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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ATC75 2人きりの時間【佐井 朝香】

 あたし、自分なりに腹を決めてた。捕まっちゃった菅伯爵。彼をダシに呼び出された自分。これってある意味最悪な状況でしょ?

 それでもここに来たのは伯爵の事情を聞いちゃったから。あたしに出来ることが何かあるかもって思ったから。

 ただ……この扉の向こうに、ほんとに伯爵が居るとしたらどんな格好かしら? きっと酷い事になってるわよね。ヴァンパイアが紳士的な扱いを受けるわけがないもの。

 どうしよ? 裸で天井から吊るされたりしたら! それとも柏木さんみたいに、手足斬られて転がってるとか? 相手はあの伯爵だもの! それくらいしなきゃ大人しくならなそうだもの! 反撃されたらたぶんひとたまりも……って、むしろそっちの可能性も? 伯爵に殺された人の遺体で部屋がいっぱいだったら?

 ……あたしってば医者でしょ? 飛び散る血とか千切れた手足とか、そりゃもう生々しく想像出来ちゃうのよ。だからあたし、何見ても驚かない、大丈夫って覚悟を決めて、そしてやっとノックをしたの。


 応対してくれたのは黒服の男たち。とりあえず、後者の線はないみたい。

 じゃあ伯爵は? って中のぞいたけど、黒服の男がうじゃうじゃしてて全然見えない。だから伯爵は何処かって聞いたら、取り澄ました顔して「あそこだ」って指差す人が。

 さっと人が左右に分かれて、そして出来た道の向こうに――居た! 菅伯爵! 


 思わず口元が緩んじゃった。少なくとも彼、吊るされてなかった。怪我もしてなかった。ていうか、別に縛られてるとかでもない。どこかの社長が座るみたいな豪華な椅子にどっかり座り込んだまま、すっごい不貞腐れた顔してるの。肘掛けに乗せた腕をダルそうにぶらんと下げて。その手首には、さっき柏木さんが嵌めてたのと同じブレスレット型の手枷。

 でもぜんぜんなの。虜囚に甘んじるって態度じゃ全然ない。あのエラそうな伯爵が、捕まってるクセにやっぱり偉そうにしてる。そんな様子がとっても可笑しくて。だから思わず言っちゃった。ずいぶんいい格好ね! って。


 そしたら伯爵、は? って顔してあたしを見て。黒服たちも呆気に取られた顔でこっちを見て。そんな微妙な空気を破ったのは、さっき伯爵を指差した男の人。歳は彼と同じくらいで、体育会系のキリっとした顔つきの人ね?


「発作がおさまったら知らせて下さい」

「発作?」

「主治医ならご存知でしょう。我々は外しますから御随意に」

「え……ああ、そうね。解ったわ」


 なんか咄嗟に返事しちゃって、それを見て頷いた彼が男達を引き連れて出て行っちゃった。バタン、とドアが閉じる。

……どういうこと? 本当に発作を何とかする為にあたしを呼んだって事? ただその為に?

拍子抜けしちゃう。だって問答無用で殺されるか、そうでなくても縛られて酷い事されるかと思ってたから。

 そんなあたしをじっと見ていた伯爵様が、気軽な調子で声をかけてきたの。


「やあ先生」


 なんてね?

ハッとしたわ。その声の調子で彼の容態が解ったから。駆け寄って声をかけずには居られなかった。だってだって! あのメールが届いたのは1時間も前なのよ? それをそんな格好でずっと我慢してたなんて! しかもそれを出さないように努力してるっていうの?

もう! 手を引っ込めないで! 「なにするんだ」って顔なんかしちゃって! いい年した大人が医者の前で強がるんじゃないわ!


「じっとして! 脈と体温確認するだけだから!」


 ビクッと身体を震わせた伯爵。コツンとあたしの額を伯爵の額とくっつけたら、あらら、まるで初めて病院に連れてこられた子供みたいに硬直しちゃった。ていうか、ほんとに初めて?


「熱があるわ。脈も早い。ちょっと楽にしてくれる?」


 そしたらあたしの言うとおりに身体の力を抜いた伯爵が眼を閉じた。ほらね、とっても苦しかったのね?


「発作の原因はあれよね。3年前に柏木さんが――」

「……柏木が……話したんだ?」


 吐息だけで絞り出された囁き声が聞き取れたのは、あたしの耳が彼の口元近くにあったから。眼を硬く閉じたままぐったりと椅子に身体をあずける彼。やっと息してるって感じ。白いジャケットの胸元に留められた紺色の議員バッジが小刻みに上下してる。


「いい? 触るわよ?」


 彼が頷くのを確認したあたしは、慎重にネクタイを外した。Yシャツのボタンを開放するために。眼を閉じたままじっとしてた彼だったけど、胸に手を当てたら流石にちょっと身じろぎして。


「御免なさい。少しの間、動かないでね?」


 胸骨、鎖骨、第1肋骨、と順に手の位置をずらしていく。呼吸を止めていた彼が不意に声を上げる。


 ……そう、ここが……痛むのね?


