ACT76 おっぱじめる訳だ【如月 魁人】
とりあえずって議事堂の中庭に待機した俺ら。四方がきっちり囲まれたここぁ元々馬繋ぐための場所らしい。
甘え声で鼻摺り寄せてきた姫。その首に手ぇ伸ばした俺ぁぎょっとしたね。やたらサラッとしたからよ? 馬って奴は汗っかきだ。普通あれだけ走りゃあびっしょりだ。それがこんなに乾いてやがる。バサつきもなければ乱れもねぇ。まるで百貨店で売ってる上等の毛皮だ。体臭もねぇ。あの馬独特の匂いが全くねぇ。
見りゃあ結弦の奴、繋ぎ場の石に腰かけてベレッタの手入れの最中だ。俺らの方をチラっとも見ねぇ。
『ごめんな』
俺は声を出さずに呟いた。ヴァンプになっちまった奴ぁ……例え恋人でも躊躇うな。それが決まりだ。
腰のパイソンを抜いて、姫の胸の真ん中にピタリと当てる。真っ黒ぇ、生まれた時のそのまんまの目で俺を見る姫。俺の髪を甘噛みする、その癖もそのまんま。
……情けねぇ。グリップ握る手が震えてやがる。トリガーに触れる指も強張って動かねぇ。
ポンと肩を叩かれた。いつの間にか結弦がま横に立ってやがる。ますますもって情けねぇ。
「僕がやろうか? 一緒に育ったんだろ?」
「申し出はありがてぇが……ケリはてめぇで付けるぜ。姫が望んでっからよ」
俺は姫の頭を両手で挟み込んで……額くっつけてガシガシ擦った。んな顔、結弦に見せられねぇからよ。
あ? 何してるてかって? ピアス外してんの。これ、特注だぜ? 俺のファーストピアス。馬の蹄鉄のミニチュアだ。これを姫の右耳に付けてやるのさ。
「魁人?」
「銀のお守りだ。衝動抑える効果くれぇあんだろ」
つってポンと姫の頸を叩く。……はあ……。なにやってんだ俺。
しょうがねぇって顔して一緒に姫の頸をポンポンしてた結弦がハッとした顔して振り返った。
「議事堂に黄金の白馬。なかなか見ない光景だ」
「あ?」
俺も振り返った。
高そうなグレースーツが立ってやがる。
左の襟に光ってんのは菊紋のバッジだ。花びらの数ぁ……ひぃふぅみぃの11枚、んで台座は臙脂。臙脂は衆議の議員様。
誰かって言われりゃ……俺らの上司様だ。防衛副大臣、沢口憲一。司令が抜けちまった今だから、直属の上官って事になるか。
「美しい馬だ。サラブレッドか? 如月伍長」
手ぇ後ろに組んだまま近づいてくるそのツラぁ……真面目くさった、まるで中学んときの生活指導。
……てぇ……おいおい。結弦の奴、背ぇ伸ばして、ビシッと右肘横に張る軍隊式の敬礼なんかしてやがる。
俺はしねぇよ? 自衛隊員でもねぇ俺らにンナ習慣ねぇし義務もねぇ。上官にヘェコラしねぇのが俺のスタイルだしな。
んな俺の態度に奴も慣れっこなんだろ。気にした風もなく言いやがった。
「伍長、君に現場の指揮を任せる」
「……は……い?」
いやいや、面食らうって。
上の命令ハイハイって聞かなきゃなんねぇ俺らだがよ? 頷いていいかどうか迷っちまった。そりゃそうだろ! いざって時に自衛隊動かせるのは内閣総理大臣って決まってんだからな! 現場で奴らを指揮すんのも当然自衛官。その場で一番上の階級の人間だ。奴らだけじゃねぇ、ここにはSATも来てんだ。警視庁管轄のな。俺ごときに務まるかっての。
だが沢口は当然って顔してな?
「たった今、総理が『緊急事態宣言』を布告された。その総理が私に、敷地内の人間すべてを動かす権限を下さったのだ」
「ならまんま、あんたがやりゃあいいだろ?」
「確かに私は防衛省の人間だが、中身はただの代議士だ。現場を指揮する能力も経験もない」
「……でも」
「心配するな。大まかな指示は私が送る」
「……はあ」
「本来ならば柏木曹長に頼むところだが、彼はヴァンパイアだ。人間側に付いてはいるが、そうと知った以上役目は与えられない」
「で、俺ってわけか」
「君以外に出来ないと聞いてるよ。やってくれるかね?」
俺はまたまた面食らって振り向いた。
最後のセリフが沢口のもんじゃねぇ、正真正銘の現内閣総理大臣、二木俊太郎だったからだ。
二木俊太郎。
10年前、俺が東京出てきた時は官房長官やってたと記憶してるぜ。なんつーか……政治家のくせに妙に人間味のあるおっさんでよ? 言葉遣いが鯱張って無ぇ、その場その場を自分の言葉でしゃべってる感。官僚の作った原稿見てるんだか見てねぇんだか、言いたいことは割とハッキリ。答弁は明瞭明快。だからか支持率は割と高ぇ。
へぇ……。間近でみりゃあなかなかの眼力だ。簡単に出せねぇ布告出してのけるだけはあるぜ。
って……待てよ?
「宣言って事は公表したのか!? ここが物騒なことになってる……その事をよ!?」
つい総理大臣相手にタメ口で怒鳴っちまったぜ。
……仕方ねぇだろ。本部(吸血鬼対策本部)は立っても、宣言(緊急事態宣言)が布告された事なんかねぇんだぜ?
下にそんな口利かれたことねぇんだろ、総理が目ぇ白黒させて沢口に目配せしやがった。沢口の顔色が見る間に変わってよ?
「申し訳ありません! 部下がとんだ失礼を……」
「構わんよ、少し驚いただけだ。続けたまえ」
総理の応対に俺の方が驚いたね。その辺のお偉方なら即「降格だ免職だ」なんて口から泡飛ばすとこだろ。それが不適な薄笑いまで浮かべて相手の意見を促してやがる。大した器だ。せっかくの機会だからぶつけてやった。感じた疑問をそのままな。
「なんでだ? 今まで何のために穏便に済ませてきたんだ?」
だぜ。ヴァンプ関連はすべて秘密裏に処理しろって言って来たのはこいつらだ。
国民の皆様には内緒ってこった。この間のリサイタルの時も、きっちり箝口令が敷かれやがった。それを公表するってこたぁ……
「宣戦布告か? ようやくおっぱじめる気になったって訳か?」
総理が頷く。マジだ。本気で奴らをつぶす気だ。
問題は自衛隊とSATだ。俺なんかの指示に素直に従ってくれりゃいいんだがな。




