にした最後のお食事。それはとっても神聖な儀式。そんな役の立ち方もあるじゃない。

 耳元を通り過ぎた唇が、ゆっくりと頬の上をすべる。そっと。触れるか触れないか、そんな距離で。

 やだ……ぞくぞくする。いよいよね? 鋭い牙がこの喉に突き立てられる。さっき柏木さんにやられたあの続きが今度こそ本当に!

 でもね? 彼のそれが最終的に辿り着いたのはこの唇の上だった。


「ん……」


 ほんとは「嘘っ!」って言おうとしたの。口を塞がれて声にならなかっただけ。びっくりしたわ、ほんとのほんとに驚いた! ヴァンパイアが口づけ(・・・)なんて! しかもこんな……とっても……優しい――


 思考が彼方に溶けていく。身体が素直に反応する。

 無理。止まらない。

 こたえたわ。相手をいたわるようなその動きに、進んで応じずには居られなかった。解放された腕をその背中に回して。背筋にそっと指を這わせたら彼の身体も反応して。これってまるで人間ひと同士のそれじゃない? 本能に身を任せるあの――


「血を……吸わないの?」

「ん?」

「さっき晩餐(・・)って言い方したから」

「うん。言ったね」


 そっとあたしの顔を両手で挟んで眼を覗き込む彼。その手が首に降りてきて、ブラウスのボタンをひとつずつ外し始めて。今度は少し遠慮のない熱の籠ったキス。すごい……とろけそう。腰や脇を撫でてた手が胸元に滑り込む。あたしは必死で声を押し殺す。時が……時計の針がゆっくりと回ってる。勝手に反応する身体。熱くて冷たい彼の身体。強くて優しいその仕草。……変。この感じ……何処かで?


「あのさ。わたしにどんなイメージ持ってる?」


すごい。彼ったらこんな激しい運動してるのに、まるで公園のベンチにでも腰かけながら世間話でもしてるみたい。あたしは駄目。息も絶え絶えだから、まともに受け答えなんて出来ない。うっかり声を出したら変な声が出ちゃいそう。


「もしかしてさ。悪逆非道で酒池肉林の毎日を送ってる、なんて思ってない?」


 あたし、思わずコクコク頷いたわ! まさにその通りだったもの!

彼、困った顔して苦笑い。


「酷いな。柏木の件以来、人を襲うどころかまともに血すら吸った事も無いのにさ」

「え……? うそ!」

「嘘じゃない。ある人と約束したのさ。自分の欲望に決して溺れないってね」


 あたし、もう一度「うそ!」って言おうとして、でもまたまた声を出せなくなっちゃった。だって彼ったら……すっごく……とっても……凄いんだもの!

 とにかく嘘よ、嘘に決まってる! 血も吸わないでこんなパワーとかスタミナが維持できるわけがない。もうかれこれ3時間。その間一切の休憩なし! しかも彼、少しも黙っていないの。きっとあたしを退屈させまいとしてくれてるのね? 自分の生い立ちとか、苦労話とか失敗談とか面白おかしく話すのよ。人を愉しませる術を心得てるって言うの?(柏木さんがうっかり洩らした長崎弁の話なんてもう傑作!)

そのうちあたしにも余裕が出てきて、質問疑問をぶつけたわ。特にほら、田中さんの事とか?


「許嫁の件、柏木さんに聞いたわ。でもまだピンと来なくて」

「……だろうね。田中さんが勝手に進めた話だしね」

「そうなの! あたし……田中さんの事……知らなかったの。父も母も死んだって言われて育ったから……」

「へぇ? どうして名乗り出なかったんだろうね」


 時計の針が2時を回ってる。沢口達はまだ来ない。天井に吊るされた蝋燭型の照明がゆらゆらしてる。こんな所で、こんな場所で……でも、いいわよね? 一寸先は闇だもの。彼もあたしも、明日には冷たくなってるかも知れないもの。


「朝香、ゲノムの件はどこまで調べた?」


 彼ったらいつのまにかファーストネームで。


「ん……まだぜんぜん。検体採取していざって時に呼ばれたから」

「悪かったね。わたしの為にわざわざご足労くださって」

「でも菅さんの行動とお話が参考になったわ」

「参考? わたしの行動が何の参考になったって?」

「だから、ヴァンパイアの正体を知るための」

「ヴァンパイアの……正体?」


 珍しく眼を丸くした彼が、いきなり仕事モードになった。


「そういえば桜子の屋敷でおかしな事言ってたね? ヴァンパイアがウイルスによる感染症だとか何とかさ」

「言ったわ。いまそれを証明する情報を集めてるの」

「もしそれが本当なら話の持って行き方がガラリと変わる」


 キラッと顔を輝かせた彼がパッと立ち上がって、素早く衣服を身に着けて。


「……菅さん?」

「朝香! それっていつ頃わかる? 1時間後? 2時間後?」

「そ……そんなに早くは無理よ! 少なくともあと4時間はかかるわ!」


 あたし、ゲノムの解析やら何やらを柏木さんに頼んた件を話したわ。頷きながら、彼の方も出来るだけの情報を提供してくれた。

信じられる? 人の血を吸ったのはたったの2回。3年前に柏木さんから貰った時と、ひと月前に桜子さんに貰った、その2回だけだって言うの。しかも水は一滴も飲んでないって。それって何も摂取してないと同じよね。生物学的に絶対にありえない。 

 でもそれこそが鍵になる。麻生の血が酸素を運んでいなかったことも。酸素呼吸なしで動ける、しかもこんな無限の体力なんて絶対に有り得ないけど、でもその機序を解明してみせる。ヴァンパイアの正体も。そう、感染したウイルスの本体を見つけてみせる!

 いい? 本気になったらあたしだって凄いんだから! ヴァンパイアは人間だって、ホントにぜったい証明して見せるんだから!

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