ACT74 議事堂が凄い事に!【佐井 朝香】
あたし達の乗った馬が議事堂に着いたのは10時ちょうどくらい。すっごい渋滞だったけど、車の脇をすり抜けて何とか来たって感じ? なにこれ、すっごい大混雑。報道関係の車両とかパトカーがたくさん。警官となにやら揉めてる報道陣も居たりして? 四方の道路はほとんど無機能状態。
先に馬から降りてた麻生の手につかまって、よいしょって馬から降りて。3人プラス1頭で門の前まで歩いていって、あたし、「わ!」って思った。だってだって、いつもなら制服着た衛視さんが立ってる筈の場所にライフル担いだ迷彩服の兵士さんが居るんだもの。
ううん、門前だけじゃない。敷地内(どーんと構えてる議事堂前の、植え込みとかある広い場所ね?)も。そこにぎっしり詰めかけてるの。兵隊さんとか、テレビで良く見かける特殊部隊(SAT)の人達が。
「なんなのこれ!」
あたしの疑問に答えたのはカイト。
「そりゃあ……あれだろ。野郎を助けに来るヴァンパイアどもを迎え撃つためだろ」
「あそっか! 伯爵を囮に~とか言ってたものね!」
「とは言え、簡単におびき寄せられる彼等じゃない。助け合い、なんてガラじゃないだろうし」
「だよな。さっさと殺っちまえってんだ」
「仮にも一閣僚を黙って始末する訳にも行かないだろ。何か作戦があるんだろ」
うわ……なんか色々大変そう。あたしの知らない世界だわぁ。
ビッと敬礼してる門番さんを横目に門を通ったあたし達。
くるくるっと舞う黄色い葉っぱがピタッと肩に張り付いた。良く晴れた寒そうな空。風情たっぷりの素敵な庭園。こんな状況じゃ無ければゆっくり見て回りたいとこよね~
あ、あたしね? こんなお仕事してあんな場所に仕事場持ってるけど、庭ってものにちょっとした思い入れがあるのよ。お祖母ちゃんのお家にあったお庭がすっごく綺麗で大好きだった。
思い出すわあ……肌寒い……まだ仄暗いあの朝。カポン! って鳴る獅子脅しの音で目が覚めて。障子を開けて縁台に出てみると、赤い紅葉の葉っぱが池の上でゆらゆら揺れてて。それに見惚れてたあたしに、あ祖母ちゃんが得意げに言ったっけ。
『千利休はなぁ。庭を綺麗に掃いたあとで、わざと紅葉を幾枚か散らしたんやて。その方自然で美しい思たのやろなあ』
高く嘶く馬の声であたし、いまのこの時に戻った。顔面まで迷彩模様の兵隊さんとか、真っ黒なゴーグルつけた装甲服の男達でひしめき合うこの場所に。何も言わず、静かに佇んでる隊員達の視線が、一斉に馬に向く。
「そう言えば聞いていい? そのお馬さんの事」
「あ?」
「おかしくない?」
そうなの。この子、月姫って名前だったかしら。とにかくすごいスタミナだったのよ。距離は5~6km、男2人と女1人だから、200kg近い荷物を乗せて、しかも通行人とか車両を避けてジャンプしながらほとんど全力疾走。サラブレットってそんなに体力ないはずよ? だから普通じゃないって思って訊いてみたの。カイトは少し意外な顔して足を止めた。
「今更か? 俺と姫は仲間内じゃ公認だぜ?」
「え? いやそうじゃなくて……さっきからキバむき出して、白い息をフーフー出したりして。もしかしてこの子――」
「……気付いてたのかよ」
「え?」
「平気だぜ。今んとこはまだ言うこと聞いてくれっから」
カイトがふうっとため息ついて、それ以上何も云わずに歩き出した。それってつまり、カイトも気づいてたって事? 気づいててそんな気づかない振りして……明るく振舞ってたってこと?