 手の平に意識を集中する。眼を閉じて……鼓動の振り幅と強さと、位置関係を把握する。レントゲンなんて要らない。あたしはずっとこれでやってきた。


「左心(大動脈に血液を送る心室)の一点に重み(・・)があるわ。銃弾の位置はそこね」

「……へぇ……わかるん……だ……」


 うっすらと瞼を開けた伯爵だけど、その焦点は定まってない。


「発作を抑える方法を教えて? あるんでしょ?」


 視点を虚空に彷徨わせ、その口が何事かを呟く。あたしは彼の言う通りにジャケットを裏返して、内ポケットからそれ(・・)を取り出した。指先でやっとつまめるサイズの白いプレート。もう今は製造されていないスクエア型のミュージックメディア。ジョギングしながらこれを付けてる人を良く見かけたものだけど。

 一緒に聴く? なんて言うから、なんとなくそれに従った。片方を自分の耳に嵌めて、爪の先でやっとスライド出来るスイッチをカチンと引いて。すると澄んだ音が耳に流れ込んで来た。ピアノの音。しっとりした……綺麗な曲。やさしい曲。


 トクン、と音が鳴る。小刻みに痙攣していたはずの心臓の音が、しっかりした鼓動を刻み始める。落ち着いた呼吸。良かった、やっと……おさまった? ……暖かい。菅さんの手がとっても……あたたかで……眠いわ……もう少し……このままで…………



「せんせい! いつまで寝てるのさ?」


 やだっ! あたし、いつの間に!

見ればあたしを見下ろす伯爵がニヤニヤしてる。両手を腰に当てて、ピッと背筋を伸ばして。発作の方はすっかりいいみたい。

 こうしてみると彼、いかにも政界のお偉いさんって感じよね? オーラが凄いし、華もある。豪華な内装って背景にぜんぜん負けてない。こういう所に来るべく生まれて来たって感じ? 白スーツがあんなに似合って、髪型も仕草も決まってて、黒い眼なんか黒曜石みたいにキラキラしてて……もうあんな怖い印象はない。眼の奥のあの……沢山の眼を……感じるけど怖くない。むしろ――


「どうしたのさ。顔が赤いよ?」

「え! そ……そう?」

「大丈夫かい? 先生こそ無理して疲れたんじゃ?」


 コツン、と……さっきあたしがしたみたいにおでこをあたしのそれにくっつけて。

 ドキンとしちゃった。そうよ! その見た目でそんな事されたら反則よ!


「ほら、やっぱり熱いじゃないか」


 やめてよその心配顔! あの時あんなに最悪だった……そのギャップが……あ……あたしほんとそういうのダメなんだから! そんな顔されたらほんとにどうにかなっちゃうんだから! だめ! そんな、テーブルに走ってって、おしぼり取ってきて……ダメだったら! 冷たいタオルを……そんな優しく……押し付けられたりしたらもう――いろいろ溢れて来ちゃう……


「あれ? どうして泣くのさ?」


 泣くわよ! あたしってこういうのにホント弱いの! しかも許婚なんて言われてただでさえ意識してる時によ? ドキドキが止まらない! 胸のあたりがギュッとして……むしろ苦しいっていうか、その眼を見るだけで熱くなって……何て言うか……探してた人がやっと見つかったって――


「そ……それより知らせた方がいいんじゃない? 発作が治まったって」

「その必要はないさ」


 トスン、と別の椅子に腰かけた伯爵が頬杖をつく。


「どうして? さっきそう言われたじゃない?」

「あはは! 額面通りに受け取ってどうするのさ!」


 肘掛けに手を当てて、パッと反動つけて立ち上がった彼。その足がクルリとこっちに向いた。ゆっくりとその足を運んだ彼の眼があたしの眼を掴まえる。あたし……その眼から眼を離せないまま動けない。そしたら――

 ギュッ!! っと両の手首を掴まれた。あたしの上に覆いかぶさる恰好になった伯爵の顔がすっと耳元に降りてきて。


「いくら治療の為だからって、見張りも置かずに出ていくなんて、おかしいと思わない?」

「じゃあわざと二人きりにしたって事?」

「そうさ。最後の晩餐・・、なんて気を利かせたんだろ」

「……えっ!?」

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