麻生も内心気がついてたみたい。昏い顔してカイトに続いて――あたしはそれ以上何も訊かなかった。
なにも訊かず話さずのまま、参議院側の昇降口に辿り着く。
「俺達はここまでだ。1人でって約束だからな」
「ですね。先生、気をつけて」
「……わかった。行って来るわ」
そう、たぶんこれがあたし達の金輪際のお別れ。だってカイトは言ってたもの。あたしが諦めない限りは容赦なんかしないって。
2人が後ろに下がる。あたしは一歩踏み出す。玄関前で、彫像みたいにつっ立てる兵隊さんがじろりとこっちを見る。
「ねぇ! 伯爵は何処にいるのかしら?」
まだ20代前半って感じの男が隣の彼と顔を見合わせる。その手が肩に担いだライフルの銃身に触れる。
「ちょ……ちょっと待って! あたしはまだ人間よ?」
危険を感じて思わず言った台詞だけど、あたし、自分で言ってちょっと笑っちゃった。だって『まだ』って。裕也も、柏木さんも、カイトも、みんなあたしを引きとめてくれたけど、でもやっぱり諦めきれない。それが言葉に出ちゃったから。
両手を上に上げろって言われて、怖い顔した彼らの手で入念にボディチェックされて。持ち物検査とかもされてようやく中に通されたあたしは言葉を無くした。まるであたしを出迎えるように並んで立つ背広の3人。その面子に見覚えあったから。もちろん直接知った人じゃなくて?
そう! いまの日本の総理! と官房長官と……何とか大臣! ほんと、テレビで見るのとおんなじ顔! 当たり前だけど!
真ん中の銀髪中肉中背の男の人が、ニコッと笑って右手をさし出す。
え? 握手? その手をこのあたしが握る、の? 出そうかどうか迷うあたしの手を両手でガシリと掴んだ手は温かくて力強い。
「内閣総理大臣、二木俊太郎です。佐井浅香先生でいらっしゃいますね?」
「え……えぇ。はじめまして?」
あたしの顔も挨拶もたぶん間が抜けてたわね? こういうの慣れてないもの! でも次の総理の台詞であたし、緊張って名前の糸が解けたの。
「あなたが菅くんの想い人ですか?」
「え……!?」
「失礼。この状況でわざわざ呼び出し、そして大変お綺麗でいらっしゃるから、もしやと」
「違います! あたしは只の主治医で――」
「只の……なるほど、主治医。これは大変失礼いたしました」
二木総理はとても、とっても気さくなおじさまだった。
「さあさあ! 2人とも官邸へ移動して! ほら防衛大臣も!」
「総理、あなただけここに残すわけには」
「いやいや、何かの時はお二方に指揮を取って頂かなくては。ここは私と副大臣達で十分、さあお早く!」
総理ったら、パッパと人を動かして、あっと言うまに大事なはずの2人を退散させちゃった。
ホントにいいのかしら? ここ、戦場になるかも知れない場所でしょ? もしかしたら今この日本で一番危ない場所。命の保証も。閣僚の中で、たった一人だけここに残って、本人はまるでそれを気にしてない風で。よっぽど肝の据わった人なのかしら?
赤い絨毯敷き詰めた廊下をあたしと並びながらまるで昔からの知り合いみたいに話しかけて来て。
「菅くんはね、小さい頃は私も手を焼かされたものだ」
って話から始まって、いかに菅公隆が優秀で、頑張り屋で、正義感の強い人物であるかを延々と語るの。
あたし、変に感動しながらそれを聞いてたわ。へぇー、人って……見る目が違えば違う物なのねぇって。そして、もうすぐ3階にたどりつくっていうその時。
「いやはや、あの菅君が人類の敵だとはどうしても思えんのだが」
階段を登る足を不意に止めた二木総理が向き直る。いつのまにか総理が総理の顔になってる。
「あなたはどう思われる。主治医である貴方の眼から見た菅君は何者かね?」
「彼は……」
あたしは口ごもった。だってあたし、菅大臣の怖い一面しか見てないもの。柏木さんの腕を斬り落としたり、麗子にとり憑いてカイトの足とか腕とか撃ち抜いたりする、そんな一面しか。
「彼はヴァンパイアです。強くて……そしてとっても怖い。あたしはそんな彼しか――」
「……そうかね」
総理が一瞬間眼を伏せた。眼を強く閉じて、ぐっと持ち上げて……そして黙ってあたしを見送った。促されるままにドアを叩く、その時まで。